33 霊峰の契約
エリーゼ様が私の元にやって来たのは、それから数日後の事だった。
「ローエル様が、王妃様に怪我を負わせたと聞いたのですが……」
「え?私に襲い掛かって来た王妃様を撃退して下さっただけですよ」
私が見たままを話すと、エリーゼ様は安堵したらしい。
「もっと酷い事をしているかと思っていました」
意味が分からず首を傾げていると、エリーゼ様が言った。
「ローエル様は、悪人だと聞いています」
「誰からですか?」
「父です」
その後エリーゼ様は過去の経緯を話してくれた。
ローエル様が幼い頃からエリーゼ様に執着している事、騎士団長様が警戒し、すぐに縁談を結ぼうとするのはそのせいだと言う話だった。
「あの、それは本当なのですか?」
私のローエル様に対する印象は、悪いどころか良いだけに驚いてしまう。
「実は私が幼い頃にローエル様に攫われて、十日程戻らなかった事があるのだそうです」
「え?」
「兄はそうではないと言っていますが、父は攫われたと」
「エリーゼ様は当時の事を……もしかして」
「はい。覚えていないのです」
「え!」
コリーヌの声に、私もエリーゼ様も振り返る。私達に見つめられて、コリーヌは真っ青になっている。
「何か、あるのですか?」
私が聞くとコリーヌはごくりと喉を鳴らした。
「私からはお話できません」
エリーゼ様が半眼になって言う。
「エンキーの人達は何故か教えてくれないのです。だから父からの情報しかなくて……私は知りたいのです。何かあった筈なのに……わからなくて」
目が酷く澱んでくる。慌てて私は言う。
「だったら、ローエル様に直接聞いてみてはいかがですか?」
エリーゼ様の目が元に戻る。
「……怖いのですが」
「お優しい方ですよ」
それで、私の屋敷でローエル様とエリーゼ様がこの屋敷で会えるように手配する事にした。
「いいですか?団長様には決して伝わらないようにしてください」
エリーゼ様の侍女であるハンナが強く頷く。
私はローエル様にエリーゼ様の状態と、我が家での面会を頼む為に手紙を書いた。数日後、ローエル様が真っ青な顔をして先ぶれも無く屋敷にやって来た。
驚いたけれど、尋常ではない様子に迎え入れて話をした。
「エリーゼ嬢が、私の事を何も覚えていないとお聞きしたのですが……」
「はい。ご本人からそうお聞きしています」
ローエル様は涙目になって言った。
「では、私にはお会いする権利はありません。……失礼します」
そう言ってローエル様は去って行った。
その後で来たエリーゼ様に見たままを話すと、以前と同じく無表情のままなのにすっと涙を流した。
「エリーゼ様?」
「分かりませんが、悲しいです」
エリーゼ様はそう言って帰った。
コリーヌに何度も問い質していたら、教えてくれた。
エンキー族だけが入れる霊峰。三十年前に争われたダイヤモンドの鉱脈のある山だ。
そこには様々な神様の祠があり、そこに招かれて契約を結んだエンキーには生涯加護があるとされている。契約は本人と神だけのもので、他人に話してはいけないそうだ。
エンキーではこの事もあり、他人の契約について口にする事は避けるとか。契約がそれで無効になった場合に問題になるからだ。
「忘れたと言うのは、神との契約が無効になった事を意味します」
「つまりローエル様とエリーゼ様は、二人で霊峰の神様に何かを契約したのに、無くなってしまったと」
「はい」
「でもローエル様は覚えていらっしゃるのですよね?」
コリーヌが恐る恐る言う。
「これは私の憶測なのですが、お二人は生涯を共にする契約をされたのだと思います。子供や若い男女が招かれる場合には、これ以外ないと言われておりますので。……それをエリーゼ様は守れなかったから、契約がエリーゼ様だけ消えてしまっているのではないかと」
コリーヌは恐る恐る言う。
「婚約者をお持ちでしたよね?」
「あぁ……」
記憶が無くなった時期と一致なら、原因はこれだろう。
「……私達にとっても前例のない事が起こっています。普通、二人で行った契約が無くなる場合、二人共の記憶が無くなるものだと聞いています。今回の様な話は聞いた事がありません」
おかしな事が起こっている。しかし原因が分からない。
私は途方に暮れてしまった。




