26 エンキー族
夜会関係の話は後で出てきます。エリーゼ関連の話になります。
王都に戻ってから一か月程した頃、クリス様からある女性を紹介された。
ピンク色の髪を短く切りそろえている愛らしい女性だ。年下だと思ったが、同じ年齢だと言う。
「彼女はコリーヌ。エンキー族だ」
この国では、三十年程前に少数部族のエンキー族との戦いがあった。
エンキー族の住む土地の山でダイヤモンドの鉱脈が見つかったのだ。しかし霊峰に人の手が入る事に抵抗したエンキー族との戦いは甚大な被害を産み、ダイヤは諦めて融和政策に出たと習った。
エンキー族は、地の利があったとしても……五倍はあった騎士団の兵を退け武勇で知られる。
族長にはエンキー侯爵の位が与えられ、領地は独立一歩手前の自治区と言う扱いとなった。
エンキー族の身体能力は圧倒的だったそうだ。だから方針転換した。ダイヤモンドの鉱脈はいつか枯渇する。それよりもエンキー族の能力を取り込む事の方が国に有効だと判断したのだ。
「コリーヌ・エコーと申します。エコー子爵の三女でございます。侍女やメイドの仕事も仕込まれておりますので、何なりと遠慮なくお申し出下さい」
今は軽装の騎士姿だが、侍女服も持っている。彼女にはクリス様が特別に武器の所持を認めている為、侍女服の際も暗器を持ち歩いている。
「明日からは学園内部ではかならず彼女と一緒に行動して欲しい」
学園内部でも私の執務室の前には騎士が立っている。ただ、学園内部を歩く時には一人が多い。
これはロザミア様が唐突に色々な教室に出没していた名残で、学園長が侍女や護衛を付けないで歩き回っていたので、これに習った格好になる。
ロザミア様はチョロいのがバレた頃にオスカー様と婚約したので難を逃れた。その後、私には婚約者が居るのにおかしな事を言う令息が話しかけて来る事が増えていた。そう言えば、クララ様の評判もその人達から聞いたのだ。
そして食事やカフェに誘われた。当然断ると道を遮ってしつこい事もあった。令嬢達が警備や先生を呼んでくれていたのだが、あれも心の負担になっていた気がする。
愛らしいコリーヌが護衛まで兼ねると言う。本当に大丈夫なのか私は不安だったが、結果は……予想とは全く違っていた。しつこく話しかけて来る令息は居なくなったのだ。
「私のこの髪の色はエンキー特有のものですのです。エンキーの戦闘能力は女だからと馬鹿にできるものではありませんので」
三十年前の紛争でそれを目の当たりにした貴族は大勢居て、祖父や父親の世代はそれを子供達に言い聞かせている。しかも融和政策により、『ピンク髪の武官』が圧倒的な身体能力を持っている事も知られているのだ。
「エリーゼ様のお母様は、エンキー辺境伯の姉君です」
エリーゼ様はピンク髪を受け継いでいないがとても強いと聞いている。コリーヌに聞けば、全く歯がたたないくらい強いと言う。アリューゼ様へ近づく速度と飛び蹴りは、確かに凄かった。その後も殺気も凄かった。確かに強いのだろう。
「騎士団長様もですか?」
「いいえ。あの方はエンキーではありませんので」
そうであれば、騎士団長様よりも子であるお二人の方が強い事になる。
エリーゼ様に感じる妙な違和感……男装、淑女教育の欠落、不適格な婚約者。そして、先日宿で見たシュトラーゼ様の従者の様な態度。ずっと思っていた事がぼんやりと輪郭を持つ。
でも、これは言葉にしていいのだろうか。どうしよう……。
数日後。
「私でも、エンキーの護衛は見つからなかったのよ?宰相はどうやってこの子を連れて来たのかしら」
招かれた茶会で、ロザミア様は不服そうに壁際に控えるコリーヌを見て言う。
ロザミア様は辺境伯家へ行くのに置いて行かれて拗ねているのだ。
「宰相様もメイフィーア様も国外からいらっしゃったので、紛争と無関係ですから預けるには最適でしょう。エコー家も喜んでいましたよ」
エリーゼ様がそう言うとロザミア様は鼻を鳴らす。
「ピンク髪じゃないけれど、あなたもシュトラーゼもエンキー族なのよね」
「はい。あちらでもそうだと認められています」
私は疑問を口にする。
「エンキー族とは、どういうものでしょうか」
エリーゼ様が言う。
「エンキー族の先祖は、霊峰の力で生まれた猿の子孫だと言われています」
メイフィーは、いつも母と姉の背後で気配を消して過ごしていたので、自分が注目される環境に慣れていません。ロザミアが学園に居た頃はまだよかったものの、居なくなって表に出る事が増えても自覚がありませんでした。
エンキーの一族は元々の数が少なく、紛争時に族長が侯爵として全員に寄子として爵位を与えています。
高位貴族の任命には王の認可が必要なので、子爵と男爵になっています。




