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58日目:スター尾途(前編)

先輩は何を話すのか。

 日付けが変わり、お風呂を済ませた私は、縁側に座って先輩が来るのを待っている。流石に一緒にお風呂に入るわけにはいかず、先輩は今入浴しているから。


 月光に照らされた向日葵をなんとなく眺める。日中とは随分と違う顔をしている。


 虫の声と葉っぱが擦れる音しか聴こえない。田舎の夜って感じだ。


「おまたせぇ」

「先輩。縁側って良いですね」

「いいよねぇ、家と外の間みたいな感じで。ここでお昼寝すると気持ちいいんだよぉ」

「でも、縁側のある家で暮らすのは難しいですかね」

「あはぁ。犬と猫を飼えるだけじゃなくて、縁側のある家って条件が増えたねぇ」

「ふふっ。妄想は自由ですから」

「それそれ。そのことについて話したかったんだけどさ」

「はい……?」


 先輩は私の右隣に座り、日付けが変わったら話すと言っていた話を始めた。夜風に混じる先輩の匂いにドキドキする。


「最近さ、ボクのこと好きすぎじゃない?」

「ふぇっ!?」

「学祭の時に大好きって言ってくれたし、気持ちは嬉しいんだけどね?」

「け、けど……なんですか……?」


 まさか、私の好意や行為が迷惑になっているのだろうか。先輩からの好きって気持ちを受け取ってばかりだから、自分からも発信してみようと思ったのに。


 人を好きになることの、難しさ。やっと私も恋というものがわかったと思ったのに。どう、しよう。


「あんまりボクのことを好きになると、ボクが我慢できなくなっちゃうから」

「と、言いますと……?」

「食べちゃうぞ〜?」


 先輩はがおー、と言って、指先を曲げた両手を私に向ける。可愛い。


 こんな可愛い先輩になら、比喩表現抜きで捕食されても仕方ないなぁと許容してしまいそうな気がする。いや、流石にそれは無いな。痛そうだし。


「先輩は、私に好きになられたら迷惑ですか?」

「そんなことないよぉ。でも、付き合っていないわけだしさ。ボクが我慢できなくなったら困るでしょ?」

「……我慢、しなくても良いですよ」

「え?」

「食べても……良いですよ?」

「学祭の時にも言ったけど、自分の言葉には責任を持ってねぇ?」


 ぎゅっ、っと抱きしめられ、先輩の舌が私の頬を舐める。くすぐったい。


 濡れた部分を風が撫でる。冷たい。


 開いた先輩の口が、私の唇を甘噛みする。そして、舌が侵入(はい)ってきた。唾液の絡む音と、荒い呼吸と心臓の音が聞こえる。お風呂上がりで高めの体温が、ゆっくり体に伝わる。


 唇が離れたので、乱れた呼吸のまま発言を試みる。


「せっ、せんぱっ」

「えい」


 発言失敗。押し倒され、木の冷たさと硬さを背中に感じながら、私を見下ろす先輩をぼんやり見つめる。


 私に跨り、ニコリと微笑む先輩。乗馬体験だろうか。


「あ、あの……先輩?」

「あのね、君がボクを好きになってくれるなんて思ってもいなかったし、付き合えなくてもいいやって思ってたんだけどね」


 先輩は、私の顔の両側にドンッと手をつく。床ドンというやつだろうか。もうドンシリーズは死語だったりするのだろうか。


 なんて考えていると、どんどん先輩の顔が近づいてきた。顔が良すぎる。綺麗な瞳に、それを装飾するまつ毛。本当に綺麗だ。


「君がそんなこと言うから、欲が出ちゃったよ」


 顔にかかる吐息。黒いカーテンのように垂れる黒髪。


 今まで、一度も見たことがない表情を見せる。先輩のことをわかったつもりで、知った気になっていたことが恥ずかしい。()()()()()()()()()


「つ、付き合うとは言ってませんからね」

「そういうことにしておいてあげるね?」


 何かで見たことがある、恋愛は惚れた方が負けだという言葉。


 本当にその通りだと思う。いつの間にか、私の方が好きになっていたんじゃないかな。好きって気持ちを、数値化することなんてできない。けど、スカウターで覗いたら爆発する程度には好きだと思う。


 恋をしたことが無いとか、女同士とか、そんなことはもう問題ってほどではなくて。ただ、それでも付き合うという選択肢を選べない。何が変わるわけでもないだろうに、どうしてだろう。


「……あの。そろそろ背中が痛いのですが」

「ごめんごめん」


 私の上から退いて、私の手を握って起こしてくれた。押し倒した後は起こす、アフターケアもばっちりですね。


「これで、話は終わりですか?」

「もう一つあるんだぁ」

「なんですか」

「一緒に星を見に行こ?」

「七夕の日に約束しましたもんね」

「覚えてて偉いねぇ」


 おばあちゃんは既に就寝しているので、起こさないように静かに玄関に向かう。


 誰に見られるわけでもないし、部屋着のまま靴を履いて外に出る。縁側からでも空は見えるけど、灯りが邪魔だったから。


「……こうやって、自然に手を繋ぐのもダメですか」

「だめなんて一言も言ってないじゃん。いいんだよぉ、今まで通りで」

「それなら良いですけど」


 おばあちゃんの家を出て、ほとんど街灯のない道を歩く。


 月明かりだけが、うっすらと私たちと足元を照らしている。たまに、本当にたまに街灯が現れる。その下で飛び回る蛾の羽音が聞こえる。


 先輩は、虫とか平気なのだろうか。私は少し苦手。


 昼間に比べたら涼しいけど、深夜に半袖でも寒く感じない程度には暑い。それとも、それは先輩が隣に居るからだろうか。


「ここら辺は本当に人工の光がないから、すっごく星空が綺麗に見えるんだよぉ」

「民家も街灯も見当たりませんもんね。……あれはさそり座で、夏の南の夜空の代表です」

「カーブが綺麗だねぇ。あれは夏の大三角?」

「そうです。昔、理科の授業で習いましたよね」

「あっちのぶわぁーって広がってるやつは、天の川かなぁ」

「不行で見るより綺麗に見えますね」

「やっぱり星っていいねぇ」

「先輩はロマンチストですね」

「じゃあ、君はリアリスト?」

「いいえ?」


 首を傾げる先輩の頬に、軽くキスをする。


「こう見えて、私もロマンチストなんですよ?」


 満天の、零れ落ちそうな星を称える夜空。どれか一つくらい、落ちてきてくれればいいのに。


 そうしたら、それに柄にもなくお願いを唱えるのに。


「あ、流れ星だよ!」

「本当に落ちてきた……」

「莎楼と結婚莎楼と結婚莎楼と結婚」

「自分のお願いごともツッコミも間に合わないんですけど」

「あはぁ。星に願うより、君にねだった方が早いかなぁ」

「ログインボーナスの範囲内でお願いします」

「はぁい」


 それもそうか。星に願うより、本人に伝えた方が早い。もしくは、叶うように努力をした方が良い。


 なんて言ったら、本当にリアリスト認定されてしまうだろうから言わないけど。


「そろそろ戻りましょうか」

「そうだねぇ。帰ったらさ、一緒の布団で寝よ?」

「良いですよ。暑くても平気なら」

「窓を開ければ大丈夫だよぉ」

「むっ……虫とか入ってきません?」

「へぇ、虫苦手なんだぁ」

「なんですか、そのニヤニヤは……」

「別にぃ?」


 弱点を知られてしまったけれど、今更だ。


 先輩の存在自体が、私の弱点みたいなものだし。

夜空を見上げたら星があること、隣を見たら好きな人が居ることの素晴らしさ。

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