51日目:シャルロット(後編)
先輩が語る、家族の話。
お風呂を上がり、髪も乾かし終えた私たちは、ベッドの上で並んで座っている。
壁にもたれかかり、触れるか触れないかの距離感で。
「それじゃあ早速、話そうかな」
「よろしくお願いします」
先輩はいつもより少し低い声色で、静かに語り始めた。目は合わせず、伸ばした私の脚辺りに視線を落としている。
「まず前提として、ボクの両親はボクに興味がない。だから、別に暴力を振るったりとかもしない」
「なるほど」
私は先輩と違い、聞き上手ではない。下手な相槌なら打たない方が良いだろうけど、ちゃんと聞いているという証拠に少し挟む。
「父親は本当に関心がないみたいで、ほとんど会話をしたこともない。思い返せば、昔から不倫とかしてたんだと思う」
今日みたいにね、と先輩は付け加える。
「母親はボクに高水準の教育を受けさせて、習い事もたくさんさせてたんだぁ。勉強も運動もそこそこできるのは、多分それが影響してる」
興味がないのに高いレベルであってほしいと願うのは、恐らく周囲への自慢や体裁を保つためだろう。
毎月お金を置いていくのも、冷蔵庫に大量の食材が入っているのも、全ては世間体のため。先輩のためを思っているわけではなく、あくまで自分のため。
「お察しの通り、ボクはただのキーホルダーみたいなものでさ、人に見せるためだけの飾りだった」
「過去形ですか」
「今はもう、その価値もないからねぇ」
「以前の話から考えると、最初から不仲だったと認識していましたが」
「誕生日を祝ってもらったこともないからねぇ。でも、決定的に関心を失われたのは高校一年生の時」
「私と出会う前ですよね」
「うん、君に助けてもらう数ヶ月前かな。母親にね、『わたしは女の子が好き』って言った瞬間に、ボクはあの人たちにとって無価値になった」
「……」
「『お前はもうウチの子じゃない』とか、『卒業したら家を出ていくか死んでくれ』とか言われたよ。元々ボクに興味なかった癖にね」
返す言葉もかける言葉も見つからない。
理解ある母親の元で育ち、先輩と交際することも賛成されている私が言える言葉なんて何も無い。
こんなに近くにいるのに、先輩を遠く感じる。手を伸ばしても、届かない気がする。
「……先輩」
「バカだよねぇ、愛されてないことなんてわかってたのに。理解者でもなんでもないって、わかってたのに。どうして話しちゃったんだろ」
「そんな、ことは……」
「ごめんねぇ、これでもうボクの話は終わりだから」
その無理に作ったような笑顔が、胸に刺さる。咄嗟に先輩の右手を握る。多分汗ばんでいるけど、そんなことを気にする余裕は無い。
「なんて言えば良いかわかりませんけど、話していただけて……その、私は良かったです。同情したり憐れんだりはしませんし、共感もできません。それでも……私に話してくれて、本当に良かったです」
「莎楼らしいねぇ。ありがとぉ」
握った手を中心に、まるで左右対称の一枚絵みたいに見つめ合う。
きっと、言外にはまだまだ辛いことがあるとは思う。話さないという選択肢だってきっとあったはず。それでも勇気を出した先輩に、私は何ができるだろう。
何もできない癖に、頬を濡らすことが止められない。泣きたいのはきっと先輩の方なのに。
「うぅ……ひぐぅ……」
「あはぁ。どうして……君が泣くのさぁ」
「先輩だって……泣いてるじゃないですか」
「えっ……?」
先輩の両目から、涙が溢れ出す。手を握るだけでは物足りないと思い、また抱きしめる。泣きながら抱きしめても、安心してもらえないかもしれないけど。
私の胸の中で泣く先輩は、いつもより小さく見えた。
寛大で眉目秀麗で天真爛漫な感じがする先輩も、一人の悩める女の子なのだと認識すると、おかしいことにまた一段と可愛く感じられてしまう。
どのくらい時間が経っただろう。わからないけれど、小刻みに震える先輩は少しずつ落ち着いてきた。しゃくり上げる声も聞こえなくなってきた。人って、どのくらい泣き続けられるのだろうか。全ての悲しみが溶け切ったら止まるのかな。
「そろそろ寝ましょうか。明日はデートですし」
「……こんな話を聞いた後でも、デートしてくれるの?」
「当たり前じゃないですか。私も先輩も、何も変わってはいませんから」
「好き。やっぱり莎楼のこと、大好き」
「私も大好きですよ、華咲音先輩」
2日連続で名前を呼ぶなんて、大サービスだ。
サービスついでに、日付が変わる前にキスをしよう。きっと涙味のしょっぱいキスになるだろうけど。
「んっ」
「これが今日のログボ、ということで」
「ありがとぉ」
「電気、消しますね」
「はぁい」
ぶら下がる紐を3回引っ張ると、部屋は闇に包まれた。普通に暑いけど、窓を開けて寝ると風邪を引きそうだからやめておく。
「一緒に寝ると暑苦しいでしょうか」
「君さえよければ、ボクはくっついて寝たい」
「では、そうします」
泣いたら拭えばいい。寝汗をかいたらシャワーを浴びればいい。辛い過去も経験も、群れを成す夜の数々も、2人でなら乗り越えられる。
背負った先輩の荷物の重さを、私は忘れることはないだろう。
「おやすみぃ、莎楼」
「おやすみなさい、先輩」
笑い合って目を閉じる。程なくして、静寂の中に先輩の寝息が混じり始めた。
先輩の体温と、夏の夜の熱がタオルケットに挟まれた私を包む。明日は何処へ行こうか。何をしようか。
そういえば訊き忘れたけど、母親に話して失敗だと思ったカミングアウトを、私に話したことは正解だと思っているだろうか。もし仮に思っていなかったとしても、そう思わせるのが私の役目だけど。
先輩の寝顔を見ると、なんだか色々なことがどうでも良くなってきた。暑いのを承知で、もう少し先輩にくっつく。
「……やっぱり好きだなぁ」
先輩の言葉や表情が、脳裏に浮かんでは消える。泣き疲れた子どもみたいに、早く私も寝よう。
『基本シリアス無し』ですが、思い切って書きました。




