48日目:祭りの前の日
どうやら、七夕デートから会っていないようで……?
前にログボを休んでいた時の、先輩の苦労が理解できた。
第二理科準備室の鍵は先生に返したので、月曜の朝から金曜まで、先輩に全く会っていない。
本当に遅くまで残って作業しているらしく、電話がかかってくることもない。
なので、最後のログボは七夕デートの日、ということになる。
明日と明後日はいよいよ学祭だけど、今日も会えないのかな。
なんて考えながら明日の準備をしていると、ニケさんが教室に入ってきた。ほぼ同時に黄色い歓声が上がる。アイドルかな。
「後輩ちゃん、そろそろカサっち成分が不足してきただろ?」
「そうですね、先輩欠乏症です」
「今日は早めに終わらせるって言ってたから、一緒に帰ってあげてくれ」
「それを伝えに来てくださったんですか?」
「おう。そんじゃ、またな」
いつものように、ニケさんは颯爽と走り去った。
「茶戸ちゃんって、ニケ先輩とも仲良いの?」
先輩たちに大人気だね、と杯さんに言われた。大人気かどうかはともかく、同級生より仲良くしている自信はある。
今年の誕生日を盛大に祝ってくださったのは、先輩とニケさんなわけだし。アラさんも来てくださったし。
地味でネトゲーマーな私が、美人な先輩方と仲良くなる。事実は小説よりも奇なりというか、自分のことなのに違和感がある。
「先輩方とばかり仲良くしていると、来年が大変だよー?」
私と杯さんの肩を組むように、背後からココさんがやってきた。突然の衝撃に、小さく声が漏れる。
先輩ほどではないけど、ココさんも胸が大きめらしい。背中に伝わった感触で、そう判断する。
「杯さんとココさんが居るじゃないですか」
「おー、クグルちゃんから友だち認定されると嬉しいね」
「三年生はクラス替えがないもんね」
先輩が卒業した後、一年も過ごさないといけないのは大変だけど、こうやって話すことができる同級生に恵まれたのは幸いだった。
でも、ココさんには五十右さんと左々木さんがいるからなぁ。あの二人とは、多分仲良くはなれない。ただの同級生止まりだろう。
なんて雑談をしながら作業をして、明日の準備はほとんど終わった。
あとは明日、マスターに料理を作ってもらって、私たちはメイド服を着て接客するだけ。少し緊張するというか、まだ羞恥心が捨てきれないけど、それよりも先輩と学祭を堪能できる喜びの方が強い。
「クグルちゃん、そろそろ帰ってもいいよー。先輩が待ってるんじゃない?」
「では、お言葉に甘えて。明日、頑張ります」
「うん。たくさん頑張ってもらうよー」
手を振るココさん達に軽く頭を下げ、荷物を持って教室を出る。先輩の準備が終わっているかはわからないけど、取り敢えず教室の方に行ってみようかな。
階段を上る途中で、先輩が降りてきた。危ない、もう少しで行き違いになるところだった。
「君の準備は終わったのぉ?」
「はい、終わりましたよ。あとは心の準備くらいです」
「そっかぁ」
「先輩は?」
「ボクも心の準備くらいかなぁ」
先輩も緊張しているのだろうか。お化け役って大変そうだし。
一緒に階段を降りて、玄関に向かう。やっと先輩に会えた喜びを、なるべく表情に出さないように気を引き締める。
先輩に、軟体生物的な顔を見せるわけにはいかない。
「あの、先輩。私……すごく先輩に会いたかったんです」
「あはぁ。ログインボーナスがないと、やっぱり物足りないよねぇ」
「ログボというか、先輩と一目も会わず、一言も交わさない日々が退屈でした」
「可愛いなぁ、ちゅーしちゃうよぉ」
「私も、したいと思っていたので」
玄関に向かう最後の階段、そこの踊り場で、壁に寄りかかる先輩と唇を重ねる。
「ぷはぁ。やっぱりキスっていいねぇ」
廊下の灯りが、影を落とす踊り場をうっすら照らしている。
暑さのせいか、先輩は少し汗をかいている。汗腺が機能しているようで、少し安心した。
「先輩。もっとしても良いですか」
「大胆だねぇ、こんなところで」
先輩は熱を帯びた視線を向けながら、両手の人差し指をくるくると回す。
ここから駅まで真っ直ぐ向かうとなると、逆に校内の方が人目につかないと思っているのだけど、流石に大胆すぎるだろうか。
「そりゃ大胆にもなりますよ。先輩の影響です」
「ボクの影響かぁ。じゃあ仕方ないね」
嬉しいのか、微笑みながら私の首に手を回す。
そして、高さを合わせるために、先輩は少し膝を曲げた。そこまで身長差はないけれど、少しだけ先輩の方が高い。
先輩は舌を出して、私に近づく。……その舌が触れるかどうかというタイミングで、上の階から足音が近づいてきた。
「でさー、明日の学祭のバンドに彼氏が出るんだけどさー」
「マジで?」
聞き慣れない声の女子生徒が二人、降りてきた。
このまま踊り場にいるわけにもいかない。慌てて先輩と階段を降りる。
そのまま少し駆け足で、玄関前のベンチに座った。ただでさえ暑いのに、余計な汗をかいてしまった。
「……ドキドキ、しましたね」
「ボクは見られても平気だけどなぁ」
「どうせ、『君以外にどう思われても平気ぃ』とか言うんでしょ」
「あはぁ。君も心が読めるようになってきたねぇ」
先輩の固有スキルだと思っていたけど、相手への理解度の上昇で解放されるスキルだったのか。
先程の女子二人が、こちらを見ることなく玄関に入っていく。
誤解がないように言っておきたいが、先輩が女の子だから見られたら困るとかではなく、単純に人とキスをしているところなんて見られたくない。見せたくない。
見せつけるように人前でキスするような精神は持ち合わせていない。手を繋ぐとかなら問題ないけど。
「落ち着ける場所でキスしたいところですが、明日の学祭に楽しみを残しておきましょうか」
「そうだねぇ。君のメイド服姿を見るのが楽しみで仕方ないよぉ」
「あまりハードルを上げないでくださいよ」
「大丈夫大丈夫、ぜーったいかわいいもん」
先輩の方が億倍は可愛いと思うけど。
そもそも、私は別に可愛い側の人間ではない。けど、先輩が可愛いって言ってくれるのは素直に嬉しい。
「それでは、帰りましょうか」
「うん。駅まで手ぇ繋いで行こ?」
「言われなくてもそのつもりです」
いつものように一旦別れて靴を履き、扉の前で合流する。
日曜日を最後に握っていなかった先輩の手は、やっぱりあたたかかった。
次回、学祭。




