35日目:レイニーでブルー(前編)
雨の日、なんとなく元気が出ない人いませんか。
6月も、残すところ1週間と1日となった日曜日。
先輩と遊ぶ約束をしていなければ、この朝から振り続ける雨に苛まれて、憂鬱になっていただろう。
この天気だと、何処かに遊びに行こうという気も起きない。湿度が自分の体に浸透して、重くさせられているみたい。
目を覚ましてから1時間が経過したが、全くベッドから出られない。そんな私に喝を入れるように、先輩から電話が来た。
「……おはようございます」
『えっ、不機嫌なのぉ?』
「いえ、雨のせいなので……お気になさらず」
『そっかぁ。それじゃ、今日はおうちデートにするぅ?』
「家から出ないとなると、本当にしゃっきりしなくなりますが」
『別にいいよぉ。たまにはだらだらしようよ』
1時間後の電車で行くね、と言い残し、電話が切れた。
朝食は抜いたとして、取り敢えず洗顔と歯磨きと、着替えくらいはしないと。部屋は散らかっていないけど、掃除機はかけよう。
することを決めると、自然とやる気が出てきた。布団から這い出て、スマホを持ってベッドから出る。
一階に降りると、お母さんがばっちりメイクをして、出かけるところに出くわした。
「あら、てっきり今日はもう起きないのかと」
「流石に起きるよ……。雨なのに出かけるの?」
「ちょっと野暮用でね。遅くなるから、夕飯も自分で用意してくれる?」
「わかった」
お母さんを見送り、洗面所に向かう。
飲み物とかお菓子とか、コンビニに買いに行こうかな。雨さえ降っていなければ、すぐにでも行けるのに。
洗顔をして、歯磨きを済ませ、時計を確認する。残りのタスクを全て済ませても、コンビニに行くだけの余裕はある。仕方ない、行くか。
先輩のことだから、何かしらの何かは買ってきてくれそうだけど、夕飯を作るのも面倒だしカップ麺でも買おう。
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1時間後、準備万端の私の耳にインターホンの音が届く。
なるべく険しい顔をしないように意識して、ドアを開ける。
「いらっしゃいませ、先輩」
「そこはおかえりなさいませ、じゃない?」
「どんだけメイド意識高いんですか」
濡れた傘を閉じて、先輩が家に上がる。服は濡れていないようなので、そんなに雨風が強いわけではないらしい。
「雨の日は元気がないのぉ?」
「ないですね。特に体調不良を起こすというわけではないのですが」
「そっかぁ。じゃあ、お部屋でまったりしようよ」
「ありがとうございます」
そういえば、先輩が家に来るのはそんなに久しぶりではない。1週間くらい前に泊まったばかりだ。
階段を上り、一緒に部屋に入る。掃除機をかけたばかりだし、シーツは替えたばかりだし、問題はない。はず。
「うーん、いい匂い」
「部屋に入った感想がそれですか」
「……うにゅ」
聞いたことのない声を出して、私の手を握る先輩。
「先輩?」
「なんか、言葉の端々にトゲがある」
「別に、怒ってはいませんよ」
「雨のせいか!!」
「お、怒り方が子ども……」
先輩は、手を握ったまま頬を膨らませて、やけに子どものように怒っている。
いや、怒っているかどうかは自信がない。なんせ、先輩が本気で怒っているのは一度も見たことがないから。
「ねぇ、本当に不機嫌じゃないんだよねぇ?」
「はい。頭が痛いとかもないんですけどね。なんとなくダメなんですよ」
「そっかぁ。ボクにできること、あるぅ?」
正直、先輩がこうして近くにいてくれるだけで、すごく助かる。
不快感の緩和、諸症状の改善。可愛さと優しさの二大成分が奥まで浸透して効きまくる。
「こうやって、一緒に居てくださるだけで嬉しいです」
「ほんとぉ……?」
「はい。なので、このまま甘えてもいいですか」
ベッドの上に座り、壁にもたれかかる。と同時に心臓が高鳴る。
何を言ってるんだ私は。体調不良に乗じてとんでもないことを言ってしまった気がする。酒の勢いで失言する人の気持ち、今ならわかる。
「甘えるってぇ、例えばどんなことするのぉ?」
「え、手を繋いだまま……キス、とか。頭を、撫で……て、いただけたらなと」
本当に何を言っているんだろう、私。そういうのは、死ぬ間際か高熱にうなされている時じゃないと許されないと思う。
「雨が降ってる時の君は、そういうことを言っちゃうんだねぇ」
「あ、その、えっとですね。忘れてくださ」
「はい、ちゅー」
手を繋いだまま、ベッドの上でキスをした。唇からゆっくり伝わる熱が、体内に溜まった湿度を蒸発させる。
微笑む先輩が、そのまま私を押し倒す。完全に正気に戻ったので許してください。
「先輩、えっと」
「大丈夫、やらしぃことはしないよぉ」
「では、何故押し倒したんですか」
「元気がない時はね、ごろごろするのが一番だよぉ」
にへら、と笑い、私を抱きしめる先輩。
時間も人目もお金も何も気にせず、こうやって過ごせるのはとても幸せだ。
先輩の優しさと温もりが、雨如きで憂鬱になっていた私を包み込む。雨だろうと槍だろうと、何が降っても先輩には敵わないな。
「……さすが、『カサ』と呼ばれるだけありますね」
「ふぇっ!?」
「ふふ。少しだけ、雨が好きになれそうです」
「あはぁ。ボクは、君と一緒ならどんな時でも幸せだよぉ」
「私も、そう言えるようになりたいです」
先輩の胸に顔を乗せて、沈める。さては沼か。
頭を撫でられて、急に瞼が重たくなってきた。優しく髪が擦れる感覚。しかし先輩は、本当に柔らかくていい匂いだな。なんなんだろう、洗剤とか柔軟剤がなんかすごいやつなのかな。
だめだ、思考が上手くまとまらない。
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「おはよぉ」
「おは……えっ、今何時ですか」
「まだお昼になったばかりだよぉ。朝チュンではないのだぁ」
先輩に、変な意味ではなく抱かれた状態で考える。
先輩が遊びに来てくれているのに、1時間半くらい寝ていたということか。なんて失礼な女だろう。
「すみません、まさか寝てしまうなんて」
「平気だよぉ。ボク的には、やっと君の寝顔が見れてラッキーって感じ」
「白目を剥いたり、いびきをかいたりしていませんでしたか」
「あはぁ。天使みたいな顔で、静かに寝てたよぉ」
「なら、良いんですけど。いや良くはないですね」
「平気だってばぁ。そうだ、お昼はどうするぅ?」
雨も止んだし、どっか行こうかぁ、と窓の方を見て提案された。確かに雨音が聞こえない。
突然寝てしまい、先輩に迷惑をかけてしまったし、お詫びにお昼を奢ったりしようか。
「何か食べたいものはありますか」
「やっぱりさ、家から出ないで済むし、宅配ピザとかどうかなぁ」
「天才ですか」
「真のおうちデートとは、完全に外出しないことなのだぁ」
そう言って、スマホを取り出す先輩。
ネット会員になっているらしいピザ屋のサイトを開き、メニューを一緒に見る。ウェブ限定で安いセットとかもあるのか。
「私は、この人気クワトロってやつが食べたいです」
「四種類の人気ピザが一枚に、かぁ。じゃあそれにしよ」
数回タップしただけで、注文が完了したようだ。
日曜の昼に宅配ピザだなんて、なんだかちょっと贅沢な気持ちになる。
「さて。ピザが届くまでの間、何をします?」
「元気になったならぁ、キスとか頭を撫でたりとかしてほしいなぁ」
「丹精込めて、させていただきます」
弱いところを見せるのって、信頼関係を築けていないと無理ですよね。




