32日目:センター・オブ・クラス
学校祭準備①で少しだけ喋っていた人物が登場します。
「茶戸さん……そろそろ、学校祭の準備期間では……?」
「そうですね。アラさんから聞きました?」
バイトの休憩時間。マスターの淹れてくださった珈琲を飲みながら、世間話をする。
「はっきりと言われたわけでは……。ただ、帰宅が遅い日も増えまして……」
「なるほど。私は準備とか嫌いなタイプでして」
「そうですか……。いつでもバイトは休んでいいので、参加してくださいと言おうと……思ったのですが」
にこり、と微笑み、珈琲を飲むマスター。
確かに、そろそろ参加しないとマズいだろうか。同級生とは仲良く円満に過ごしたい、なんて思ってはいないけど、険悪すぎる雰囲気は歓迎できない。
「お言葉に甘えて、そろそろ参加します」
「はい。えっと……休む時は、出勤する時間の少し前に連絡を……いただければそれで……」
「いえ、流石にもう少し早く連絡しますよ」
私も笑って、残りの珈琲を飲み干す。お客さんが居ない間は、皿洗いや掃除くらいしかできないけど、ずっと休憩をするわけにもいかない。
空のカップを持って立ち上がると、チリンと鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
「あれ、茶戸さんじゃーん」
「中さん。えっと、お好きなお席にどうぞ」
クラスの中心人物、中さんが一人で来店するとは。
喫茶店に来るのも意外だし、一人で行動するというのも意外。いつも取り巻きがいるイメージだったから。
「いいお店ー。ここでバイトしてるから、学祭準備に残ってないんだね」
「はい、すみません」
「あはは、謝らないでよ。バイトとか塾とか部活とか、そーいうのを優先する子なんて、いくらでもいるし」
「そう、ですか」
「あ、きのこのグラタンと、ブレンド珈琲にしよ。お願いね」
「はい。かしこまりました」
珈琲を飲むのも意外だ。なんだろう、勝手に距離を置いてきただけで、関わってみると想像と違う人物なのかもしれない。クラスの中心というだけで、私のような人種に否定的とは限らないのかも。
マスターに注文を伝え、お冷とおしぼりを中さんに渡す。
「ねぇ、茶戸さん。ちょっとお話しない?」
「はい。構いませんが」
「学祭のメイド喫茶なんだけどさ、メイドやってもらってもいい?」
「……これは、遠慮した方がいいシーンですかね」
「違う違う、本気でやってもらいたくてさー。いつも敬語だし、その制服も似合ってるし。どうかな」
「その他大勢が良いなら良いですけど」
「私の決定に、ダメって言える人はいないよ」
凄い。心の奥底から、本気で言っている。
中さんは本当の意味でクラスの中心で、どんな人でも彼女の上には行けない。味方を作るのが上手く、敵を作らないことに長けている。計算というよりは、才能なのだろう。
「中さんも、メイドになるんですか」
「んー、悩み中」
「人に謙るタイプじゃないからですか?」
「へぇ、茶戸さんって結構ズバッと言うタイプなんだね。もっと距離を取るタイプだと思ってたよー」
「すみません。最近、なんだか怖いものが無くなりまして」
「あの先輩のおかげー?」
ドキッ、と大袈裟に心臓が驚く。クリティカルヒットのエフェクトが脳裏に浮かぶ。
口に水を含んでいたら、吹き出していただろう。
「……お待たせしました。きのこグラタンと、珈琲です……」
「ありがとうございまーす」
「マスター、すみません」
「いえ……喫茶店といえば、マスターの会話という醍醐味がありまして。私の代わりに、それを茶戸さんにしていただけるのは……ありがたいです」
マスターはそう言って、微笑みながら厨房に消えていった。確かに、そういう目的で来るお客さんもいるにはいる。
私とマスターしかこのお店には居ないため、消去法で私が話をする。人に踏み込むのは苦手だけど、逆にそれが丁度いいのかもしれない。
「このグラタンおいしー!」
「それは良かったです」
「珈琲もおいしいねー。酸味が少なくて好み」
「そうなんですよ。マスターの独自のブレンドでして」
「これさー、メイド喫茶で出せないかな」
「糧近先生に止められますよ」
「カテキンはさー、ただの面倒くさがり屋だから。どーとでもなるよ」
「中さんなら、なんとかできちゃいそうですね」
「ねぇ、中さんって呼ぶのやめてよ。下の名前で、心って呼んでー?」
「ココ、さん」
「んじゃ、私もクグルちゃんって呼ぶね」
ココさんはウィンクをして、残りのグラタンを食べ始めた。
何故か、先輩の顔がチラついた。え、なんだこれ。別に罪悪感を感じることなんて微塵もないのに、なんとなく見られたらマズいなって気持ちが溢れ出す。
内心焦っていると、チリンと鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
「あはぁ。バイトが早く終わったから来てみたよぉ」
「先輩。早すぎませんか」
「なんか暇だったからさぁ。チェーンじゃないハンバーガー屋なんてそんなもんだよぉ」
「そうですか」
「こんにちはー。私、クグルちゃんのクラスメートの中です」
「……こんにちはぁ」
えっ怖い。なんらかのオーラ的なものが先輩から出ている。ココさんは敵を作らない、という前言は撤回しないといけないかも。
「先輩、取り敢えず席に」
「ねぇ、どうして名前呼びしてるの。仲良しなのぉ?」
ココさんに聞こえない程度の声で、ヒソヒソと私に質問する先輩。私のことを名前で呼ぶのは、先輩とお母さんくらいしかいないのは事実だし、引っかかるのは当然だ。
「そういうわけではありませんが」
「ふぅん」
「……注文は、いつも通りで良いですか」
「うん。あのさ、朝にいつも通りキスしたけど、後でまたお願いしてもいい?」
「閉店まで待っていてくださるなら」
「いくらでも待つよぉ」
明日から学校祭準備に参加することも、後で伝えないと。
朝くらいしか会えなくなるけど、土日があるし平気だろうか。そろそろ先輩も、準備に参加するだろうし。
マスターに注文を伝えに行くと、先輩とココさんの声が少しだけ聞こえた。なんの話をしているかはわからないけど、戦争に発展していないことを祈ろう。
中心と書いて、あたりココ。




