31日目:サボタージュ(後編)
学校サボって湯けむりなんちゃら事件、完結。
くーちゃん、なんて私を呼ぶのは、まーちゃんこと古科馬虎しかこの世にいない。
あぁ、そのあだ名を思い出したら、芋づる式に色々と記憶が蘇ってきた。
「だぁれ?」
「あ、えっとですね。彼女は小学6年生の時の同級生で」
「ふぅん」
マズい。先輩がふぅんって言う時は、大抵気分が良くない時だ。最近わかってきたけど、あからさまに不機嫌な顔はしない代わりに、少し目が細くなる。
「あ、ごめんね。お邪魔しちゃって。わたしもう出るから」
「なんか、積もる話でもあるんじゃないの。行ってきたら?」
そして語尾がふわふわしていない。不機嫌コンボ確定。
先輩の機嫌云々を抜きにしても、正直まーちゃんと話したくない。
でも、あの時のことをちゃんと話さないといけない気もする。まーちゃんと話すことでしか、この胸のわだかまりは無くならないのかも。
「えっと……」
「わたし、先に休憩所で待ってるから。もし話してくれるなら、そこに来て」
まーちゃんはそう言い残して、駆け足で出て行った。転ぶよ。
先輩の方に向き直ると、意外にも柔和な表情をしていた。笑顔ではないけれど、不機嫌でもない顔。え、逆に怖い。
第一声に悩んでいると、先に先輩が口を開いた。
「なんとなーく、イヤな思い出なんでしょ」
「そう、です。でも、話さないと解決しない気もするんです」
「そりゃ、人類のほとんどはテレパシーを使えないからねぇ」
一部は使えるのか。初耳だ。
そういえば、先輩は私の心が読める節があったけど、まさか本当に読めたりするのだろうか。なんて。
「先輩。私は……私が、他人に深く踏み込まなくなった原因が、まーちゃんなんです」
「でも、ボクに対して踏み込んでくれるようになったじゃん」
「そうですね、確かに」
「じゃあボクの勝ち。昔の女になんて負けないんだから」
いつの間に勝負が始まっていたんだろう。
先輩としては初対面の女の子に、張り合って対抗心を燃やす必要なんて無いのに。過去と現在含めても、一番は先輩に決まってるんだから。
「いつだって先輩の勝ちですよ。戦いにもなりません」
「あはぁ。そうだといいけど」
「すみません。では、ちょっと決着をつけに行ってきます」
「いってらっしゃい。ボクは髪乾かすのに時間かかるし、ゆっくり話しておいで」
「ありがとうございます」
湯船から出て、先輩に軽く頭を下げる。
ひらひらと右手を振る先輩に感謝しながら、まーちゃんの元に向かう。本当は先輩にも着いてきてもらいたかったけれど、先輩はレフェリーでも行司でもない。
ここは、私が一人で戦うべきシーンだ。
急いで体を拭いて、持ってきた着替えではなく、着ていた服に袖を通す。髪を乾かす暇は無い。
バン、とロッカーを閉めて鍵をかける。小走りで脱衣場を出て、休憩所へ向かう。
休憩所は、女湯のあるこの階にあった。
畳の小上がりに、机やマッサージチェアがそれぞれ三つずつ置かれている。
その内の一つの机のところで、まーちゃんが正座をして待っていた。
「おまたせ、まーちゃん」
「ううん。ごめんね、突然」
「……私も、話したかったから」
嘘だ。話したくはない。けど、話すことで前に進めるのなら、やっぱり話すしかない。
「あのね、くーちゃん。わたしはね、あの時のこと怒ってないよ」
『ねぇ、くーちゃん。わたしね、くーちゃんのことが好きみたい』
『友だちなら、好きで当然でしょ』
『……そう、だよね』
なんだろう。煮え切らない。
まさか、女同士で友情を越えることはないだろうし。でも、他に好きって言葉の種類はあるのかな。
『まーちゃん。私には、あなたより仲のいい人は他にいないよ』
『ありがとう』
『そういう好きじゃないの。ねぇ、どういう好きなの?』
好奇心が殺すのは、猫だけではなかったらしいということを、幼き日の私は思い知る。
『……ねぇ、訊いてどうするの。わたしがなんて言ったら満足?』
『えっ』
『ごめん』
なんとも言えない表情で、私の元から走り去るまーちゃんの背中が、ずっと脳裏に焼き付いている。
その時から、人には訊かれたくないこともあって、自分からそこに踏み込むのは悪手であるということを知った。
お互い好き同士でも、なんでも許されるわけではない。
そんな現実を、突きつけられた。
それから程なくして、まーちゃんは転校をした。
安堵と後悔の混ざったような、不思議な気持ちのまま、ここまで生きてきた。
「まーちゃんが怒っていなかったとしても、それでも私は謝りたかったんだ。踏み込みすぎて、ごめんねって」
「ううん。わたしこそ、はっきりと言えなくてごめん」
「良いんだよ。友だちでも、言えないことはあるもんね」
「……わたしね、くーちゃんのことが好きだったの。その、付き合いたいって意味で」
変だよね、と笑うまーちゃん。
そっか。女の子に恋をするって、しかも友だち相手で、それを上手く伝えられなかったんだ。
恋をしたことのない私が、現在進行形で抱えている悩みと一緒だ。
「変じゃないよ。えっと、あの時に告白されていたとしても、応えることはできなかったと思うけど。それでも、おかしくなんてないよ」
「応えられないのは、わたしが女だから?」
「ううん。私が、恋をしたことが無いから」
「そうなんだ。……じゃあ、覚えておいて。くーちゃんのことが好きだった女がいたってこと」
「うん。絶対に忘れない」
微笑むまーちゃんと握手をして、抱擁もした。
先輩以外の人とハグをするなんて、いつ以来だろう。
「それじゃ、またね」
「うん。また」
次があるかはわからないけど、この『またね』は悪い気がしなかった。
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「先輩。お待たせしました」
「おかえりぃ」
髪を乾かし終えた先輩が、椅子に座ってフルーツ牛乳を飲んでいた。
「良いですね、フルーツ牛乳」
「やっぱり温泉に来たらこれでしょ。ってあれ、来た時と同じ服だねぇ」
「あ、これはその」
「また入ろうと思ってたのぉ?」
「……ご明察です」
「いいよぉ、待ってるから」
「いえ。これ以上お待たせするわけにもいきませんし」
先輩は、飲み終えた瓶を回収用のカゴに入れ、私にキスをした。
フルーツと形容するのが不思議だけど、何故かフルーツだと感じる香りがする。
「ボクはねぇ、とってもイイ子なんだよ」
「……では、5分だけお時間をいただきます」
「焦らなくてもいいよぉ。ごゆっくりぃ」
服を脱いでロッカーにしまい、戸を引いてジャグジーを目指す。
過去と決別し、清算したこの身にお湯が染み渡る。
きっと先輩に話したら、大したことないと思いながらも、そうは言わずに、笑顔で聞いてくれるに違いない。
もし、いや人生にifはないけれども、もしもあの時にまーちゃんが私に告白していたら、どうなっていただろう。
「それでもきっと、先輩の隣にいただろうなぁ」
誰もいない浴場に、私の独り言が響く。
上がったら、フルーツ牛乳を飲もう。
感想の機能が変わったみたいですね。部分別に書けるようになったとか。




