28日目:椴米でキス(後編)
先輩はカメラで何を撮る。
「美味しかったですね」
「うん、大満足だよぉ」
食後の珈琲を飲みながら、先輩は犬の写真集を読んでいる。
「先輩は、どんな犬がお好きなんですか?」
「んー、ちょっと大きめの犬が好きなんだよねぇ。柴犬とか、シベリアンハスキーとか」
「柴犬は私も好きです」
「じゃあ、将来は柴犬を飼おっかぁ」
「そうなると、アパートやマンションでは暮らせませんね」
「おぉっ、まさか乗っかってくれるとは」
先輩の発言に対して、免疫というか耐性というか、そういうのが出来てきた気がする。もう、すぐに動揺して挙動不審になるような自分ではない。
「まぁ私は、猫の方が好きなんですけどね」
「確かに、基本的に君がネコみたいなところあるもんね」
「あっ違うなぁ、ネコ違いだなぁそれ」
「あはぁ。口調が変だよぉ」
「……修行不足でした」
すぐに動揺して挙動不審になるような自分が、そこにいた。まだまだ先輩には及ばない。
珈琲を飲み干し、2人で本を戻して、会計をする。
財布を出そうとする先輩を制し、2人分の合計金額を出す。
「あれぇ、どうして全額出すのぉ?」
「お忘れですか。10日目に、次回は私が払うと言ったじゃないですか」
あれからほぼ1ヶ月が過ぎてしまった。忘れていてもおかしくはない。
というか、10日目はアレなことをした記憶の方が大きくて、普通にデートをしたことが薄れている。
「そう……だったっけ」
「そうですよ。なので、ここは私が」
「ふふ、とても仲がよろしいんですね」
「あ、すみません。すぐ払います」
「良いんですよ。あ、そうだ。今度、行方行方が来たら、ファンの可愛い子が来ていたよって教えておきますね」
「恐縮です」
3千円を出し、お釣りを受け取る。思ったより安かった。
次来ることがあったら、私もハンバーグを付けよう。
「ありがとうございましたー」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまぁ」
ドアを開け、外に出る。
まだまだ日は高く、初夏らしい暑さだ。
「あとは、適当に写真を撮りながら歩いてもいい?」
「良いですよ。現像は、駅前の電器屋さんでも出来るようです」
「そうなんだぁ。じゃあ、いっぱい撮ろうっと」
先輩には、ファインダー越しの世界はどう見えているのだろうか。どう切り取って、どう感じているのだろうか。
何気ない景色や思い出が、形に変わる。そう考えると、なんだか私も写真が撮りたくなってきた。
「あれぇ、君も撮るのぉ?」
「ちょっとやりたくなっちゃいました」
スマホを取り出し、カメラを起動する。
先輩と通話したり、先輩とメッセージでやり取りしたり、先輩のことを撮影したりすることができる、魔法のアイテム。
写真を撮る先輩のことを撮る。カメラを構える姿が、可愛くも美しい。何をしても様になるな。
「あ、猫がいるよぉ」
「可愛いですね」
2人で一緒に、白黒模様の野良猫を撮影する。
左の耳が欠けていて、尻尾が短い。野良の生活の過酷さが伝わってくる。
特に私たちを警戒せず、逃げずに欠伸をしている。餌付けでもされているのだろうか。
「シャッターチャンスっ」
「ぃにゃー」
伸びをし、後ろ足で首元をかいている瞬間に、シャッターを切る先輩。なんだかんだで、猫も好きなんじゃないだろうか。訊いてみよう。
「先輩、猫もお好きなんじゃないですか」
「まぁね、君のことが好きなくらいだしねぇ」
「あっ違うなぁ、ネコ違いだなぁそれ」
私の声に驚いたのか、猫は何処かへ走り去ってしまった。
尻尾を揺らしながら走るそのお尻を、少し追いかけて、何枚か撮る先輩。
「そろそろ現像しよっかなぁ。おじさんにお金払いに行かなきゃいけないし」
「買うことにしたんですか」
「うん。ちょっと値は張るけどぉ、気に入っちゃってさぁ」
そう言って、太陽を背景に微笑む先輩。女神かな。
カメラから手を離して私の方に歩み寄り、手を握ってきた。
突然の接近に、思わずドキッとしてしまった。今朝まで一緒の布団に入っていたのにも関わらず。
「駅まで戻りましょうか。おじさんの店も近いですし」
「うん、いこいこぉ」
手を繋いだまま、駅前に向かう。
カメラを持っていたからか、先輩の手が少し冷たい。いつもより、少しだけ強く握る。
カメラには悪いけど、この手を簡単に譲るつもりはない。
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電器屋さんで現像を済まし、おじさんの店に戻る。
「おぅ、待ってたぞ。どうだった?」
「難しかったけどぉ、楽しかったよ」
現像した写真を見て、おじさんはニヤニヤする。
ハンバーグを食べている私の写真は見てほしくないなぁ。
「よし。そんじゃ、そのカメラは嬢ちゃんにあげよう」
「えっ、いやいや。それは流石にお断りするよぉ?」
「元々、そのカメラは俺が使っていたものでな。足腰が悪くなってから、撮りに行けなくなってなぁ。それで、相場より高い値段で置いてたんだ」
「なるほどねぇ。ちょっと買われたくない気持ちがあったんだ」
「そういうこった。だから、嬢ちゃんに貰ってほしい」
花屋さんの時といい、先輩は人に好かれやすいというか、懐かれやすいというか、そういう何かがあるのだろう。
他人に踏み込まない、を信条にしている私ですら、ここまで籠絡されたのだから、間違いない。
「でも、タダっていうのもなぁ……」
「んじゃ、3千円だけくれ」
「んー、わかったよぉ」
先輩は渋々、3千円をおじさんに渡した。
それこそ花屋さんでもそうだったけど、先輩は得をしやすいけれど、それを良しとしていない。後ろめたさのようなものがあるのだろう。そこがまた良い。
「それじゃ、たまに写真でも見せに来てくれよ」
「はぁい。カメラとフィルム、本当にありがとうねぇ」
「大事にしてやってくれ」
手を振る店長に2人で頭を下げ、店を出る。
そのまま駅に入り、誰もいないホームの写真を先輩は撮った。
「ねぇ。君はさ」
「はい?」
「……やっぱりいいや」
「え、なんですか。マジトーンでしたが」
「なんでもないってば」
「……私の誕生日以来の、お泊まりと遠出もおしまいですね」
「え、ボクのリュックは君の部屋に置いたままだよぉ?」
「それを取りに戻ったら、お帰りになられるのでは?」
私の言葉を受け、頬を膨らませる先輩。えっ何これ、可愛い。ハコフグの擬人化かな。
ぷぅって怒って風船になっちゃう絵本、子どもの頃に読んだ記憶がある。
「なぁに、そんなにボクに帰ってほしいのぉ?」
「えっいやっ、そんなことはないですよ。だって……え?」
「明日もお休みだしさぁ。もう1回、一緒に朝を迎えよ?」
「……う、うん。お手柔らかに……?」
まさか、金曜の放課後から、ずっと一緒に居られるなんて。これもう課金どころじゃないね、チートかなんかを使ったっぽい。
それとも、ログインを続けるとこういう神イベントが発生するのだろうか。いや、ログインをしているのは先輩か。
「あ、そろそろ電車が来るねぇ」
「せ、先輩。あの、今日はまだ頬にしかキスしていませんよね」
「そうだねぇ」
「なので、その。私から……キス、しても良いですか?」
「確認なんかしなくてもぉ、いつでもしていいよ」
そう言う先輩だって、いつも確認してくれる。
親しき仲にも礼儀あり、ログボにも礼節は必要だ。
先輩の唇に、自分の唇を重ねる。
この素敵な顔に近づくのだって、カメラには譲れない。
次回、休みが終わるその前に。




