27日目:ひとつ傘の下、屋根の下(後編)
お風呂とパジャマパーティー。
お風呂にお湯を溜めている間、2人で皿を洗う。ホットプレートは洗うのが大変だ。だから、しばらく使っていなかったのかな。
先輩は鼻歌を歌いながら、スポンジを動かす。ここ最近の先輩は、新妻感が凄い。可愛い。
「あれ、その歌。この前カラオケで歌ってたやつですよね」
「よくわかったねぇ」
「あの後、動画サイトで調べて聴いてみたんです」
「へぇ。歌は苦手なのにぃ?」
「……好きな人が好きなものを、理解したくなったので」
「ふぅーん」
嬉しいのか、にやにやする先輩。
冷静に考えると、恥ずかしいことを言ってしまった。でも、友だちの趣味を理解しようとするのは、そんなに変なことではないハズ。
皿とホットプレートを洗い終え、水を止める。泡がゆっくりと排水口に向かって流れていく。
「あ、そろそろお湯が溜まりますね」
「それじゃ、一緒に入ろっかぁ」
「着替えは持ってきましたか?」
「うん。ばっちり」
一緒に部屋に戻って、着替えを準備する。
先輩の下着と、ルームウェアが目に入った。すごい可愛い。着る前から可愛い。
着ているのを見るのが楽しみだ。
「それ、可愛いですね」
「ありがとぉ。サイズが大きいと、可愛い下着が少なくてねぇ」
「そうなんですか」
ルームウェアのことだったんだけどな。
下着については、私には無縁の悩みだ。しかし、胸というのは、大きくても小さくても悩みが尽きない。大胸への憧れも、小胸であることへのコンプレックスも別に無いけど。
「それじゃ、お風呂へレッツゴー!」
「元気いっぱいですね」
「だって、一緒にお風呂だよ。元気もいっぱいになるってもんだよ」
「ホテルに泊まった時も、一緒に大浴場に入ったじゃないですか」
「それとはまた違うよぉ」
階段を下りながら、先輩はまた鼻歌を歌い始めた。
徹頭徹尾、余すところなく甘々でラブラブなラブソングだ。自分にもいつか、そんな歌の世界のように恋愛をできる日が来るのだろうか。
浴室の前で、お互い服を脱ぐ。中学生の頃、修学旅行の時に服を脱ぐのが恥ずかしかった記憶があるけど、先輩相手だとすっかり平気だ。いや、見られるのは恥ずかしいけど、照れたりはしない。
「……なんですか、じっと見て」
「胸、おっきくなってない?」
「なってませんよ」
サイズアップというほどではないが、少しだけキツくなってきているのは秘密にしておこう。単純に太っただけの可能性も否定できないし。
「わー、お風呂広いねぇ」
「先輩の家のお風呂の方が、広いと思いますよ。見たことないですけど」
「家が無駄に大きい分、お風呂も無駄に大きいけど、あれは余計な広さだよぉ」
「掃除とか大変そうですね」
2人でかけ湯をして、一緒にお風呂に浸かる。入浴剤で乳白色になったお湯が溢れ、流れ出す。2人だから、もう少し控えめでも良かったかもしれない。
「んーっ、気持ちいいねぇ」
「温まりますね。……どうしました?」
「コンタクト外したからさぁ、君がぼやけちゃって」
「そういえば、目が悪いんでしたね」
いつの間に外したのだろう。気が付かなかった。
私は、ネトゲが好きな割にはほとんど視力が下がっていない。目が悪い世界って、どんな感じなんだろう。
「お風呂用に、メガネを持ってくればよかったなぁ」
「見えないなら、近づけば良いじゃないですか」
「だめだよぉ。ここで体をくっ付けたら、変な気分になっちゃうもん」
先輩は浴槽から出て、椅子に座る。私も先に済ませよう。
「左の白いのがボディーソープ、右の青いのがシャンプーです」
「ありがとぉ」
「お背中、流しましょうか」
「うへっ、あっ、いいのぉ?」
「はい。次は私もお願いします」
白くて綺麗な背中を、先輩が持参したスポンジでごしごし擦る。ボディーソープが泡立ち、まるで羊を撫でているような気持ちになった。撫でたこと無いけど。
くるりと振り返り、私の背中に、素手でボディーソープを塗る先輩。キャンバスに絵を描くように、ぬるぬると広げられる。くすぐったい。サンオイルを塗られているみたいだ。経験ないけど。
「背中、気持ちいい?」
「はい。洗ってもらうのって、気持ちいいんですね」
「そうだねぇ、ボクも初めての経験だったよぉ」
シャワーで体を洗い流し、次に頭を洗う。
泡立てて、髪が長いことを活かして、タワーのように立てる先輩。何故ドヤ顔なんだろう。まぁ、私は髪が短いので、そこまで立派なタワーの建造は出来ないけれども。
洗い流して、今度はトリートメントを丁寧に染み込ませる。先輩の長い髪がカーテンのように垂れ、つやつやと光沢を帯びていく。
「……綺麗ですね」
「んぅ、髪の話ぃ?」
「はい。いや、髪に限らず全身お綺麗ですけども」
「あはぁ。そんなに褒めても、何も出ないよぉ」
別に、何か見返りが欲しいわけではない。好きなものは好き、可愛いものは可愛い、そうやって推しに正直に思いを伝えるのは、オタクとしては当然の権利であり欲求でもある。
好きな作家さんには、簡単な内容でも感想を伝えると、めちゃくちゃ励みになると聞く。なので、先輩にも正直に綺麗だと伝える。思っているだけだと、自分の中だけで完結してしまうから。
「先輩。お風呂上がったら、何します?」
「お菓子でも食べながら、おしゃべりしよっかぁ」
「良いですね。パジャマパーティーってやつですか」
また一緒にお湯に浸かる。100数えたら上がろう、と言って数えだす先輩。それ、本当にやる人いるんだ。
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髪を乾かし終え、めちゃくちゃ可愛い、ピンクと白のふわふわしたルームウェアに身を包んだ先輩が、私の隣でポテチを食べている。
先輩から自分と同じ匂いがするのが、なんだか不思議だ。
「ねぇ。学校祭さ、一緒に回ろうよ」
「ニケさんやアラさんは?」
「多分誘われるとは思うけどぉ、2人で回らせてあげたいというか、なんというか」
「なるほど」
「何より、ボクは君と2人きりで遊びたいんだよぉ。だめかなぁ」
「私は全然構いませんよ。もしかしたら、学校祭を好きになれるかもしれませんし」
私もポテチの袋に手を伸ばし、数枚掴んで口に運ぶ。
去年はどう過ごしたんだったっけ。杯さんと回ったんだったか。その後に、適当なグループに混ざったんだったっけ。本当、自分の記憶力の残念さに泣きたくなる。
「じゃあ決まりだねぇ。ふふ、楽しみだなぁ」
「そうですね」
「ねぇ、キスしてもいい?」
「随分と突然ですね」
「パジャマ姿の君を見てると、なんかしたくなっちゃって」
「……その気持ち、わからなくはないです」
「あはぁ。それじゃ、ちゅーっ」
「んっ……れろ……んぷ」
ポテチで塩気を帯びた舌が、私の歯茎を舐める。歯の裏を通って、舌同士がキスをする。時計の針の音と、唾液の絡み合う音しか聞こえない。
「ぷはぁ。ごちそーさまぁ」
「あの。こういうキスは、歯を磨いた後とかにしてもらえませんかね」
「そう言われてもねぇ」
ドキドキが治まらない。どれだけキスをしても、私の心臓が平静を保てた試しがない。
もし、好きな人が相手じゃなかったら、こんなに鼓動が高鳴ったりはしないのかな。
「そろそろ、寝ましょうか」
「そうだねぇ。また明日もあるしねぇ」
そうか。お泊まりなんだから、朝目が覚めても先輩は居るし、お互い土日はバイトも休みだし、まだまだ先輩と一緒に居られるんだ。
なんだこの神イベント、課金でもしただろうか。
先輩は、リュックから歯ブラシと歯磨き粉を取り出し、私と一緒に洗面所へ向かう。
午後11時半を過ぎたけれど、お母さんが帰ってくる気配はない。終電も無くなりそうだし、タクシーで帰ってくるのかな。
歯を磨き終え、部屋に戻る。
何度も階段の往復をすると、ホテルって楽だったんだなぁと実感する。
「それでは、電気消しますね」
「うん」
部屋は真っ暗になった。
相合傘をした時みたいに、私に抱きつく先輩。ルームウェアのふわふわも相まって、とても気持ちがいい。
「部屋の電気は、消灯で良かったですか」
「ボクは平気ぃ。オレンジのやつを点けておくと、安眠できないらしいよぉ」
「へぇ、初耳です」
「……ねぇ、明日はさ、どっかでデートしよ」
「良いですね。たまには、違うところを開拓してみますか」
「うん。加木ほどじゃなくても、ちょっと遠いところ……とか、ねぇ……」
眠たいのか、先輩の声がどんどん小さくなっていく。可愛い。
「おやすみなさい、先輩」
「おやすみぃ……。また、君の寝顔を見れな、かっ……すぅ」
寝息を立て始める先輩。私の右半身を柔らかく包み込みながら、夢の世界へ旅立った。
「私の寝顔なんて、またいつでも見れますよ」
次に一緒に寝られるのは、いつになるだろうか。
なんて考えながら、私も寝ることにした。
次回、記念すべき50話目。特に何も無いけど。




