139日目:金曜の華は夜ひらく
金曜日の放課後、からのお泊まり鉄板ムーブ。
華の金曜日。
華に金とは、なんとも豪華絢爛な文字の羅列だろう。なんなら日も輝きを放つ存在だし、そう考えると文字の持つ力というものは、軽んじられないものだと再認識した。
「今どき、華金って言わないと思うけどねぇ」
「えっ」
それこそ華のような放課後、駅に向かって歩く道中。先輩に年齢詐称疑惑をかけられてしまった。え、言わないのか。
慌ててスマホを取り出し、華金について検索する。先輩と一緒に居る時はあまり使いたくないんだけど、脳内に本棚が無いから仕方ない。
「花金は昔の流行語で、一時期は死語になったけど……最近は華金として復活、SNSで若者も使うって書いてます」
「そっかぁ。じゃあボクが使わないだけだったね」
「先輩は、金曜日に華を感じませんか?」
「んー。莎楼がいる日なら、いつでも華って感じがするけどなぁ」
「あっズルい。私だって、先輩と過ごす土日を想って金曜日に華を……」
「ちゅっ」
キスされた。
うるさい口だな、ふさいでやるよ的なキスだろうか。
こんなギリギリ人々が往来する場所で、こんなにも大胆なことをするなんて。別に、今に始まったことじゃないけど。
「うっ、うるさかったですか」
「いつもズルいって言われるから、もっとズルいことしちゃおって思っただけぇ」
「可愛すぎる……」
私の言う『ズルい』には、卑怯だとか羨ましいだとかのニュアンスは皆無で、ようは可愛いとかあざといとか、火力が高すぎるでございますわよ的な意味合いだったりする。
「ボクって、そんなにズルい?」
「可愛い、とかあざとい、とかに置き換えていただいて構いませんよ」
「あざとい……ぶりっ子ってこと!?」
「ぶりっ子こそ、現代では使われない気もしますが。いや、正確には違うんですよ。先輩は意識的に計算高いってわけでは無いですし」
「わかんないよぉ。ぜーんぶ計算してて、自分のかわいさを……かわっ、かわいさをね?」
「無理しないでください」
先輩は何処からどう見ても可愛いし、仮に私や世間とは価値観が違う人間が居たとしても、私の世界で一番可愛いことは疑う余地も無いのに、当の本人にはその自覚が無いから困る。
でも、自分の可愛さに確信と過信を抱いていたら、きっと今の先輩のような人にはならないと思う。あまり自分に自信が無いのもどうかと思うけど、過剰なまでの自信も身を滅ぼすというか。なんというか。
「でも、君がいっつも可愛いって言ってくれるから。だから……」
「だから?」
「だから、莎楼と一緒の時だけは可愛いボクでいようって決めたんだぁ」
ちょっとボクらしくないかな、って照れながら笑う先輩。あまりの眩しさに、私の両眼は焼かれてしまった。
記念写真を撮った時みたいに、白い光が目の中を泳ぎ回っている錯覚に襲われる。
「……」
「あ、あざとすぎた……?」
くっ、視界のみならず言語を司るなんらかの部位も焼かれたか。言葉が出てこない。耳だけは辛うじて聴こえる。
「かわいすギルティ……有罪……」
「落語家?」
「ギル亭有罪ではないですね……」
なんだギル亭って。有罪のせいで、先輩に判断能力を没収されたに違いない。もう途中からなんの話だったかも思い出せない。
そんな天井知らずの先輩の可愛さにやられている内に、駅に到着した。
「さて、今日はどうするぅ?」
「お泊まりしたいっすね。その前になんか食べに行ったりするっすか?」
「なんか違うタイプの後輩になってるよ?」
「すみません。先輩の可愛さにやられたみたいで」
「えー? ボク、まだ本気出してないよぉ?」
「そ、そんな……まだ変身を残して……!?」
「ボクの本気は、夜に……ね?」
夜。華の金曜日の、夜。
土日を前にした、お泊まり中の夜のことか。え、今夜ってことだよね。無事に休みを迎えられるのだろうか。無理か。無理かもしれない。
「なーんてね。莎楼はそんなに乗り気じゃないだろうし、変なことはしないよぉ」
恥ずかしさからか、それとも気遣いからか。一歩引いた先輩の手を、握る。
「……しないの?」
真っ赤になった私の顔が、ぽとりと床に落ちる前に返事が欲しい。
「……す、好きすギルティだよぉ」
「落語家ですか」
語るに落ちる、というより語らずも恋に落ちている。よくわからないやり取りも、こうして伏線のようにまとまれば綺麗に見えるだろう。
おあとの準備がよろしいかは不明だけど、空気を読んでホームに突入してきた電車に乗り込む。
手を繋いだまま、なんだかお互いの顔を見ることができなくて。沈黙の間を、電車の音が通り過ぎていく。
家に着いたら、ちゃんと話せるかな。
それとも、また先輩の可愛さに負けてしまうかな。
あぁもう。早く駆けてこい、夜。
次回、多分何事も無かったかのように土曜日の朝とかだと思います。




