表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
234/237

盤外編:ボヘミアン・ラプソディ

先輩の母親・葉織里と、莎楼の母親・沙桜。時系列的には、まだ葉織里は莎楼に会ってません。

「こんなに甘ったるいもの、よく飲めるね」


 原材料名に羅列されている名前は、多く使われているものほど前に来るようになっている。


 彼女、沙桜(さくら)さんのお気に入りのチョコレートドリンクには、砂糖が一番含まれているらしい。通りで甘ったるいわけだ、牛乳で割って飲んでも良いくらいには。


「酒にも薬にも溺れていないだけ、マシでしょ」

「まぁ、そうだね。砂糖の依存度はそれらに近いと思うけど」

「じゃあ、私という人間に原材料の羅列されたラベルが貼られたとして。一番先頭に来る構成物質は何かしら」


 こういう日常会話の枠から脱した会話に、彼女はおおよそ期待通りの言葉を返してくれる。


 日本語として成立さえしていれば、前後の繋がりや整合性は無視してくれる。それを優しさと呼ぶならそう呼びたいけれど、それを彼女が許可するかは別だ。


 知り合ってまだ間もない……正確な日数は記憶していないけれど、旧知の仲でも無いし友人というわけでもない。ママ友なんて陳腐でチープな単語で表すのは気が引けるし。


 本当、なんなんだろう。この世界の全てが嫌いだと思っていたのに、許容できる人間に出会えるなんて思いもしなかった。


「あなたを構成する最大の要素は、まぁ……娘じゃないの?」

「そうね、そうかもしれない。葉織里(はおり)さんにも娘がいるんでしょ」

「いる。けど、私を構成する要素には含まれていないし、あの子も私を母親とは思っていないと思う」

「これはまた、随分と複雑ね」


 それこそママ友ではないから、子どもについてだとか育児についてだとか、そういった話をすることは無い。


 仮にそういった話題になっても、私に話せるのは育児放棄のような話だけ。


 けど、こうして知り合ったことには意味があるように思う。運命、なんてそれこそ陳腐だから言わないけど。


「複雑じゃないよ。単純に、私が娘を愛せないだけ」

「訊いても良いのかしら、理由とか」

「理由、か。特に明確なものは無いよ。むしろ曖昧とも言える」

「じゃあ、その曖昧な理由未満の何かだけでも教えてよ」

「嫌いだから。娘がどうとかじゃなくて、この世の全てが」


 裕福な家庭に産まれ落ち、両親から沢山の愛情を注がれて、様々な検査も診査も通過して、ごく普通の人間として生きる土壌は整っていたのに、それでも私は愛を持たない。


 口を開けば人を苛立たせ、好きでもない人と結婚して、誰にも望まれていない女の子を出産した。


 そんな自分も、それを取り巻くこの世界も。何もかもが嫌いで、許せなくて、でも怒りは既に沸き上がらなくて。


 惰性で生きている、この余生を。


「えっ、じゃあ私のことも嫌いなの?」

「あなたは……不思議と嫌いになれない。家に招くほど馴れ馴れしい、ただのスーパーの店員のあなたを」

「良かったわ。じゃあ、この先もっと好きなものが増えるわよ」


 好き、とまでは言ってないのに。随分と自信家だ、過剰なまでに。


「たとえば?」

「好きな食べ物は?」

「特に無い」

「じゃあ趣味とか。仕事は好きかしら」

「趣味は無い。仕事も行かなくて良いなら行かない、その程度の認識」

「これは手強いわね」

「何が」


 私に踏み込んで、模索して何かを探すことになんの意味があるというのだろう。


 どうでもいいのに。愛も心も持ち合わせていない、こんな空虚な人間になんて、構わなければいいのに。


「そういう私も、別にスーパーで働きたくなんてないし、娘と私は違う人間だから、あまり気にしてはいないけどね」

「はぁ。また冗談を」

「あら、冗談じゃないわよ。娘が誰を好きになっても、我が家を私物化しようとも構わないし」

「私物化、と言えばうちも娘が私物にしてるよ」


 まぁ、ほとんど帰らずに放置している私が悪いけど。


 あの人も滅多に帰ってこないし、今頃どこで誰と寝ていることやら。それか、私の預かり知らないところで勝手に死んでくれていたら良い。


「そうなのね。うちの娘は先輩の家にしょっちゅう泊まりに行ってるから、そろそろ親御さんにご挨拶とかした方が良いかしらね」

「別に大丈夫でしょ、そんなことしなくても」


 そういえば、うちにも誰かを招いている形跡がある。前まではほとんど使っていなかった食材も使ってるし、料理ができる彼氏でもできたのかな。


 いや、作るとしたら彼女か。同性しか愛せないって言ってたし。


「話を戻すけど、何か好きなものは見つけた方が良いわよ」

「要らない。そんな甘ったるい飲み物、好きになるわけないし」

「ほら、『愛の反対は憎悪ではなく無関心』って有名な言葉があるでしょ。まぁ私、あれ嫌いなんだけど」

「はぁ。嫌いなら何故それを……」

「割とあってると思うから。だって、嫌いだって感じる心は持ち合わせてるわけだし」


 そうか。私は無関心ではないのか。いや、そんなことは無い。この世の全てが嫌いなことと、それはそれとして無関心であることは矛盾しない。


 何処かで誰かがどうなろうと、心底興味も関心も無いけども、そんな私にも心があると言うのか。


「……」

「ほら、私と会話して発見があったでしょう。それが、例えその大きな胸を切り裂いて、奥を覗いたとしても見えないところにあるものが『心』よ」

「格好いい風なことを言いながら、セクハラしなかった……?」


 胸が大きいのはそちらも同じでしょ、なんてことは流石に言わない。


 しかし心、か。愛を持たず、喜怒哀楽をほぼ感じずに生きている人間失格で、母親失格のこの私にもそれがあると言うなら、この終わり尽くしている人生をどうにか出来たりするのだろうか。


 今更、娘と普通の親子になりたいだとか、幸せになりたいだとか、親に謝りたいとか、そんなことは微塵も思わないけど。


「とにかく、私と友だちになれる人生は送れるよって話よ」

「はぁ。どうして、私なんかと仲良くしたいの」

「え、普通に好みだから。顔とか」


 夫となったあの人は、別に私の容姿を褒めたりしなかったな。家柄と、資産と、『健康な男の子を出産できそう』なところにしか興味が無かっただろうし。


「私には理解できない」

「解り合っていきましょ、ね?」

「はぁ……」


 心地良さ、みたいなものは感じないけど、不思議と嫌な気分にはならない。


 なんとなく終わり、のような気がしたので帰る準備をする。と言っても、特に何もすることは無いけど。


「また遊びに来て。娘が外出してる時にでも」

「……気が向いたら」

「向くように言っておいて、気に」


 またね、と言って手を振られた。振り返すつもりは無いし、笑顔で会釈なんかも当然しない。できない。


 私という人間に、もし原材料が羅列されたラベルが貼られるなら。空白ばかりが目立つそのラベルには、沙桜という名前が書かれそうな気がしてならない。


 はぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング→参加しています。気が向いたらポチッとお願いします。 喫と煙はあたたかいところが好き→スピンオフのようなものです。良かったら一緒に応援お願いします。
― 新着の感想 ―
お二人とも胸が大きい、了解。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ