132日目の夜:悲しみで華が咲くものか
先輩目線でお送りします。
ここは都会じゃないから、終電は比較的早い。
当然、バスはそれより早く終わるし、終電を逃してしまうと本当に帰れなくなっちゃうと思う。
「何とか間に合いましたね」
「そうだねぇ。でも、帰りは歩きかな」
「そうなりますね」
徒歩だと少し遠いし、自転車の2人乗りは危険。という莎楼の意見を踏まえて、ボクたちは終電に乗り込んだ。
莎楼と2人乗り、ちょっとしてみたかったなぁ。後ろから、ボクにぎゅってしがみつく莎楼を想像すると、ニヤニヤしそうになっちゃう。
「どうしたんですか、そんなにニヤニヤして」
訂正、もうしちゃってた。
いやいや、でもニヤニヤしていることをわざわざ指摘するなんて。スルーできないくらいニヤニヤしてたのかな。
「別に、なんでもないよぉ」
「そうですか。でも、安心しました」
「頭がおかしくなったと思った?」
「いや、そんな心配していたわけではなく。意外と緊張してないんだなって思って」
「今日は君もいるし、自分から会いたくなったからねぇ。あの時のお礼もまだ言ってないし」
別に、ボクのために来たとは思ってないけど。でも、助けられたのは事実だからね。
でも、改めて言われるとちょっと緊張しちゃうなぁ。確実に精神を削られるし。
言葉のチョイスが絶望的なんだよね、ママは。あれに悪意がないのが信じられない。
「あ、私は一応済ませました」
「そっかぁ。なんて言ってたの?」
「『べ、別にあんた達を助けに行ったわけじゃないんだからね。勘違いしないでよね』的なことを言ってました」
「あはぁ。昔のツンデレかなぁ?」
「意訳ですよ、もちろん」
「まぁ、ママならそんなニュアンスのことを言うだろうけどさぁ」
そうなると、何をしに来たのかが不明なんだよね。
莎楼のママと仲良しってことは、莎楼のことを助けに来た可能性は捨てきれないかな。
でも、どんな理由にしても、他人のためにママが行動するってことが信じられない。奇跡よりも奇跡。
『次は肆野です。停車時間は僅かです』
ボス戦前のアナウンスが流れた。ここまでの冒険のレポートを書いておいた方がいいかなぁ。
ゲームだと普通のことだけど、セーブしておけば何かあってもそこまでは戻れるって、すごいことだよねぇ。
人生に足りなかったログボは莎楼のおかげで手に入ったけど、流石にセーブ機能は無理だよね。
「ねぇ莎楼」
「はい」
「セーブしてみたい」
「いつでも助けますよ」
そう言って微笑んだ莎楼に、ほぼ無人の電車内で抱きしめられた。
……もしかして、『救う』って意味のセーブだと思われたのかな。急に変なことを言ったボクが悪い。
「あはぁ。これでいつでも、セーブ地点に戻ってこれるね」
「ええ、いつでも私の胸に帰ってこれますよ」
この莎楼の言葉遊びっぽい感じからして、最初からダブルミーニングだったみたいだね。好き。
電車が停止したから、仲良く手を繋いで降りる。人がいないからできること、普段は人の邪魔になるから控えてる。
すっかり冷たい夜風に撫でられながら、莎楼の家を目指す。月明かりと街灯のおかげで、それほど暗さは感じない。
いつも猫が寝ている塀が見えてきた。地味に楽しみだったりするんだよね、猫を見るの。
「あれ、猫いないねぇ」
「噂によると、夜は違う場所に行ってるらしいですよ」
「そっかぁ。餌とかくれる人がいるのかなぁ」
現代を生きる猫にとって、それはある意味で狩りみたいなものなのかも。餌付けはあまり、いいことじゃないらしいけど。
そんな話をしていたら、あっという間に莎楼の家に到着した。外から見ると、リビングだけ明るい。
「鍵を開けたら、先に私が状況を確認します」
「状況って?」
「……なんかしてたら困るじゃないですか、お互いに」
「あっ、そ、そうだねぇ」
どういう意味で、そしてどこまで仲良しなのかはわからないけど、そうだよね。
莎楼がボクの家に泊まることを知ってるわけだし、誰の邪魔も入らないと思ってるかもだもんね。
……ママとお義母さんかぁ、改めて複雑な気持ち。
「ただいま」
莎楼が、少し大きめの声を出した。
そのまま、単身でリビングを覗き込む。その後ろでボクは待機。緊張してきた。
「あら、また忘れ物?」
「ううん、私じゃなくて……。先輩、大丈夫でした」
リビングの中は、全年齢対象だったみたい。安心して、莎楼の後に続いてリビングにお邪魔する。
「おじゃましまぁす」
「いらっしゃい、カサネちゃん」
「……はぁ。どうしてわざわざ」
笑顔のお義母さんとは真逆の、この世の終わりくらい暗い顔をするママ。
いや、いつも通りだね。いつだって、良くも悪くも人形みたいな表情をしてるから。
「ここにいるって莎楼から聞いたからさぁ。この前のお礼と、あと箱の中のこととか話したくて」
「だから、この前は別に助けに行ったわけじゃないから」
「結果的に助かったからいいの。で、箱のことなんだけど」
早速、本題に入る。助けに来てくれたのは、要約するとツンデレってことは莎楼に聞いたからね。
「はぁ。特に面白いものを入れた記憶は無いけど」
「色々入ってたよ。母子手帳とか、ボクの好きなアイスの蓋とか」
「……同じに見えるから」
「?」
「アイスなんてどれも同じに見えるから、忘れないように取っておいたんだよ。流石にもう覚えたけどね」
「ふ、ふーん。なんでそこまでしてくれたの?」
ボクのこと、というか基本的に何もかも嫌なはずなのに。同じに見えるなら、別に他のものでもよかったはずなのに。
莎楼が箱を開けた時から、ずっと胸の辺りがざわざわしてる。ムズムズ、かもしれない。莎楼と一緒にいる時とは違うタイプのドキドキ、でもあるかも。
「なんでって。私はあなたの母親だから」
「……なんっ、あ、でも、なんで」
「母親失格でも、母親であることに変わりはないからね。母親って、そういうことをするものなんでしょ」
そっか。『母親』という役を演じて、世間一般で言うところの『母親』の真似をし続けていたんだ。
ずっと、不器用で歪なかたちで。
ボクも莎楼も、何も言えずに佇んでいる。適切な言葉が浮かばない。
「え、それって普通に偉いわよ。世界はそれを愛って呼ぶんじゃないの?」
「……はぁ?」
お義母さんが、名曲のタイトルに限りなく近い発言をしたことで、場の空気が少し変わった。
「ボクもそう思う」
「私もそう思います。それができない人だって、世の中には沢山いると思いますし」
「ほら、私の可愛い娘たちもこう言ってるわよ」
「はぁ。ひとりは私の娘なんだけど」
「良いじゃない別に。なんなら、莎楼も貴女の娘みたいなものよ」
結婚したら、莎楼にとっても義理の母親になるもんね。
そこは想像したことなかったなぁ、新婚生活にはボクと莎楼の幸せな日常があればそれでいいし。
「……本当、困った母娘だね」
「じゃ、ボクはもう言いたいこと言ったし帰るねぇ。行こ、莎楼」
「え、あ、はい。それでは、もう会わないように祈っておいてください」
特に振り返ることなく、莎楼の家を後にした。
「外の空気、おいしぃねぇ」
「そうですね。久々に呼吸した気分だよ」
「あはぁ。でも、ママが押され気味で面白かったねぇ」
「そうですか。私は生きた心地がしませんでしたよ」
本気か冗談かわからないけど、そう言いながら軽くため息をつく莎楼を見て、ちょっとしたボス戦だったことを自覚したね。
「ありがとね、付き合ってくれて」
「良いんですよ。だって、今の先輩すっごい良い顔してる」
「え、えへへ。そう言ってもらえると嬉しいなぁ」
ずっと抱えてきた何かが、ほとんどなくなった気がする。
きっと、莎楼も一緒に背負ってくれたから。昨日までのことを過去にしてくれたから。
優しく微笑んだ莎楼が、ボクの手を握ってくれた。もう夜は冷えるからね、少しでもぬくもりがあった方がいいもん。
「でもごめんね。やっぱり歩いて帰ることになっちゃった」
「平気ですよ。私、散歩マスターですから」
「ぷっ、ふふっ。あはははぁ!」
「……お母さんのせいってことにしてください」
「そうしてあげる。ボクも聴きたくなってきちゃった」
「帰ったら聴きましょうか」
「そうしよぉ」
ママと会話できたし、茶戸母娘の強さも改めて思い知ったし、いい夜だったなぁ。
きっとこれも、愛って呼ぶんだよね。
2ヶ月も更新が止まってしまい、申し訳ございませんでした。エタってません。頑張ります。




