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128日目:キャッチする理科室

ログボ受け渡し場所、強化。

「うわっ、本当に手に入れたんですか。理科室」


 今朝、先輩から届いた『今日は第二理科準備室じゃなくて理科室に来てね』というメッセージに従って、私は理科室の扉を開いた。


 当然だけど、理科室も基本的には施錠されている。1時限目に理科室を使うクラスがあっても、解錠されるのは授業が始まる10分前。


「あはぁ。案外、簡単に貸してくれたよぉ。正確にはスペアキーを借りたんだけどねぇ」

「凄いですね。広さとか明るさとか、桁違いです」


 木で出来た6つの椅子に囲まれた、黒くて大きな机が9つ。


 冷暖房完備、奥には水道、大きな窓から射す光は理科室内を明るく照らしている。


 真っ黒な遮光カーテンもあるけれど、今日は閉まっていない。


 黒板の横には、第一理科準備室に繋がる扉がある。ちょっと緊張しちゃうな。


「まだ暖房は使えないけど、冬になったら使えるようになるから。楽しみにしててねぇ」

「楽しみにしてます。……なんか緊張するね」

「なんで?」

「第二理科準備室は狭くて暗かったから、なんというか個室って感じだったんですけど。ここは広いから……」

「狭くても広くても、ボクと莎楼しか居ないから大丈夫だよ」

「それはまぁ、そうなんですけどね」


 出入口となるドアは2つあるけど、どちらも曇りガラスなので廊下から見られることもない。


「それにほら、おっきい机があるからさぁ」

「あるから?」

「んふふ」

「何!?」


 私は大統領夫人とかじゃないから、別に大きな机の上に押し倒されて喜んだりはしない。


 あと普通に硬くて痛そうだし。


「確かに、これじゃあベッドにはならないよねぇ」

「心の声に返事をしないでください」

「あはぁ。まぁ、さすがにここではそこまでしないよぉ」

「どこなら何までするんですかね……」

「んふふふふ」

「何!?」


 なんだろう、今日の先輩はやけに上機嫌だ。


 そもそも不機嫌なことは滅多に無いし、日頃から明るく元気でふわふわで超絶可愛いけども、それにしても機嫌が良い。


 それだけ、理科室を手に入れられたことが嬉しいのかも。


「取り敢えず、今日のログボをどうぞ」

「はぁい」


 先輩の細腕が私のことをぎゅっと抱きしめて、その柔らかさと甘い香りに驚いた心臓が破裂する一歩手前で、優しくキスをされた。


 唇と唇が触れ合うだけの、熱が伝わって気持ちいいだけの、ただ心臓がドキドキするだけのキス。


「ぷはっ」

「随分と優しいキスでしたね」

「誘ってるのぉ?」

「あっ違います。物足りないとか、そういうことではなく」

「ボクって、そんなにいっつも舌入れてる……?」

「割と……?」


 必ず、ではないけれど、頻度は高いと思う。


 ピザにタバスコをかけるよりも、珈琲に液体クリームを入れるよりも高頻度だ。


「じゃあ、今度からは控えるね……」

「なんで!?」

「ふぇっ、あっ、入れた方が好きぃ?」

「どちらの方が好き、とかは無いですけど。それぞれの良さがあるじゃないですか」

「そうだね……?」

「あ、全然ピンときてない。良いですか先輩、例えるならあっさりとしたラーメンは背脂濃厚ラーメンの下位互換ですか?」

「それは違うねぇ。日によって食べたいラーメンのタイプは違うし、どちらにもどちらの良さがあるよ」

「そういうことです。舌を入れるのが、普通のキスの上位互換ではないんです」


 なんだか喋りすぎた気もするし、的確な例えだったかはわからない。


 けど、なんとなく先輩が感心した表情で頷いているので、成功したということにしよう。こういう成功体験を積み重ねていくことで、人は成長していくに違いない。


「そろそろ教室に戻ろっかぁ」

「そうですね」


 以前よりも、静かに戸を開けて慎重に廊下に出る。


 この時間に通りがかる生徒も、居ないことも無いし。理科室から出てきたら、流石に目立つだろうし。


 先輩が施錠したのを見届け、手を振ってから教室に向かう。


 階段を上り切り、教室に入る前に深呼吸。なるべく無表情を装って、教室に入る。


「おはよー。クグルちゃん」

「おはようございます、ココさん。……あれ、セイナさんと左々木さんは?」

「2人とも風邪で休みだってさー」

「珍しいですね。テスト前だけど、大丈夫なのかな」

「大丈夫だと思うよー。……ん、ちょっと失礼するよ」

「えっ、なんですか」


 ココさんはクンクン、と麻薬捜査犬のように私の匂いを嗅ぎ始めた。


 自分から異臭が放たれているのだろうか。先輩は何も言ってなかったけど、優しいから黙っていてくれたのかもしれない。


「……ふーん。理科室かぁ」

「なっ!?」

「今までは何処の教室を使ってたのか知らないけど、今度は理科室になったんだねー」

「そんなに匂います?」

「ううん。クグルちゃんの良い匂いと、恐らく先輩由来の甘い匂いしかほとんどしないよー」

「なのにわかるんですか?」


 自分の匂いが、良い匂いと言われたことには安心した。正直、自分ではわからないし。


 しかし、まさかココさんが匂いだけで理科室だと特定できるとは思いもしなかった。いくつ特殊能力を持ってるんだ、この人は。


「うっすらとねー。流石に、他の人にはわからないと思うよ」

「そうでなきゃ困ります」

「それにしても、理科室なんて大胆だねー」

「私が希望したわけじゃないですからね」

「逆に、クグルちゃんはどの教室がお望みだったの?」

「そっ、それを言われると……。別に、何処でも良いんですけど」

「先輩が居れば何処でも、でしょ」

「勝手に読まないでください」

「ごめんごめん」


 でも、訂正の必要が無いくらいその通りなので、特にそれ以上の指摘はしない。


 私は別に、第二理科準備室のままでも良かったし。寒いしちょっとカビ臭いけど、それはそれで隠し部屋って感じがしたし。


 カビ臭いと言えば、じゃあもしかして今までの私って第二理科準備室の匂いを纏っていたのだろうか。それは流石に、ココさん以外の人にも気付かれていそう。


「大丈夫だよー。理科室じゃない時も、別に気になる匂いじゃなかったよ」

「それなら良かった……んですけど、だから勝手に読まないでくださいってば」

「ふふー。ごめんごめん」


 悪いと思っていない笑顔を浮かべるココさんに、これ以上何を言っても無駄なので諦める。


 そろそろ糧近(かてちか)先生が来る時間だし、大人しく自分の席に戻ろう。


 今日が終われば、明日はヒアさんのところにご挨拶。そして来週はテスト。これさえ乗り切れば、もう今年のイベントは先輩の誕生日を残すのみとなる。……なるかな、流石に過言かな。


 とにかく、今日という1日をきちんと乗り切ろう。話はそれからだ。

次回、先輩のセンパイに交際報告!

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