表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
195/237

110日目:食べ歩きデート(ランチ編)

カラオケからのランチ。

「んっ……んちゅ、んぷ……」

「ふっ……ん、んんっ……」


 店員さんがドリンクを持って来る前にキスしよ、とか危険な提案をした先輩をなんとか落ち着かせて、お互い何曲か歌った。


 そして、退室時間の20分前。

 私たちは、抱き合ってキスをしている。


 空のコップの中で、氷が溶ける音がする。

 テーブルの上で、次の仕事を待つマイクがその音を微かに拾う。電源、切り忘れてたな。


「莎楼ぅ、もっと……もっとしたい」

「ねぇ先輩、カラオケの個室のドアって窓的な部分があるじゃないですか」

「え、うん。それがどうかしたのぉ?」

「店員さんが、室内で変なことをしていないか確認するためにあるらしいんですよ」

「うん。それで?」

「いや、この時点で察して?」


 キスくらいなら咎められないかもしれない。


 けれど、見られても良いというわけではない。


「別に、ボクは見られても平気だけどなぁ」

「先輩は、もう少し慎重になるべきだと思いますよ」

「……それは、ボクに直してほしいところ?」

「なっ、おしてほしいわけでは。ちょっと強引で、欲に忠実なところも大好きですよ」

「ありがとぉ。でもそうだよね、君は他人に見られるのが好きじゃないもんね」


 先輩にとって、他人は『自分のことを見ていない存在』だけど、私にとっては違う。


 自意識過剰なつもりは無いし、誰も私のことなんて気にしていないと今でも思っている。でも、左々木さんの言葉も無視できない。


 私はともかく、やはり先輩は美人だから目立つのだろう。


 自分はどう見られても、評されても構わない。

 けど、先輩が嫌な思いをするのだけは避けたい。


 何度も同じことを思ってきたけれど、この考えは変わらない。


「先輩、私は人に見られるのが苦手というよりも」


 言葉の途中で、退室時間が迫っていることを告げる電話が鳴り響いた。


 花火の時といい、どうしてこうも間が悪いのか。


 先輩が受話器を取り、延長せず退室することを告げた。


「それじゃあ、出よっかぁ」

「……うん」


 入店時に渡されたカゴを持って、部屋を出る。


 カウンターに向かう道中、漏れている歌声が耳に引っかかる。店内を流れている流行りの歌と混ざって、何が何だかわからない。


「あっ、チスイじゃん」

「……やぁ」


 カウンターに立っていた店員さんに、先輩が軽く挨拶をした。なんとなく見覚えのある顔と聞き覚えのある名前だけど、誰だったかな。


「ここでバイトしてたんだねぇ」

「まぁね。2人は変わらず仲が良さそうだね」


 思い出した。学祭の時に、先輩のクラスのお化け屋敷の受付を担当していた人だ。


 声が可愛いオトアサさんって人と、トイレに消えていったのは鮮明に覚えている。


「あ、ここはボクが払うね」

「ありがとうございます」

「カサ。店員ではなくクラスメートとして言っておくけど、カラオケでは自重した方が良いよ」

「えっと……?」

「今の時間の見回り、私だったから良かったけど。キスくらいならよく見かけるし、注意もしないけど……同性は目立つからさ」

「ご、ごめんねぇ?」

「私は別に。後で彼女に謝りなよ」


 チラッとチスイさんに顔を覗かれる。彼女ではないんだけど、ここでわざわざ否定するのは流れ的に違うかな。


 2人分の代金を払った先輩と手を繋ぎ、お店を出る。雨は止んでいた。


 外の空気がとても澄んでいるように感じる。カラオケって、どうしてどのルームも煙草の臭いがするんだろう。


「君が言ってたことの意味が、よくわかったよ。本当にごめんねぇ」

「いえ、大丈夫ですよ。元々、キスをするためにカラオケに行こうって言ったのは私ですし」

「でも……軽くするだけにしておけば、見られなかったかもしれないから。今度からは気をつけるね」

「そこはお互い様、ということで。ほら、元気出してくださいよ」


 本気で落ち込んでいるらしく、先輩はほとんど地面と会話している。


 確かに、チスイさんだったから良かったようなもので。致命傷になっていた可能性は否定できない。


 けど、そうはならなかった。ifは無いんだと、今日は良い意味でそう言える。


「ねぇ、先輩」

「……何?」

「大好きだよ」

「あぶっ、うにゅ、うぅー!」

「泣いちゃった……」


 別に泣かせるつもりは無かったのに。元気を出させるというのは、案外難しい。


「ボクもだいずぎぃぃ……」

「先輩、涙を拭いて落ち着いて。ね?」


 何処かで貰ったポケットティッシュを取り出して、先輩に渡す。明日からはハンカチを常備しようと強く誓う。


 涙を拭い、平静を取り戻した先輩からポケットティッシュを受け取る。


「ありがとぉ……。もう大丈夫だよ!」

「良かった。では、ランチをいただくお店に案内してください」

「今日はね、両面亭(りゃんめんてい)に行くよぉ」

「おっ。良いですね中華」


 因みに、食べ歩きマップには『美しすぎる店長、その正体は女装男子』と書かれていた。ご本人が許可を出したんだろうけど、それで良いのだろうか。


店長(ソラカ)が女装しているのは、先代の意志を尊重しているから……らしいよぉ。ボクも詳しくは知らないけど」

「趣味とかじゃないんですね。とても似合っていましたけど」

「褒めると喜ぶから、趣味でもあるのかもねぇ」


 そんなことを話している内に、駅に到着した。肆野(よんの)に戻ることになるけど、ランチの後はどうするんだろう。


 何軒も行くつもりみたいだし、ディナーもあるのかな。


「先輩、ランチの後はどうするんですか」

「それは、食べてから考えてもいい?」

「はい。大丈夫ですよ、焦っても急いでも慌ててもいないので」


 そういえば、私はいつも先の展開やプランを訊ねすぎている気がする。もっと『今』を楽しまないと、勿体ないかもしれない。


「あ、電車来たよぉ。ギリギリセーフだったねぇ」

「そうですね。まぁ、逃しても先輩とお喋りして待つだけのことですが」

「好き!」

「あ、ありがとうございます」


 突然の好きに動揺しつつ、電車に乗り込む。


 いつになったら慣れるだろう。そんな日は来ない気がする。


―――――――――――――――――――――


 店の外で並んでいる人は居なかったけど、店内は混みに混んでいた。これもマップの効果だろうか。


「いらっしゃい。……カサ子、悪いけど待ってて」

「お盆とテーブル布巾ちょうだい。ここの席空けるから」

「悪いね」

「気にしないでぇ」


 ソラカさんからお盆と布巾を受け取り、(どんぶり)と細長い皿をお盆に乗せて、先輩は厨房の手前まで入っていった。


 テーブルは私が拭いておこう。Ventiでもやっていることだし。


「ありがとぉ莎楼。注文も済ませておいたよ」

「先輩はいつものですか?」

「ううん。今日はね、莎楼にどうしても食べてもらいたいメニューがあってね」

「へぇ。それは楽しみです」


 なんだろう。ラーメンや炒飯、餃子は食べたことがあるけど、それらとは違うのかな。


 先輩のオススメは絶対に美味しいに決まっているので、それこそ余計なことは訊かずに待とう。


「それにしても、こんなに混んでるの初めて見たよぉ」

「凄いですよね。これも食べ歩きマップの効果でしょうか」

「そうかもねぇ。歴史ある中華料理屋さんに入りにくいって人もいるだろうし」

「今回のが良いきっかけになった、と」

「店長は女装している美人って書いてあったら、気になる人も出てくるだろうしねぇ」

「そして、味が確かだから人気が爆発しちゃうかもですね」


 Ventiが少しずつ人気になっていった時も思ったけど、嬉しさと寂しさで複雑な気持ちになる。


 先輩は常連さんだし、尚更そういうのがありそう。


「ボクとしては、お店のファンが増えるのは嬉しいことだけどねぇ」

「えっ、大人ですね」

「大人かなぁ。ボク1人で支えられるわけがないんだからさ、人気はあるだけあった方がいいでしょ」

「とは言っても、アタシのワンオペだから人気店になっても困るけどね。はい、裏セットどうぞ」


 私と先輩の前に、裏セットというらしいものが置かれた。


 パッと見は普通の炒飯と、あんかけ焼きそばのようで裏っぽくはない。


 そういえば、前に来た時もその前も、そして今日もソラカさんしか居ない。


「ありがとぉ。それじゃ、いただきまぁす」

「いただきます」


 まずは蓮華で炒飯をすくい、口に運ぶ。


「……卵が違う?」

「すごいねぇ。そう、卵と油が普段のと違うんだよぉ」

「良い意味であっさりしているというか、シンプルだけど奥深い味わいですね」


 いつもの炒飯も美味しいけど、美味しいの種類が違う。全くの別物だ。


 続いては、あんかけ焼きそば。

 たっぷりの餡と野菜が乗っていて、麺は堅焼きではなく普通の焼きそばと同じ。個人的には、麺が堅焼きじゃないだけで凄く嬉しい。


「……うん、すっごく美味しいです!」

「良かったぁ。これを食べてもらいたくてさぁ」

「麺がほとんどラーメンと同じですよね。その太くて黄色い麺にたっぷりの餡が絡んで、濃厚な味わいが……」

「うんうん。莎楼が前に『あんかけ焼きそばは堅焼きじゃない方が好き』って言ってたから、絶対喜んでくれると思ったよぉ」

「そんな話、しましたっけ」

「本編に出てくるのだけが、ボクたちの会話じゃないでしょ?」

「ココさんみたいなこと言わないでよ」


 人生は全てが本編で、番外編は存在しない。


 いや、これも前に言った気がする。前に言ったとか言っていないとか、そういうのを気にするのも変な話なんだけどね。別に誰に見せるわけでも、聞かせるわけでもないんだし。


「あれっ。先輩、もう食べ終わったの?」

「うん。君はゆっくり食べててね」

「……あの、じっと見られるのは恥ずかしいんですが」

「あはぁ。麺をすするところ、もっとよく見せて?」


 普段、自分がやっていることなので止めることはできない。早く食べちゃおう。


 食べ終わったら何処に行くのか、訊きたい気持ちをグッと堪えながら無言で麺をすする。


 幸せそうに微笑みながら、全く視線を逸らそうとしない先輩を見ながら。

次回、多分ディナー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング→参加しています。気が向いたらポチッとお願いします。 喫と煙はあたたかいところが好き→スピンオフのようなものです。良かったら一緒に応援お願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ