109日目:同級生フレンズ。
珍しく、後輩がクラスメートと喋ります。
「はい、クグルちゃんにこれあげるー」
「なんですか、これ」
黒板に大きく書かれた『自習』の二文字。
それを、大人の監視の目が無い状況に置かれた生徒がどう読むか。それは火を見るより明らかで、勉強道具を机の上に出しているのは、私を含めて2人くらいしか居ない。
そんな自習ならぬ自由時間に、ココさんに赤い表紙の冊子を手渡された。
「これはねー、『不行食べ歩きマップ』だよ。不行市内のお店を網羅していて、全店舗の割引券もあるよ」
「良いんですか? もらってしまっても」
「うん。うちの店も載ってるから、良かったらまた来てねー」
「ありがとうございます。……ん?」
ペラペラとページを捲ると、よく知ってるお店の紹介ページに、これまたよく知っている人物が載っていた。というか、先輩だった。
「先輩、インタビュー受けてたの!?」
「ねー、ビックリだよねー。グルメだもんね、先輩」
「……もしかして、これを私に見せたくてくれたんですか」
「それもあるっちゃあるかなー」
「ココさん」
「んー?」
「ありがとうございます」
「どういたしましてー」
先輩は市内のお店に詳しいし、インタビューどころか編集を担当していてもおかしくない。
改めて読み返してみると、私も随分と知っているお店が増えたと実感する。
土日に先輩と遊べるなら、その時に何処かに行きたいな。先輩と一緒に食べるなら、どのお店でも良い。
ココさんのお母さんがやっているお店は、先輩と一緒にはまだ行ってなかったな。お祭りの出店では食べたけど。
真面目な生徒に擬態するために、食べ歩きマップを鞄の中にしまって、なんとなく国語の教科書を読む。つい、習っていない話とか読んでしまう。
「ねー茶戸さん。この前さ、校門のところで煙草屋さんに拉致られてたよね?」
「えっ、えっと。人聞きが悪いですね」
後ろの方の席から歩いてきた、ほとんど会話をしたことがない男子が話しかけてきた。人が『山月記』を読んでいる時に、なんて失礼で不躾な男子だろう。名前すらうろ覚えだ。
「え、じゃあ仲良しなの?」
「なんですか、何が訊きたいんですか」
「いや、なんつーかな」
「うるさいな、寝れないんだけど」
「左々木さん」
「げっ。じゃ、じゃあこれで」
名前のわからない男子が、慌てて自分の席に帰っていく。
左々木さんって、普段はココさんの陰に隠れているけど、言いたいことを我慢しないタイプなんだよね。
あと、普通に授業中に居眠りするタイプ。
「ごめんなさい、左々木さん」
「いや、茶戸さんは別に悪くないし。悪くないけど、気をつけた方が良いよ」
「気をつける……とは?」
「アイツが言ってたみたいに、校門のところで煙草屋さんの車に乗ったり、先輩と手を繋いで下校したり、あと1年生の笹と一緒に居たりとか。目立ってるよ」
「……ご忠告、感謝します」
「ココが味方だから大丈夫だとは思うけど、一応ね」
「お優しいんですね、左々木さんは」
「はっ!? いや、別に……茶戸さん、あのことを黙っててくれてるし。だからというか……。とにかく、ウチはもう寝る」
「はい。おやすみなさい」
自習時間中にかける言葉としては間違えている気がするけど、照れて慌てる左々木さんとこれ以上話すのは申し訳ないし。
ココさんと仲良くしている私のことを、敵視してもおかしくない立場なのに。しかも秘密を目撃したことも含めると、本当なら私は疎まれても仕方がないハズ。
仲良しかはともかく、友好的なのは非常に助かるけど。
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「ねぇ茶戸さん、シオリとなんの話してたの?」
放課後。今週は当番なので教室の掃除をしていたら、同じく当番の五十右さんが話しかけてきた。珍しい。
左々木さんに比べて、あまり私に関わろうとしてこないし。
「別に、大した話はしてませんよ。左々木さんがあの……男子を追い払ってくれて、目立ちすぎないように気をつけなよって忠告をいただいただけです」
「男子……あぁシバケンねー。遂に茶戸さんまで絡まれるようになったのかーって驚いたよ。セイナにもしつこくしてくるんだよ!」
「そ、そうなんですね。まぁ、そういうことなのでご心配なく」
「心配? ……あ。だから、セイナとシオリはそういう関係じゃないんだよっ」
プンプンと擬音と身振りを付けて、怒っているフリをする五十右さん。
別に2人がどういう関係でも私には関係無いけど、仲が良いという事実は揺るがないだろう。
「勘違いはしてませんよ。左々木さんも否定してましたし」
「じゃあ、セイナが嫉妬すると思ったの? 大丈夫だよ。茶戸さんがシオリやココと仲良くしても」
「そう、ですか。そういうものですか」
「もーっ、気にしすぎだよ」
恋人でも友人でも、既に出来上がっている関係の中に自分が入るのは、やっぱりまだ怖い。
他人に踏み込まないのが癖になっているから、大丈夫だと言われても難しい。
「というかさ、セイナ達は一緒の班で修学旅行を謳歌した仲じゃん!」
「あれは、ココさんが半ば強制的に決めたからというか」
「ココは昔から強引だからね。でも、楽しかったでしょ?」
「はい。とっても」
「えっ! 茶戸さんの笑顔、超可愛い!」
セイナさんの意外な発言により、他の掃除当番が全員振り返った。いや、誰も真面目に掃除やってないな。私も含めて。
「茶戸さんって笑うのか……」
「ていうかミギー、茶戸さんと仲良かったんだな」
「五十右さん、そんな寄生獣みたいなあだ名だったんですね」
当番の皆とおしゃべりをするなんて、数ヶ月前の私なら考えられなかったな。
先輩にログボを渡すようになって、学祭前にココさんと話すようになって、そして五十右さんと左々木さんとも話すようになって。そうしたら、クラスメートと会話することも増えた。
きっと良いことだと思う。友だち、って言葉は簡単に使えないけど。
「あっ、もう掃除は終わったってことにして良いですか?」
「良いんじゃないかな。ごみ捨ては男子に任せるよっ」
「はぁー? 任せとけ」
「後は俺たちに任せて走れ! 茶戸!」
「ありがとうございます、走りはしませんけど」
鞄を持って、当番の皆に見送られながら教室を出ると、笑顔の先輩が立っていた。
「せ、先輩。すみません、遅くなって」
「あはぁ、そんなに待ってないよ。ボクも掃除当番だったし」
「そうでしたか」
「なんか楽しそうだったねぇ」
「えっ、聞こえてました?」
「内容まではわかんないけど、盛り上がってるなぁって。莎楼がクラスメートの輪に入れてるみたいで、安心したよぉ」
「めっちゃ保護者目線ですね」
「ボクが1年生の時、センパイたちとばっかり遊んでたからさ。卒業した後が大変だったんだよぉ」
「それで心配してくれてるんですね」
「うん。でも、大丈夫そうだね」
先輩が居なくても大丈夫。なんて、胸を張って言える日が来るかはわからない。
学校生活はまだしも、まさか卒業したらもう会えないって意味じゃないよね。本当は進路が決まってて、遠くに行くことが決まってるって意味じゃないよね。
「大丈夫じゃないよ」
「え?」
「先輩が居なきゃ、やだよ」
「ひゅっ、あっ、いやっ、あれだよ? ボクが卒業した後の学校生活がって意味で、いなくなったりしないよ?」
「ずっと一緒に居てね……?」
「どっ、どうしたの莎楼。なんか不安になることでもあったの?」
「ううん、何も無いよ。無いけど、これからも」
不安にならないように、一緒に居てね。
そんな言葉、死んでも言えない。
「……これからも、一緒に居てください」
「もちろんだよぉ」
優しく微笑んだ先輩が、私の手を握ろうと手を伸ばした。
左々木さんの忠告が頭を過ぎったけど、ここでこの手を振り払えるわけがない。それこそ、そんなこと死んでもやらない。
握り返したその手は、少しだけ冷たかった。
「そういえば先輩。食べ歩きマップのインタビューを見たんですけど」
「そういえば、そんなインタビューを受けたような……?」
「あれっ、まさかのうろ覚えですか」
「本が完成したら送りますね、って言われたような気がするなぁ」
「じゃあ、明日にでも届くかもしれませんね。ほら、これが食べ歩きマップだよ」
折角繋いだ手を離して、鞄から食べ歩きマップを取り出す。誰から貰ったかは、伏せておこう。
黙々とページを捲る先輩の横顔を、静かに見つめる。本に落とした視線が、こちらに戻ってくるタイミングを待つ。
「ねぇ莎楼。明日と明後日はさ、食べ歩きデートしない?」
「先輩が言わなかったら、私が同じことを言うつもりでした」
「やったぁ。どこに行くか悩むねぇ」
「明日まで時間はありますし、存分に悩んでください」
「うん。希望はある?」
「今のところ、特には。お任せしますよ」
「はぁい。じゃあ、明日をお楽しみにねぇ」
先輩からマップを受け取り、鞄にしまって手を繋ぎ直す。やっぱり少し冷たい。それだけ、秋が深まってきたということだろうか。
たまに吹く風が、落ち葉や枯れ葉を撫でる音がする。流石に冬の気配はまだ感じられないけど、すぐにでも寒い日が来そうな予感がする。
「先輩」
「んぅ?」
「……やっぱりなんでもない」
「あはぁ。そっか」
言いたいこと、話したいことがいっぱいあるのに、上手く言語化できなかった。
明日になったら言えるかな。
次回、食べ歩きデート!




