102日目:先生、進路相談です。
先輩の三者面談は無事に終わるのか。
一般的な三者面談のハードルの高さは知らないし、私にとっては大したことではないけど、先輩にとってはビッグイベントに違いない。
「先輩、大丈夫かな……」
先輩の担任の小童谷先生がどんな先生なのかは知らないけど、先輩の母親がどんな人なのかは知っている。建設的な話し合いができていれば良いけれど。
「茶戸。珍しいな、まだ帰ってなかったのか」
「糧近先生。えっと、先輩を待っていまして」
放課後の16時過ぎに、玄関前のベンチに1人で座っていたら目立つに決まっていた。教室か図書室に居れば良かった。
「先輩? あぁ、今日は吹空枝の進路相談の日だったな」
誰を待っているのかを把握されて、少しだけ身構えてしまった。
何も後ろめたいこともないし、悪いこともしていないし、部活に入っていない生徒が放課後に校内に残っていてはいけない、なんて校則も無い。にも関わらず、だ。
「えっと、先生も先輩のことをご存知なんですね」
「三年生のトップだからな。いや、そうじゃなくても全校生徒くらい把握してるよ」
「先生ってそういうものですか」
意外ですね、という言葉を飲み込む。いくら先生が普段はやる気が無さそうに見えるとはいえ、仮にも担任を任される人なんだから。
「休みの日とかに街で声をかけられて、そいつの名前も出てこないようなら教師失格だろ」
「……おぉ、おお〜」
「どうした茶戸、初めて俺のことを尊敬したか」
「正直に言うと、そうですね」
「正直すぎるだろ」
そう言って、先生は笑った。怒られるかと思ったけど、先生の地雷はそこでは無かったらしい。尊敬されていない自覚があるのかも。
一瞬、職員室に向けて歩く素振りを見せたけど、言い忘れていたことがあるかのように立ち止まった。この前のテスト返却の時といい、どうも最近は先生と言葉を交わすことが増えた。
「茶戸、先輩も大事だが自分の進路も決めておけよ? 全てを決める必要は無いが、選択肢は多い方が良い」
「選択肢は絞った方が良いのでは?」
「じゃんけんでグーしか出せない奴と三種類とも出せる奴、どっちの方が強い? グーしか出せないってわかってる奴に、チョキを出す馬鹿になるなよ」
「は、はい」
じゃ、と手を挙げて、糧近先生は振り返らずに廊下の奥へと消えていった。
なんとなく、女子生徒に人気な理由がわかった気がする。やる気が無いと思っていたけど、そんなことも無かったのかな。
他人のやる気についてとやかく言えるほど、私自身も何かに熱心ということもないし。先輩に対する気持ちくらいだろうか、冷めることが無いのは。
―――――――――――――――――――――
「わたしは進学を希望することにしたよ」
「おっ、決まったのか」
「具体的にどこ、とは決まってないんですけどねぇ」
ママが来て一安心している小童谷先生と、ボクって言わないように気をつけつつ、ママが変なことを言わないか不安で仕方がないボクと、教室に入ってからずっと無言のママ。
これでちゃんと三者面談になってるのかなぁ、と疑問には思うけど、早く終わらせて莎楼と一緒に帰りたい気持ちの方が強い。
無言のママに、先生は一応コミュニケーションを試みる。
「華咲音さんの成績なら何処でも狙えますし、推薦も視野に入れられるかと」
「……そう。なら、何処でも好きなところを目指せば良い」
せめて先生には敬語をつかってほしい。
ボクが敬語をつかうのが苦手なのが、遺伝だと思いたくない。
「先生。あの……えっと、一応の候補は考えてて」
「言ってみて?」
緊張するなぁ。深呼吸をしてから、考えてきた進路を発表する。用意してきた言葉を、心の中で何度も繰り返した予行練習の通りに言うだけ。だから、そんなに震えなくてもいいんだよ。
「……保育士さんを、目指したいなって」
「保育士? 夢があるのは良いことだけど、少し意外」
「今までしてきた勉強が活かせるとは思えないし、向いてるとも思ってないんだけど。でも……その、初めてやってみたい職業が見つかったの」
「へぇ。保育士ね」
「ママ……?」
「やっぱり、私とは違うね。良いんじゃない」
まさかママの口から、肯定を意味する言葉が出るとは夢にも思っていなかった。聞き間違いじゃないかな。
「それじゃ、私は保育関係の資料とか取り寄せておくから。華咲音さんも、いつでも相談してくれていいからね」
「ありがとうございまぁす」
「じゃあ、私は帰るから」
「うん。来てくれてありがとう」
「……玄関で待ってる茶戸さんにも、よろしく言っておいて」
「え」
そう言い残して、ママは椅子から立ち上がって一足先に教室を出ていった。足音が遠ざかっていくのを確認してから、先生と一緒に大きく息を吐く。
「無事に終わって良かったよ」
「そうだねぇ。小童谷先生もお疲れ様ぁ」
「お疲れ様。それじゃあ、もう帰っていいよ」
「はぁい。さよならぁ」
「はい。さようなら」
先生に軽く会釈をして、教室を出る。廊下は夕陽ではなく、蛍光灯に照らされている。結構遅くなっちゃったな、莎楼に早く会いたいな。
「……ママは、どうして莎楼の名前を知ってたんだろう」
前に泊まりに来た時に少し会話したって言ってたけど、その時に名前をきいたのかな。ママが訊ねるのも、莎楼が自分から名乗るのもあまり想像できないけど。
なんて考えながら、玄関に向かう。
ママは裏の玄関から帰るだろうし、莎楼とエンカウントする心配はない。けど、急ごう。廊下を走っちゃダメなんて、放課後に言うような人はいないよね。
―――――――――――――――――――――
すっかり校内も薄暗くなり始めた。部活はまだ終わらないだろうけど、帰宅部の自分にとっては珍しい時間帯だ。
そんな静かな放課後に、聞き覚えのある足音が響く。どんどんと大きくなるそれは、私が待ち焦がれていたマーチに違いなかった。
「莎楼ー!」
「お疲れ様です、先輩」
「お待たせぇ。遅くなってごめんねぇ」
「いえ、大丈夫ですよ」
息を切らして、肩で呼吸をする先輩。廊下を走って怒られないか心配だけど、こんな時間に注意をするような人も居ないか。
「はぁ……」
「本当にお疲れ様です。大丈夫だった?」
「うん。意外とスムーズというか、反対とかもされずに話が終わったよぉ」
「進路、決まったんですか」
「ゴールは決まってないけど、ルートは決まった……みたいな感じかなぁ」
「なるほど。因みに、内容は訊いてもいい感じですか?」
「ナイショ。まだ教えなーい」
「はぁ可愛い」
ちゃんと決まるまで教えないということなんだろうけど、それにしたって言い方が何それもう可愛いが過ぎる。
進路が決まったら付き合えるハズだし、まだ決まっていないのは仕方ない。慌てない、焦らない。
「かわいい?」
「あ、すみません。本音が漏れちゃいました」
「あはぁ。そんなこと言って……あ、そういえばさ」
「は、はい?」
話が急に切り替えられた。いや、あんまり掘り下げられても困るから良いんだけども。
「ママが、茶戸さんによろしくって言ってたよ」
「な、何故……?」
「そんなのボクがききたいよぉ。あの時に名乗ったの?」
「そう、ですね。好きな人の親にエンカウントした時はまず名乗れって、学校で習ったじゃないですか」
「習ってないよ?」
しかし、私に興味も関心も全く無さそうだったけど、どうしてよろしくなんて言伝を残したんだろう。
苗字の漢字を訊かれたのも、今思えば違和感がある。まるで『茶戸』に対して、なんらかの思い入れがあるかのような。
「さて。こんなところで話すのもなんですし、帰りましょう」
「うん。……あのさ、明日は休みだから」
「お泊まり、します?」
私もお泊まりしたかったし。仲直り記念というか、気持ちを確認し合ってからのお泊まりは初めてだし。
……そうなると、付き合ってはいないけど実質両想いの状態でお泊まりなんてして良いのかな。え、大丈夫なのかな。
「しっ、してもいいのぉ?」
「して、も良い……んですかね?」
「莎楼が言ったんだよ!?」
「だってほら、えっと……いや。良いんですよ、お泊まりしましょうよ」
「じゃあ明日、莎楼の家に行ってもいい?」
「お待ちしております」
今日は先輩も疲れているだろうし、仕切り直すのは賛成。
先輩は優しいから、部屋を片付ける猶予をくれたのかもしれないし。もしくは、心の準備をする猶予かも。
靴を履いて、先輩と手を繋いで学校を後にする。
自分の進路も考えておかないといけないのに、やっぱり今の私には、先輩との将来しか考えられない。
次回、お互いの気持ちがわかった状態でお泊まり。大丈夫なのか!?




