101日目:ログインボーナスの再確認
「クグルちゃん、話聞いてるー?」
「え、ごめんなさい。全然聞いてませんでした」
放課後までワープできると思っていたけど、そうはいかなかった。
修学旅行の反省や、レポートのようなものを書く授業で足止めを食らってしまった。
「もー。班長がしっかりしないと困るよ。私たちがしっかりしてないんだから」
「いや、ウチらも駄目な奴らみたいに言わないでよ」
「そうだよ、ココだけだよちゃんとしてないの」
「え、それは私に失礼じゃないかなー」
行った場所で得た学びとか、何を食べたとか、感想だとか反省だとかを書かないといけないなんて面倒だ。
先生も言ってたじゃないか、修学旅行は修学である前に旅行だって。
「……おまじない、効果ありませんでしたって書いとけば良いですかね」
「茶戸さん、面白いこと言うね」
「私が修学旅行中に書いた下書きがあるからさー、これ写してレポートにしちゃおうよ」
「え、ココはそんなことやってたの!?」
「うん。はい、セイナとシオリで書いといてー。ハカリちゃんは予定通りに行動したかどうか、書いといて」
「うん」
置物と化した班長の私に代わって、ココさんが的確な指示を出して進めてくれた。そういえば部屋で何か書いていたけど、まさかレポートの下書きをしていたとは。
「……クグルちゃん、何かあったの?」
「え、あー……。先輩と、ちょっと」
小声で質問をされて、帰りのバスの中で、ココさんには先輩に会う話をしたのを思い出した。
察しが良くて未来さえ見通せるココさんには、もう全てを知られてしまっただろうか。
「バッドエンドは認めないって……いや、絶対にハッピーエンドになる物語だったのに……?」
「台本の無い物語は、案外思った通りにはならないみたいですよ」
「……完全に終わっちゃったの?」
「放課後、話すことになっています」
「は、早く読みたいなー……」
「本音が漏れちゃってますよ」
まだ物語が完結していないことへの喜びと、早く続きが読みたいワクワク感を抑えきれていない。普通だったらシンプルに嫌な気分になるだろうけど、ココさんなら不思議と平気。
「……あと、心配してくれてありがとうございます。それにレポートの下書きまで」
「全然気にしないでー。レポートは私が楽したかっただけだし」
確かに、その仕上げを五十右さんと左々木さんに任せているのだから、それが本心なのだろう。
「……未来が見えるココさんにも、意外なことってあるんですね。あんなに慌てるなんて」
「読者の皆さんも慌てたと思うよー?」
「いや、ココさん以外に読者とか居ないので」
先輩もよくそういうメタっぽい発言をするけど、ココさんにとってこの世界は舞台なので当然か。
まるでシェイクスピアだ。誰も彼もが役者なのだろう。
「書けたよ、ココ。あと、本当におまじないの効果は期待できないって書いとく?」
「えっと」
「それを判断するのは、まだ早いかなー」
「そうだよね。昨日の今日だし、ウチとセイナもやったけどまだ効果はわからないし」
チラ、と左々木さんに見られた。五十右さんと左々木さんは付き合っていないとは言っていたけど、だとしたらあのキスはなんだったんだろう。
まぁ、私も付き合っていないのにキスをしていたし、その後に告白したら断れた身だけど。
「取り敢えず、これで課題は終わりだねー。はい、放課後にワープ!」
「気が早いよ、昼休みもまだなんだから」
―――――――――――――――――――――
放課後。「掃除は任せて!」とココさんに見送られ、走って第二理科準備室へ向かう。
途中で他の生徒や先生に見つかるリスクなんて、考える余裕が無かった。放課後に誰も向かうハズがない理科室の方向に、息を切らして向かう。
幸い誰にも見られることなく、第二理科準備室に到着した。
ドアの前で深呼吸をして、ゆっくり引き戸を引く。
「あ……。莎楼、来てくれたんだ……!」
ドアを閉めて、先輩の方に歩を進める。
この心臓の高鳴りは、走ってきたことだけが起因ではない。じっとりと手に汗をかく。体が嘘みたいに小刻みに震える。
「……先輩。話ってなんですか」
「あ、あのね……」
私の目を真っ直ぐに見つめながら、先輩は言葉を選んでいる。何を言われても、今日は逃げない。
「ボク、莎楼のことが大好きなの!」
「は、はい……?」
「関係性にこだわらないなんて嘘で、付き合いたいし結婚したいし、あんなこともこんなこともしたいんだよ!」
ものすごい熱量で、全く予想もしていなかった言葉が紡がれていく。知っていると言えば知っている事実で、何度も言ってくれたことではある。
「で、でも。付き合えないって言ったじゃないですか。私が遅かったから……」
「違うの。あのね、進路もまだ決まってないのに、どんどん成長している君と……今は付き合えないって思ってね?」
「そういう意味だったんですね」
手遅れだった、というのは私の勘違いだったんだ。付き合えない、と言われただけで走って逃げてしまった自分が恥ずかしい。
「言葉選びが下手くそでごめんね……?」
「いえ、すぐに逃げた私が悪いので……」
「いや! 結婚したいとか言ってたのに、断るようなボクが悪いから!」
「いやいや、呼び止める先輩を無視して走り去った私が悪いです!」
「わ、悪くないよぉ!」
「……ふふっ。お互い様ってことにしましょうか」
「あはぁ。そうだね」
また一緒に笑えるなんて、夢みたいだ。
誤解も解けたし、これで元通りかな。……いや、元に戻るだけじゃ満足できない。今の私は欲深い。
「じゃあ、いつになったら付き合えるの?」
「え。えっとぉ……ボクが卒業する頃には進路も決まってるだろうし、それでどうかな?」
「炎上しますよ、そんな先の遠いゲーム」
そう言って私は、先輩と唇を重ねた。
「んっ……!?」
「ぷはっ。それじゃあ、今度は私が待つ番ですね」
変わっている途中だった私のことを、先輩はずっと待っていてくれた。だから今度は私が、変わろうとしている先輩を待とう。
泣きそうになるのを我慢して、先輩のことを抱きしめる。このぬくもりも、匂いも、もう手放したくない。
「ありがとぉ、莎楼」
「礼を言うのはこっちの方だよ、華咲音先輩」
こんな私のことを、ずっと待っていてくれたことへの感謝。
もう終わってしまったと思っていた物語が、まだ続くことへの感謝。
「それもお互い様にしよっかぁ」
「そうですね」
「また、ログインボーナスをくれる……?」
「えー、どうしようかな。付き合ってくれるまで、キスはお預けにしようかな」
「えっ、ふぇ!?」
「冗談ですよ。それだと、私が耐えられないから」
また先輩が不足する日々に戻るなんて、とてもじゃないけれど辛すぎる。想像するだけで泣きそう。
一緒に第二理科準備室を出ようとしたところで、先輩が足を引きずっていることに気がついた。
「先輩、怪我してるんですか?」
「しっ、てないよ?」
「なんでそんなに動揺してるんですか?」
「べっつにぃ? ほら、気にしないで。行こ行こ」
「わっ、そんな慌てなくても」
第二理科準備室を出て、先輩が施錠をする。
よく見ると、手の平に絆創膏を貼っている。転んで手をついたのかな。……もしかして。
「先輩」
「なぁに?」
「もしかして、私のことを追いかけて怪我しました……?」
「そっんなことないよぉ? あっでも決して追いかけていないというわけではなくてぇ、走って追いかけたんだけど」
「その時に転んでしまった、と。大丈夫なんですか……?」
「大丈夫だよぉ。だからそんな、申し訳なさそうな顔しないでぇ……?」
あの神社の階段で転んだのだとしたら、最悪の場合は死んでいたかもしれない。追いかけてくれていた事実も相まって、本当に泣きそう。
「ご、ごめんなさい……」
我慢できなかった。いつになく仕事をしない涙腺。
「わっ、泣かないでぇ!? 本当に大丈夫だから、ね?」
「でも、もし大怪我したりとか……下まで落ちてたら、死んでいたかもしれませんし……ぐすっ」
「軽傷で済んだから平気だってぇ。ほら、人生にifはないんだから」
いつもは良い意味で使わないその言葉に、こんなにも救われることになるとは思わなかった。
すっかり静寂に包まれている廊下を、玄関に向けて歩く。
部活動の声と、ブラスバンドの音が遠くから聞こえる。窓から射す鈍い斜陽に、思わず目を細める。
隣にある、確かな幸せと手を繋ぎながら。
戻ってきた日常に、思わず笑みが溢れる。本当に上手に笑えるようになったと思う。
「今日ってバイトでしたっけ」
「本当はそうだけど、休むって連絡しておいたよ。莎楼は?」
「私もそうです。ココさんが掃除もバイトも代わってくれました」
玄関に到着して、一度手を離して別れる。
靴を履いてすぐに合流して、学校を出る。グラウンドの方からは野球部の声が聞こえる。
「それじゃあ、このままどっかに行こうよ」
「随分と曖昧ですね。まぁ、華咲音先輩と一緒なら何処でも良いけど」
「ボクも、莎楼と一緒ならどこへでも行けるよ」
眩しい笑顔と、平穏をもたらしてくれる落ち着く声色。握られた手から伝わってくる想い。
結果的に私たちの関係は変わらなかったけれど、前には進めたと思う。
上手く笑えるようになったのも、踏み込めるようになったのも全て成長と言うのなら、本当に私は変わることができた。
でも、先輩だって変わっている。
付き合えるようになるその日まで、またログインボーナスを積み重ねていこう。




