表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/237

10月8日火曜日18:13:ログアウト

「莎楼! ま、まって!」


 走り去る莎楼の背中に向けて叫んでも、こちらを振り返ることはなかった。


 慌てて走って追いかける。苔のむす階段を、徒競走みたいな速さで駆けていく莎楼。


 危ないよ、って叫ぼうとした瞬間。自分の右足が苔を踏み、体が一瞬だけ無重力になった。


「いっ!」


 背中から思い切り倒れ込む。咄嗟に出した両手は、一応クッションとしての役割を果たしてくれた。


 もし正面に倒れていたら、この途方もない長さの階段の下まで転げ落ちていたと思う。でも、そんなことはどうでもいい。


 階段の真ん中に付いている金属製の手すりを掴んで、立ち上がる。


「は、早く追いかけないと……」


 右足が痛い。背中もおしりも、両手も肘も痛い。


 でも、それよりも心が痛い。

 早くしないと、全部が終わってしまう。動け、走れ。早く。速く。


「はやく……うごいてよ……!」


 よくて捻挫、悪くて骨折。右の足首に、そんな激痛が走る。階段の下を見てみたけど、莎楼の姿はもう見えなかった。


「莎楼……」


 何度も間違えては思い知り、反省してはまた同じことを繰り返す。


 莎楼からの告白。


 ずっと待っていた言葉だったのに、自分のことを先に考えてしまって、最初に言うべき返事を誤った。

 これで何度目だろう、本当に嫌になる。もっと自分のことが嫌いになる。


 莎楼はボクの言葉を、手遅れだったと認識していた。違うのに。ずっと待ってるって言ったのは、ボクの方なのに。


「変われなかったのは、ボクの方なのに……」


 手すりに体重を預けて、軽く右足を浮かせながら階段を下りる。


 一番下に着いた頃には、莎楼が走り去ってから10分は過ぎていた。どう帰ったかはわからないけど、もう追いつくのは不可能だ。


「ただでさえ手遅れなのに……早く、ちゃんと話さないと」


 さようなら、と言った莎楼の顔がずっと目の前にある。泣きたいし消えてしまいたい。


 けど、涙を浮かべて後悔を繰り返しても、時計は左向きには回らない。


 足を引きずって、ほとんど夜と相違なくなった歩道を歩く。ヘンゼルとグレーテルとは違って、莎楼の痕跡は落ちていなかった。


「ん……?」


 ヘッドライトを点け始めた車が行き交う中、見覚えのある一台が歩道に寄せて停まった。


「カサ。足を引きずってるみたいだケド、怪我してるの」

「センパイ……」

「取り敢えず、乗りなよ」

「血っ、シートに血がついちゃうかも……」

「いいよ別に。病院行った方がいいよね」

「ううん……大丈夫。だっ、大丈夫だから」


 どうしよう、泣きそう。泣いていいのはボクじゃないのに。

 押し殺していた感情が、助手席に座ってセンパイの顔を見た瞬間に、堰を切ったように溢れ出す。


「うぅ……ひっ、ひぐぅ……!」

「……病院に行かないなら、私の家に来てもらうケド」

「うっ、うん……。あっ、あのね」

「話は後でゆっくり聞く。ティッシュはダッシュボードの中に入ってるからね」

「ありっ、ありがとぉ……」


 目をこすりながら、動き出した車の中から外を見る。もしかしたら、まだ莎楼がいるかもしれない。そんな淡い期待を胸に探してみたけど、やっぱりいない。


 もう、キスできないのかな。

 優しく抱きしめてもらえないのかな。

 面白い話も、他愛ない会話もできないのかな。


 あの素敵な笑顔も、もう見れないのかな。


「着いたよ」


 シートベルトを外して、車から降りる。

 鍵をかけたセンパイが、ゆっくり歩こうとするボクのことをお姫様抱っこした。……え?


「えっ、センパイ?」

「足、痛いでしょ」

「い、痛いけど……」

「階段上るだけだし、我慢して」


 別にイヤなわけじゃないんだけど。

 というか、センパイの細い体のどこにこんな力があるんだろう。背負われるくらいならまだわかるけど。


 階段を上り終え、ドアの前で静かに下ろしてもらった。

 解錠したセンパイの後に続く。ドアの音を聞きつけたタイラちゃんが、ぺたぺたと歩いてやってきた。


「おかえり、ヒアちゃん。……と、カサちゃん?」

「ただいま」

「おじゃまします……」

「きーちゃん、薬箱持ってきて」

「うん。わかったよ」


 リビングに向かうタイラちゃんに着いていく形で、部屋の中に入る。


「ソファに座って足見せて。……うん、折れてはいないね」

「わかるの?」

「元陸上部だし。何度も見てきたよ」


 そういえばそうだった。当時は今のニケよりもすごかったらしいし、ボクのことをお姫様抱っこできるのも頷ける。


「ヒアちゃん、薬箱と氷水を入れた袋を持ってきたよ」

「ありがとう。捻挫した直後は冷やす、というわけで氷水をしばらく当てといて」

「うん」

「手の平と、後は何処が痛いの」

「肘とおしり……かな」

「頭を庇って、後ろ向きに倒れたってことか。本当に転んだだけなの」


 喧嘩やトラブルに巻き込まれたんじゃないか、と心配するセンパイ。

 漫画とかでも転んだだけって言う言葉は疑われるんだけど、今回は本当にただ足を滑らせただけ。


「うん。……あのね、莎楼のことを悲しませちゃったの」

「サドちゃんを追いかけて転んだってことか」


 センパイは話を聞きながら、手馴れた様子で消毒を済ませて、絆創膏と包帯でボクの手を治療している。


 本題に入ろうとしたところで、タイラちゃんが空気を察したのか寝室に入っていった。別に聞いてもいいのに。


「莎楼がね、告白してくれたの。でも、今のボクじゃ付き合えないと思って……」

「あんなに待ってたのに、断ったんだね」

「し、進路もまだ決まってないし。莎楼はどんどん成長してるのに、ボクは全然変わってなくて」

「変わってると思うケド」

「……え?」

「私が高校に通っていた頃に比べたら、カサは変わったよ」

「たとえば……?」

「よく笑うようになった。一人で抱えないで、相談してくれるようになった。友だちも作れるようになったし、成長してると思うよ」


 とても優しい声色。柔和な表情。そしてきっと本心で言ってくれている言葉。


「……センパイも変わったね」

「褒めてるの、それ」

「うん。すごくいいと思う」

「そう。はい、終わったよ」

「ありがとぉ」


 手を握って開いてを繰り返してみる。大丈夫、ちゃんと動かせる。


「で、どうするの。サドちゃんの家まで送ろうか」

「……いや。多分出てきてくれないと思う」

「電話……は出るわけないか」

「うん。どうしようかなぁ」


 明日は、2年生は修学旅行の振替で休みだから学校では会えない。直接家に行ったとしても、きっと出てきてくれないだろう。


 肝心な時に役に立たないスマホに、八つ当たりの一つでもしたくなる。


 家に行くでもなく、電話でもメッセージでもなく、莎楼と話す方法。何かないか、記憶(ふくせん)を必死に辿る。


 悲しみで麻痺した記憶の中から、たった一つだけ、決して冴えているとは言えない方法を見つけた。


「……センパイ、肆野(よんの)に連れて行って」

「良いケド。サドちゃんの家には行かないんでしょ」

「うん。あ、その前にボクの家に寄ってもらってもいい?」

「ん。きーちゃん。ちょっと出てくるから、夕飯を3()()()よろしく」

「はーい」

「行くよ、カサ」

「うん!」


 役に立たないプライドを、捨てる時が来た。


 想いは言葉にしないと伝わらない。何度も思い知ったことだけど、何度も間違えてしまうけれど。


 こんなに心が痛いままじゃ終われない。

 ずっと一緒に居たい、そんな簡単な言葉も言えないままで終わっていいわけがない。


 この恋を、こんな形で終わらせるわけにはいかない。


「……まっててね、莎楼」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング→参加しています。気が向いたらポチッとお願いします。 喫と煙はあたたかいところが好き→スピンオフのようなものです。良かったら一緒に応援お願いします。
― 新着の感想 ―
[気になる点] ちょっと急ぎすぎな気がしないでもない [一言] ついにまちわびたこの場面!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ