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96日目:娘の心、親知らず

先輩目線でお送りします。

吹空枝(ふくうえ)、三者面談の件なんだけど」

「えっ……とぉ」


 珍しく一時間目が自習になったと思ったら、生徒を一人ずつ呼んで個別に話したいことがあったみたい。


 成績こそ問題はないけど、部活も委員会も参加せず、進路も未定で両親の影も見えないことをかなり心配されている。


「春の三者面談は不参加でも許したが、夏休み明けの今回は進路のことも話したいし、絶対に来てもらうぞ」

「絶対に……?」

「絶対に。お前の家庭の事情はある程度は知っているが、私の方で誤魔化すのにも限界がある。あまりにも酷いようなら、児相に連絡しないといけなくなるぞ」

「それは! ……困るから、なんとかします」


 普通に考えて、高校生が実質一人暮らしをしている状況は健全とは言えない。育児放棄(ネグレクト)と言われたら否定するのは難しいし、施設に身柄を引き取られる可能性もある。


 最悪の場合はおばあちゃんを頼ることもできるけど、どっちにしろ不行には居られなくなる。それはつまり、莎楼と離れ離れになることを意味している。


 でも、ママと連絡を取る手段がないのも事実。いや、本当に知らないんだよ。電話番号も、普段はどこにいるのかも、仕事の内容とかも。そもそも働いているかどうかさえわからない。


「前にも言ったがお前は成績も良いし、生活態度も悪くない。きちんと話し合うことも大事だぞ」

「はぁい」


 話し合うも何も、最後に会話をしたのがいつかも思い出せないレベルだから困る。


 昼休みになったら、莎楼に話してみようかな。

 先輩としては情けない限りだけど、弱いところを見せられるのは莎楼くらいしかいないから。


―――――――――――――――――――――


「知ってますよ、連絡先」

「えっ!?」


 昼休み。

 二年生と三年生が共同で使う空き教室で、莎楼と一緒にご飯を食べていると、意外なことを言われた。


「この前、先輩の家に泊まったじゃないですか。その時に名刺を貰いまして」

「へぇ……」

「良かったらどうぞ。……しかし、まさか連絡先まで知らないとは思いませんでしたよ」

「本当だよねぇ、もし何かあったらどうするつもりなんだろうね」


 どうするつもりもないんだろうけど。

 でも、ボクに死なれると困るはず。悲しんだりはしないのはわかってるけど。


 莎楼から名刺を受け取って、どこに勤めているのか確認する。どうやら無職ではないらしい。


澄手川(すみてがわ)法律事務所……?」

「私も、ただ渡されただけなのでわからないんですけど。裏面に、ボールペンで電話番号が書かれてるよ」


 名刺には法律事務所の電話番号が書かれているけど、裏に手書きされているのはケータイの番号らしかった。


 直接、澄手川法律事務所とやらに行くのはさすがに緊張するし、帰ったらかけてみようかな。


「ありがとぉ。これ、借りてもいい?」

「どうぞ。……電話する時は、私も隣に居よっか?」

「優しいぃ……好き……。でも、電話くらいならできるよ。ありがと」

「そうですか。何かあったら、いつでも頼ってくださいね」

「うんっ。本当にありがとぉ」


 本当は莎楼にも着いてきてもらいたかったけれど、莎楼は助手でも秘書でもない。

 これは、ボクが一人で戦うべきイベントだ。


 今日はバイトも休みだし、イヤなことは早めに済ませてしまおう。


―――――――――――――――――――――


 せっかくだから莎楼と放課後デートをしたかったけど、三者面談のことを考えながら遊ぶのは失礼な気がしたから、真っ直ぐ帰宅した。


 制服を着たまま、ベッドに座ってスマホと名刺を取り出す。


「すー、はー」


 深呼吸をして、間違わないようにゆっくりと番号を入力する。もし違う人が出たらどうしよう、という不安もある。


『……もしもし』


 三回目のコール音の後に、久しく聞いていなかった、けど確かに聞き覚えのある声が電話に出た。


「もしもし。華咲音だけど」

『電話をかけてくるなんて、よっぽどの用件?』

「あの、来週から三者面談が始まるんだけど……その、来てもらえないかな」

『具体的にいつ』

「来週の水曜日から金曜日まで、時間は16時から。それが無理なら別日にもできるけど」

『参加する前提で話してない?』

「こ、今回は絶対に来てもらわないと困るの。児相に連絡されるかもしれないんだよ」


 法律事務所で働いているママに、こんな脅しが通用するかどうかはわからない。


 けど、かつて世間体を気にしていたママにとって、これは効果抜群に違いない。


『……なるほど。それは困る』

「でしょ。だから来てね」

『じゃあ、来週の金曜日で』

「あ、待って!」


 通話を終わらせようとした気配を察知して、会話を続けるべく制止する。


『何。まだ何かあるの』

()()()、進学したいの」

『すれば?』

「す、すればって……お金とかないし、それに」

『いくらでもあるでしょ。毎月置いてるし』

「あれには手をつけてない。つける気もない」

『へぇ。そのプライドって、何か役に立つの?』


 相変わらず、言葉選びが妙に引っかかる。

 人の心がわかっていないというか、わざと怒らせようとしているんじゃないかって疑いたくなる。


「ママにも父親(あの人)にも頼らない。わたしは、自分の力で……」

『未成年で、嫌な癖にその家から出ることもできない。頼らないと言いつつ、三者面談には来いと言う。あなたは矛盾を自己解決できない無力な子どもなの、自覚して?』


 わかってる。そんなこと、イヤミっぽく言われるまでもなく自覚している。


 毎月置いていくお金を全額突き返したところで、特に何も反応しないであろうこともわかってる。


 冷蔵庫の中の食材も結局は使ってるし、それこそ、この家から出ることもできない。


 電話越しとはいえ、本当はこんなに長く会話なんてしたくない。でも、それでも。


「そんなことはわかってるよ! でも……ママには()()の気持ちなんてわからないでしょ」

『うん。憎んでいることはわかるけど』

「……別に、恨んでも憎んでもいないよ」

『……? じゃあ、本当に全くわからない』

「きっと、ママには永遠にわからないと思うよ」

『そう。まぁ、きっとそうだね』


 特に声色を変えるでもなく、声量が上がるわけでもなく、怒るでも悲しむでもなく、ただ淡々とそう言い残して通話は終了した。


「……はぁ、疲れた」


 三者面談より、二者面談(親と会話)の方が疲れる。


 あのお金に手をつけるつもりはなかったけど、あれを進学の費用に充てるのは当然の権利かもしれなかった。


「だってボクは、矛盾を解決できない子どもなんだから……」


 ママの台詞を復唱するという、本当に自分らしくないことをして軽く自己嫌悪に陥っていると、スマホが鳴り出した。


 画面に表示されている名前に安堵しつつ、応答する。なるべく明るい声を出すように意識して。


「どうしたの、莎楼」

『電話、終わりましたか』

「うん、ついさっき終わったよ」

『……大丈夫?』

「うん。三者面談に来てくれることになったし、特に問題はないよ」

『その声は、無理をしてる時の声だよね。……えっと、話したくないなら良いけど』


 ボクが声を作って、いや繕っていることなんてお見通しだった。普段の話し方もウソっぽいとか思われていたらどうしよう。


 というか、ボクのことを心配して電話をかけてくれたってことだけで泣きそう。でも、泣いたら変な心配をかけちゃうよね。


「いや、本当に……大変、うん。すごい疲れたけど……具体的に何を…………ひっ、ひぐぅ……」

『先輩』

「ちがっ、違うの。あのね、あの」


 泣かないようにしようとしたら、逆に泣いてしまった。余計な心配をかけたくないし、すぐに泣き止まないと。


 辛い思いをした後に莎楼が優しくしてくれたから、これは嬉し泣きに近い。


『先輩、外見て』

「外……?」


 ベッドに座ったまま、窓の方を振り返ると。


『来ちゃった』


 天使がいた。


「くっ……莎楼〜!!」

『わっ、電話越しにそんな大きい声を出さないでよ』

「ごめんごめん。今行くね」


 通話を終了して、スマホをベッドの上に軽く投げる。意思を持っていたら、ケータイは投げるものではないって怒られそう。


 階段を下りて、鍵を開けてドアを開く。


「ごめんね、勝手に来て」

「ううん、すっごく嬉しい……愛してる……」

「そんなに喜んでもらえるとは」

「なんか、君の顔を見たらまた泣きそうだよぉ」

「嬉し泣きなら良いですよ」

「あ、敬語!」

「えっ、いつも通りですけど」

「さっきまでつかってなかったもん!」


 ボクが意識して声色を変えるのとは違って、莎楼は敬語とタメ語を意識的に使い分けているわけじゃないのかな。


「そうでした?」

「そうだったぁ。とりあえず、ボクの部屋に行こ?」

「何してほしい?」


 とても柔和な表情で、一歩間違えたらボクが狂ってしまいそうな質問をしてきた。しかもタメ語。


 階段を上りながら、こんなにも優しい天使を失望させないように言葉を選ぶ。


「ちょっと愚痴を聞いてもらってもいい?」

「勿論」

「ぎゅってしながらでもいい?」

「良いよ」


 ボクの提案を快諾してくれた莎楼の手を握って、部屋に入ってそのままベッドに倒れ込む。


 莎楼に抱きしめられると、さっきまでの不満やどうしようもない憤りのようなものが雲散霧消していくのを感じる。


「……先輩?」

「なんか、どうでもよくなってきたなぁ」

「何がですか?」

「役に立たないプライドってやつを、捨てちゃおっかなって」

「よくわからないけど、先輩が幸せになれるなら良いんじゃないですか。どんな決断をしても、私は先輩のことが好きだから」

「…………ボクも好き」


 こんなに甘えちゃってもいいのかな。

 どんなボクでも、莎楼は肯定してくれるのかな。


 自分にとっては大事なこだわりなんて、他人からすればどうでもよかったりするもんね。


 もう少しだけ、このままでいよう。

 この優しさとぬくもりに、甘えていよう。


 悩みとか不安とかは、来週のボクに任せて。

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