94日目:デートとライブ(後編)
午後5時。ライブ開始30分前に、私たちは再びコンサートホールに訪れた。
ライブTシャツに着替えて、リストバンドを装着した私たちに隙は無い。
傍から見たら、まさか私がにわかですら無い、ファン未満の存在だとはわからないだろう。
多くの人で賑わう待機列の中で、無言のまま時が過ぎる。
自分たちの番が来て、チケットを確認したスタッフのお姉さんから、席の番号が書かれた紙を貰う。
先輩と連番なので、隣同士が確定した。これは最初からわかってはいたけど、やっぱり嬉しい。
「おぉ……っ!」
「先輩?」
「まっ、前から二番目の列だよ! 一階席の!」
「えっ、めっちゃ近いじゃないですか」
「うわっ、うわぁ……!」
喜びのあまり、声にならない声を発しながら小刻みに震える先輩。良かったね。
先輩はともかく、私なんかがそんな良い席に座るのはなんだか気が引ける。精一杯、楽しもう。
一階席に入って、手元の紙と並んでいる座席を交互に見つつ席を探す。前から二番目の列、と先輩が言っていたのですぐにわかった。
座ってわかったけど本当に随分と前の方で、真っ暗な舞台上で、機材の調整をしている人のシルエットがうっすらと見える。
「楽しみだなぁ」
「今更なんですけど、何か気にしておくべきルールってありますか」
「スマホの電源を切ってぇ、あと君には関係ないと思うけど一緒に歌ったりしない方がいいねぇ」
「へぇ、一緒に歌うのはポピュラーだと思ってました」
「本人が促した時とか、ロックな歌で周りの声が聴こえないとかなら平気だけど、バラード系で歌われると迷惑なんだよねぇ」
「勉強になります」
スマホを取り出して、電源を切る。鳴らない設定にするだけでも良いかもしれないけど、事故が怖いし。
続々と席が埋まり始め、私たちの正面の座席も埋まった。
背の高い人だったらどうしよう、と映画館と同じような心配をしていたけれど、杞憂に終わった。背丈も髪型も普通だし、長い帽子を被ったりもしていない。
「皆さん、ライブTを着てますね」
「去年のやつを着てる人もいるねぇ」
舞台上の人影が少なくなってきたタイミングで、巨大なモニターに『ショートショート』のミュージックビデオが映し出された。
「おっ、そろそろ始まるよ」
「そういう合図なんですね」
周囲のざわめきも小さくなってきた。
もう少しで始まるということが、空気からも伝わってくる。
ホールの照明が小さくなり、舞台上に無数のライトの光が降り注ぐ。
照らし出されたベース、ギター、ドラムが一斉に演奏を始め、マイクを持ったアンヒアの彼女が曲名を宣言もせず、すぐに歌い出した。
『見慣れた朝が欠伸で曇っていく』
一曲目は『ショートショート』か。知ってる歌で良かった。
アンヒアの楽曲の中では数少ない、ダークさが無い盛り上がる歌なので一曲目なのも納得。
ほとんど全員が右手を挙げて、曲に合わせて前後に振っている。勿論、先輩も。見様見真似で、私も手を振ってみる。これであってるのかな。
『甘ったれて征け! 人生は最高だ!』
あっという間に、と言うと語弊があるけれど、CDで聴くよりも一曲終わるのが早く感じる。
万雷を思わせる盛大な拍手に包まれながら、すぐに二曲目が始まった。
タイトルを毎回宣言してから歌うと思っていたんだけど、どうやらそれは私の偏見だったらしい。
『贈り先の無い花束に相応しいでしょう?』
「せ、先輩。この歌、なんでしたっけ」
「『アーティフィシャル』だよぉ」
「ありがとうございます」
大きな音の中、なんとか訊くことができた。あまり迷惑をかけるわけにはいかない。
『ぬくもりありもしない造花を
押し並べて花瓶に生ける』
確か、冷めつつある恋人との関係について歌った歌だ。春夏秋冬をイメージした四曲が収録されたミニアルバムの一曲目で、四曲目と繋がりがあることを匂わせているんだよね。
サビの部分が印象的で、そこは記憶している。
『聞き飽きた愛の言葉を集めて
自分を何に喩えよう』
『散りゆく相成らず花実 徒花
そんな無意味に生きるなら』
『私は芽吹かず花をつけずとも
枯れない綺麗な造花で』
歌詞カードが無くても、やっぱりこのサビだけは忘れない。凄く綺麗というか詩的というか。
にわか未満の私がうろ覚えの二番を歌い終えたところで、演奏が止みトークが始まった。
『ツアーCan'tReachイン加木! 私はトークがヘタクソだからぁ、どんどん歌うよ。今日はよろしく!』
会場の全員が一斉に沸き立ち、歓声や拍手が入り混じる。先輩も最高の笑顔で黄色い声援を送っている。推しを推してる先輩の姿、初めて見たかも。
『盛り上がったところ悪いけど、ちょっと盛り下げるね。生きているのは辛いけど別に死にたいわけではない』
アンヒアの代表的な病み曲だ。メンバーの妹さんをイメージして作詞したらしいけど、普通に心配になる内容になっている。
『生を受けたから生きている
吸った息を吐いている』
『燦々射すお日様がぼくに死ねと呟いた』
そういえば、この歌に登場する女の子の一人称は『ぼく』だけど、先輩もなんとなくそれを意識しながら聴いたりするのだろうか。
先輩がボクって言う理由も、いつかは訊いてみても良いのだろうか。未だに踏み込めていない。
気にならないと言えば嘘になるけど、別に知らないままでも良いと思っている自分も居る。
『生きるのは辛いけれど死ぬ理由は見つからない』
『嗚呼 屋根の下 言うなれば陸続きの 学ばぬ愛を乞うたりした』
何色にも点滅し、色を変えてはまた違う場所に降り注ぐ光の柱。小気味の良いリズムの繰り返し。視覚と聴覚に突き刺さる感覚が、ライブの良さを理解させてくれる。
気がつけば一時間が過ぎていたらしく、アンコールに突入していた。拍手が鳴り止まない。
知らない歌も何曲かあったし、歌詞がわからないことも多々あったけれど、なんとなくで楽しめた。後で先輩に訊こう。
『アンコールありがとう! まぁ、最近はアンコールって絶対にあるよね。不思議だよね』
『えっと。人生って、上手くいく日とそうじゃない日があると思うんだよね。で、まぁ生きてるだけで偉いんだけど、全部終わりにしちゃおっかなって日もあるじゃん』
『そんな時に、アンヒアの存在がさ……なんつーかおこがましいけどさ、皆の生きる理由にね。死ねない理由にね、なれたら嬉しいなって思って』
『それじゃ、最後は新曲で終わろうと思います。あのね、きっと万人受けはしないし、共感してもらえるとも思ってないんだけど』
『それでも、私がこれを歌うことに意味があると信じて。この中の、それともここには居ない人か、まだ見ぬ人かもわからないけど。誰かにこの歌が届けば良いと思ってます』
『えー、それでは聴きやがれ! 百万人に届かない歌!』
それは初めて聴く歌で、だから断片的にしかわからなくて。でも、今日聴いたどの歌よりも響いた。
激しくも無く、病んでいるわけでもなく、光の点滅も控えめ。
お客さん達も、静かにこの新曲を受け止めている。
きちんと理解できていないハズの私の目から、熱いものがこぼれ落ちた。
慌てて隣に目をやると、そこにもこの歌が届いているに違いない先輩の姿があった。あまり見るのも悪いから、慌ててアンヒアに視線を戻す。
『今日は本当にありがとう。また会おうね! バイバイ!』
舞台上のメンバー達が、舞台袖に消えていく。それを見届けるかのように、拍手が鳴り続ける。
会場が明るくなり、出口に向けて皆が動き出す。
その中で、先輩と私は椅子から立ち上がることもせずに留まっていた。
「……ちょっと待ってね」
「大丈夫ですよ。タオル、買って正解でしたね」
「あはぁ。役に立ったねぇ」
「私も、さっき有効活用しました」
「莎楼も泣いたの?」
「最後の歌で泣いちゃいました。半分も理解できていませんが」
「心に響いたってことだね」
「そうですね。きっと」
頭で理解しようとばかりしていたから、私は歌を理解できていなかったのかもしれない。
席を立って、大勢の人波の中をゆっくり進む。
思い思いの感想や、物販の残りを販売するスタッフさんの声が通路で木霊する。
「最後の歌さ、私はちょっとわかんなかった」
「ウチも」
ファンの人達でもわからないことがあるのか。百万人に届かないと題していただけはあるというか、アンヒアもそれを折り込み済みで歌ったんだろうな。
「明日は学校ですし、すぐ帰らなきゃですね」
「そうだねぇ。あれ、そういえば今週の土曜ってもしかして……」
「はい。修学旅行初日ですね」
「えっ、早くない? ちゃんと話し合いとかした?」
「正直まだ煮詰まってはいないんですけど、火の通りが甘くても修学旅行は来てしまうので」
「修学旅行は行くものだけどねぇ。そっか、じゃあ今週はいーっぱいキスしてね?」
「はい。お任せください」
コンサートホールを出ると、外はすっかり夜だった。
火照った体に当たる夜風が気持ち良い。
「先輩。帰ったら、アンヒアのCDを借りても良いですか」
「おっ、もしかしてハマったの?」
「はい。わからなかったことがね、ちょっとだけ理解できたよ」
「そっか。嬉しいなぁ」
本当に嬉しそうに笑う先輩と手を繋いで、駅へと向かう。
まだ、体に響いた音が消えてない。
耳に残る歌声は、まだ歌い続けているかのようで。
確かに私には届きましたよ、といつか言えたら良いな。
歌が沢山出てきましたが、これもいつか皆様に届けられたらなと思います。




