92日目の夜:予習復習
夜だけど、いつも通り後輩目線です。
(前回の後書きで先輩目線で〜と書いていましたが、予定が変更になりました)
「夜にやりたかったのはね、これ!」
夕飯もお風呂も歯磨きも終わり、いつでも寝れる準備が整った。
そんな中で、夜なのに珍しく元気いっぱいな先輩が、鞄の中から大量のCDを取り出した。
「わ、すごい量ですね。全部アンヒアのやつですか」
「うん。君の部屋にCDプレイヤーがあるのは知ってるから、持ってきたんだぁ」
「私のための予習会って感じですね」
「そんな感じぃ。あと、ボクもライブ前に聴きたかったし」
Un Dirty A Hearsay。通称『アンヒア』。
爆発的な大ヒットを記録したわけではないが、ジワジワと人気上昇中の三人組。
ボーカルが女性で、作詞と作曲を担当しているのが二人の男性。楽器の演奏はせず、全て打ち込みの楽曲となっている。
「でも、どうしてわざわざCDを?」
「前に君が、歌を聴くのが苦手って言ってたからさ。歌詞カードを見ながらだったら平気かなって」
「優しい……。というか、詳細を説明したことは無かったよね?」
「うん。でもなんとなくわかったよぉ」
そう、私は曲と歌を同時に追えない。だから、歌詞を見ながら聴けるのはかなりありがたい。
ネットで読むこともできるけど、アルバム単位ですぐに見れたりする点でも歌詞カードは優れていると思う。
「因みに、莎楼はセトリとか見るタイプ?」
「元々セトリがあるものを見ることが無いのでなんとも言えませんが、今回のライブのセトリは見てませんよ」
「そっか。ボクも見ないタイプでさぁ、何が来るのかわからないドキドキ感を味わいたいんだよ」
「なるほど。そういう楽しみ方もありますか」
先輩はファンだからほぼ全曲把握しているんだろうけど、そうじゃない私はセトリを見て勉強した方が良いのかもしれない。
でも、それで先輩がセトリを知ってしまうと意味が無い。テスト範囲がめちゃくちゃ広い勉強だと思おう。
「それじゃ、早速聴いてもいい?」
「はい。先輩のお好きに流してください」
「じゃあ、やっぱり最初はファーストアルバムかな!」
目を輝かせながら、プレイヤーにCDをセットして再生する。余談だけど、私自身は最後に起動したのがいつかわからないくらい普段は使っていない。
『見慣れた朝が欠伸で曇っていく
変わらない街があたしを攫っていく』
「あ、これ先輩が前にカラオケで歌ってましたよね」
「うん。『ショートショート』っていう歌だよ」
本家は初めて聴いた。
軽快だけどロック、みたいな感じだ。一人の少女が青春を歌っているみたい。
先輩も一緒に、体を少し揺らしながら聴いている。
『大胆不敵 大体無敵 夢見る少女とか飽き飽き
勇猛果敢 言うのは簡単』
歌詞カードを見ながら聴くことで、普段よりは内容が入ってくる。カラオケの時も歌詞が表示されるから割と理解できたりする。
『ワーワーキャーキャー言うな 今すぐ飛び込め!』
「あ、次がサビですね」
「ショートショート少女! 淡い接吻を!」
『ショートショートケーキみたいに甘く』
「ショートショートカット! 短髪を揺らして!」
『ショットショットショットガン ブッ放して』
サビのところで先輩は我慢ができなくなったらしく、一緒に歌い出した。可愛い。
先輩は謙遜のようなことを前に言っていたけど、やっぱり歌上手いと思う。声が私好みというのもあるかもしれない。
『取り返しのつかない そんな失敗なんか無いよ
酸いも甘いも合わせて飲んで
甘ったれて征け!』
「青春は最高だ!」
一番を歌い終え、右手を突き上げる先輩。
二番に入る前の間奏で、体をゆらゆら動かしてリズムをとっている先輩がとにかく可愛いので、動画とか撮っても良いだろうか。
撮ってみよ。
「……なんでスマホをボクに向けてるのぉ?」
「えっ、せ、先輩の体にQRコードが浮き出てまして……?」
「ウソが下手すぎるよ!?」
「えっと……。リズムとって揺れてる先輩が可愛かったので、撮影を試みたんですけど……」
「そんなこと言っちゃう莎楼の方がかわいいよ?」
間奏が終わって、二番が始まったタイミングで先輩が私に手を伸ばした。スマホを持ったままの手では、それをどうすることもできない。
『見飽きた今日に帳が下がっていく
つまらない間違いあたしを悩ませている』
スマホも歌詞カードも、床に置く。
『………………』
内容がわからなくなった音楽をバックに、先輩が迫ってくる。まさか、変なスイッチを押してしまうことになるとは思いもしなかった。
「せ、先輩?」
「ボクも君のこと撮ったりするの好きだし、撮られるのもイヤじゃないけどぉ」
「け、けど……?」
「かわいいなんて言われたらさぁ、ね?」
「ね!?」
先輩の両手が、私の頬を包む。少しひんやりとしている。
そのまま、無言でキスされた。
手は離した方がしやすいと思うんだけど、どうしてもむにむにしていたかったのかな。
「莎楼ぅ……」
あ、これはまずい。
頬から移動した手が、今度は私の両手を握る。
荒い息遣いと、上目遣いで潤んだ瞳を私に向けて、ほんの少しだけ舌を出している。
もう誰も聴いていないのに、プレイヤーは律儀に二曲目を再生し始めた。
「先輩。そろそろ寝ましょうか」
「えっ、もっとしたい」
「ライブの予習と復習はまた明日ですね」
「そっちじゃなくてぇ」
「わかってるよ。続きは、電気を消してからにしましょう」
「いいのぉ!?」
「……何をするつもりなの? 先輩」
少し意地悪な質問をすると、急に意気消沈というか元気が無くなった。さっきのギラギラした感じが何処にも無い。
「先輩?」
「調子に乗りましたぁ……」
「え、急に我に返って反省するのやめて?」
「だって、怒って」
「ないです。あ、プレイヤーの電源消しといてください」
停止ボタンを押してからCDを取り出して、ケースにしまってから電源をオフにする先輩。誰だってそうするだろうし、私もそうする。
CDを鞄に全部戻すのを手伝って、一緒にベッドに入る。もう、電気は消しても良いかな。
「先輩、電気消しても良いですか?」
「いいよぉ」
「暗くてもできる?」
「……キス?」
「他に何があるんですか」
「ま、またイジワルなこと言ってぇ……!」
良いんだよ、華咲音先輩の好きなことをしても。
「ふふ。キスしてから寝ましょう」
「うんっ」
そんな言葉は、あと少しのところで喉に引っかかって、先輩の耳に届くことは無かった。
あと何度キスをしたら、あと何日経過したら、あと何回ログインボーナスを渡したら。
「先輩」
「んぅ?」
「……おやすみなさい」
「おやすみぃ」
幾度も予習して何度も飲み込んだ言葉を、あなたに伝えられるだろうか。




