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91日目:私がおばあちゃんになっても(後編)

お酒は二十歳になってから。

「あ、センパイ。ごめんねぇ、起きてた?」

『うん。どうしたの』

「アルコさんの働いてる酒屋さんって、どこか知ってる?」

『知らないケド。不行の酒屋ってそんなに多くないし、酒の馬酔木(あせび)ってところじゃないかな』

「ありがとぉ。じゃあ、そこに行ってみるね」

『酒買うの』

「莎楼がね、おじいちゃんに買うかもって」

『アルコが休みだったりしたら困るし、私も行く』

「代わりに買ってくれるってこと?」

『うん。お金は貰うケド』

「はぁい。それじゃ、お店でねぇ」

『ん』


 ヒアさんとの通話を終えた先輩が、今度はスマホで何かを調べ始めた。


「お店、わかりました?」

「酒の馬酔木って酒屋じゃないかなって言ってたから、今からそこに行くよぉ」

「何処にあるんですか」

「えっとね、壱津羽(いちつう)みたい。莎楼の定期区間外だね」

「私が買うって話をしたので、それは仕方ないですね」


 まだ買うことが確定していたわけではないけど、先輩もここから先の展開を考えていなかったみたいだし丁度いい。


 あと、酒屋さんって入ったことが無いから、ちょっと気になっていたというのもある。


 アルコさんがバーベキューの時に持ってきたジュース、あれも酒屋さんに置いてるって言っていたし、未成年でも楽しめるのかも。


 先輩と手を繋いで、戸毬(とまり)駅に戻る。

 次の電車は、すぐに来るだろうか。もう少し手を繋いでいたいから、少し遅く来てくれると良いな。


―――――――――――――――――――――


 酒の馬酔木(あせび)は、スーパーイチツウから歩いて五分ほどの場所にあった。近いは近いけど、建物の陰になっていて見えづらい。


 お店の駐車場に、ヒアさんの車が停まっていた。

 扉の横には大きな酒樽が置いてある。初めての酒屋さん、少し緊張する。


 扉を開くと、いつもと同じスーツに、『酒の馬酔木』と書かれたエプロンを着けたアルコさんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい。よう来てくれはったにゃ、カサたんにクグたん」

「こんにちは。えっと、祖父に買うお酒を探していまして」

「どんな酒が好きとかあるん?」

「実は知らなくて。子どもの頃に遊びに行った時は、祖母と一緒に梅酒を飲んでいた記憶はあるんですけど」

「梅酒ね。ちぃっと待ってて」


 お酒を選ぶために、別の棚に移動するアルコさん。

 入れ替わるように、ヒアさんが日本酒のコーナーからこちらに移動してきた。


「サドちゃん。一応、法律に配慮して代わりに私が買うから」

「ありがとうございます。因みに、ヒアさんのオススメとかはありますか?」

「私はハイネケンとチューハイくらいしか飲まないから。こういうお店の酒はわからない」

「お酒、お好きなんだとばかり」

「好きでも嫌いでもないよ。あんまり強くないし」


 意外だ。前にアルコさんが来ていた時に、冷蔵庫の中のお酒を飲み尽くしたって言っていたから、てっきりヒアさんも強いのだとばかり。


 なんて話していると、アルコさんが瓶を二つ持って戻ってきた。


「お待たせ。まずは梅酒なんやけど、これは北陸特産の高級梅を使って作らはってて、二千円未満やけどファーストクラスのサービス酒にも選ばれたことがあるんよ」

「凄いですね。あの、飲んだことが無いので詳しいことはわかりませんが」

「そりゃそうだよにゃ。んで、こっちは梅酒じゃのうて、あーしのオススメの桂花陳酒(けいかちんしゅ)やよ」


 桂花陳酒。初めて聞く名前だ。

 いや、未成年だから当然といえば当然なんだけど、梅酒とかと違ってなんのお酒なのか全くわからない。


「これはにゃ、金木犀の花を白ワインに漬け込んだ、中国のお酒だがや!」

「金木犀!? 私、今朝テレビで金木犀の話を観たばかりでして。ちょっと気になってたんですよ」

「キンモクセイ、不行には咲いてないもんねぇ」

「飲み口は梅酒に近くて、甘めで重いけど香りも良くて、ロックで飲むんがオススメだにゃ」


 伏線回収って程じゃないけれど、意外な形で金木犀と対面することになった。私が飲むわけじゃないけど、なんだかちょっと嬉しい。


「桂花陳酒はおいくらですか」

「これは1500円やよ。端数と税はサービスしちゃるけぇね」

「えっ、そんな悪いですよ」

「なんもなんも。気にせんといて」

「では、こちらをいただきます」

「アルコ、梅酒は私が買うから二本ともレジに持って行って」

「おっ、ヒアたんが梅酒なんて珍しいにゃ」

「折角だし」

「ではヒアさん、お願いします」


 レジに皆で向かい、ヒアさんにお金を手渡す。


 先輩は、ノンアルコールやお醤油が置いてある棚を見ている。醤油が売っているのは意外だった。


「クグたんのおじいちゃんって、何処に住んではるの?」

「えっと、割戸(わるど)市ってところなんですけど」

「でら遠いやんな。配達しちゃるよ、明日に間に合わんといかんもんにゃ」

「それは流石に悪いですよ」


 割戸(わるど)は、先輩のおばあちゃんの住む尾途(おず)に匹敵するレベルで遠い。交通費だけで、お酒より高くなる。


 遠慮をしていると、車の停まる音が聞こえた。

 そして、頭にバンダナを巻いて、アルコさんと同じエプロンを着けた、身長が二メートル近くある男性がやって来た。店長さんだろうか。


「おっ、アルコの友だちか。いらっしゃい、俺は店長の馬酔木(あせび)だ」

「おかえり店長。配達終わりで悪いんじゃが、割戸(わるど)まで行く用事とかあったりしはる?」

「割戸か。丁度お得意さんにビールを持っていく用事ならあるが」

「ついでにこれもよろしゅう」

「おう。じゃあ、住所を教えてくれ」


 遠慮しても話が進みそうに無いので、店長に手渡された紙に、おじいちゃんの家の住所と電話番号を書く。


「あっ、あの、本当に良いんですか……?」

「気にすんな。酒が飲めるようになったら、是非うちで買ってくれよな」

「はっ、はい!」

「よし。アルコ、酒積むの手伝ってくれ」

「はーい。んじゃ、ばっははーい」


 手を振るアルコさんに頭を下げて、店を出る。

 まさか配達までしていただくことになるとは、思いもしなかった。


「ヒアさん、来ていただいてありがとうございました」

「ん。じゃあ引き続き、デート楽しんで」

「ありがとぉセンパイ」


 ヒアさんは車に乗り込み、駐車場を後にした。


 おじいちゃんに何かを買うという初めての経験を、沢山の人にサポートしてもらった。ありがたい話だ。


 お互い目的を達成したけど、そういえばまだキスをしていない。それとも、テスト前だしダメなのかな。


 手を繋いで、なんとなく適当に歩き出す。ここからは本当にノープラン。


「私、昔から自分はおばあちゃんにならないんだよなぁって考えることがあるんですけど」

「なっ、長生きしてよぉ!」

「えっと、祖母にならないって意味です。母親になる予定も無いんですけど」

「そういうことかぁ。ボクもそうだよ」


 今はともかく、昔は恋もしたことが無かったから、自分はただこのまま独りで老いて死んでいくんだな、と漠然と考えていたりもした。


 でも高校生になってから、更に言うなら先輩と仲良くなってからは、色んな考え方や生き方があることを知った。


 元々、恋をしたことが無いことも、結婚しないことも子どもを産むことが無いことも、悲観したりはしていなかった。けど、明るい未来を夢想することも無かった。


「それを別に悲しいとは思わないんですけど、先輩のおかげで前向きに歳を取れそうです」

「あはぁ。先のことを考えすぎじゃない?」

「良いでしょ。先輩とずっと一緒に居たいって意味なんだから」

「……?」

「だっ、だから。母親にも祖母にもならないってことは、そういうことでしょ」

「愛の告白?」

「……愛の告白だったら、こんな回りくどい言い方しませんよ」

「ほっ、本番があるのを期待しててもいいのぉ!?」

「さぁ、どうですかね」

「いじわるぅ」


 意地の悪い女だと思われることを、随分久しぶりに発言してしまった。


 でも本番は100日目にありますよ、とは言えないし。今はこれで乗り切っておこう。


「いじわるな私からの提案なんですけど、キスしても良いですか?」

「えっ、うん。どこでしよっか」

「もう予定が無いなら、私の家とかどうですかね」


 あ、でもテスト前だし家はマズイか。先輩が返事をする前に訂正しておこう。


「やっぱり、テスト前だし家はダメですよね」

「いじわるぅ。なぁに、そんなにボクはテスト前だからってなんでもダメって言うと思われてるの?」

「だってログボも休むって話だったし。今日のデートも断られるかもって不安だったんだからね」

「それは……ごめん。でも今日はデートだし、ログボ欲しいな」

「じゃあ駅まで歩いて、私の家に行きましょう」

「うん!」


 なんて可愛い笑顔と声で返事をするんだ。思い切り抱きしめたい。


 きっと先輩は、おばあちゃんになっても素敵な笑顔なんだろうな。そして今と変わらず、私の隣で微笑んでくれるんだろうな。


「先輩、私がおばあちゃんになっても……その」

「好きだよ。ずっと好き」


 車道側を歩く先輩が、ほんの少しだけ膝を曲げて、私にキスをした。


「せっ、先輩!」

「あはぁ。我慢できなくなっちゃった」

「先輩の方が、よっぽどいじわるですよ」

「えぇっ!?」

「ふふっ、冗談です」


 おばあちゃんになる頃には、この鼓動も少しは落ち着いてくれるだろうか。


 いや。きっと死ぬまで私は、先輩にドキドキさせられるんだろうな。

老いることへの前向きさって、未来への希望がどれほどあるかで変わると思うんです。

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