86日目:不自然な少女/87日目:心に火を点けて
二本立てです。ツーデイズです。
86日目:木曜日
実際の日数は不明だけど、ログボの日数的には残り二週間。あともう少しで、私は先輩に想いを伝えようと思う。
唐突というか突然に思われるかもしれないけど、そもそもあの花火の時に告白するつもりだったわけだから、それを考えるとそんなに急ではないハズ。
このままの関係を続けることは別に嫌ではないし、むしろずっとこうしていられたら……とも思うけど、やっぱり私はこの気持ちに、或いはこの関係に名前を付けたい。
いざ決心をすると、今までより先輩のことを意識してしまう。
キスする時とか、不自然にならないように気をつけないと。
「どうしたの、莎楼」
「えっ、何がですか?」
「いや、今日のログボ……ほしいんだけど」
「あぁ、すみません。今します」
第二理科準備室に入ってから数分が過ぎていた。
にも関わらず、キスをする体勢に入らない私を不審に思ったのだろう。早速、不自然ムーブをしてしまった。反省。
先輩のことを緩く抱きしめて、唇を重ねる。そんなにもう暑くないので、長くキスするのも苦ではない。
いや、元々別に苦にはしてなかったけど。
「ぷはっ。いつもより長いキスだったねぇ」
「涼しくなってきたので」
「なるほど?」
半分くらい納得していない表情で、少し首を傾げる先輩。真夏でも普通に長くキスはしていたし、ちょっと説明不足だったかもしれない。
「じゃあ、冬になったらもぉっとキスできるってこと?」
「そうかもしれませんね」
「わぁい。冬休みも楽しみだなぁ」
「気が早いですよ」
冬休みといえば、先輩の誕生日も恐らく冬休み期間のハズ。本当はその日に告白しようかとも考えていたけれど、少し遅い気がした。
先の遠いゲームは炎上するって、初日に先輩も言ってたし。
「あ、そろそろ教室に戻る時間だねぇ」
「では、行きましょうか」
「今日は体育もバイトもあるし、疲れそうだなぁ」
「明日はバイト休みですし、頑張りましょ」
「うんっ」
スポーツ万能の先輩でも体育って疲れるのか。
インドア派の私は、それはそれは疲れるわけだけど。あとペアになる時が結構大変。最近はココさんが組んでくれるから助かってるけど。
第二理科準備室を出て、先輩が施錠するのを確認してから手を振って別れる。
教室に向かう途中で、また鏡に映った自分の顔が不自然なことに気がついた。そのうち、ココさんや左々木さんにバレてしまいそうだ。
87日目:金曜日
「授業を駆け抜けた女子二人。その放課後が今、デートへと引き継がれる!」
「どうしたんですか先輩。あまりにも絶好調ですね」
「あはぁ。やっと金曜日の放課後がきて、明日はデートだよ? 絶好調にもなるよぉ」
「そう言われると、まぁ私も絶好調です」
「よかったぁ」
放課後。ハイテンションな先輩と一緒に、駅へは向かわずに寄り道をしている。勿論、手を繋いで。
少しずつ色付いてきた木々の葉と、先月より傾くのが早い放課後の斜陽。
そんな季節の変化と共に、私も変わってきた。キスをするのも躊躇って、深く踏み込むことも、恋をすることなんてそれよりも難しいように思えていた私も。
「そういえば聞いてよぉ、今日は進路の話題が出たんだけどね?」
「はい」
「せめて進学するか就職するかだけでも早く決めろーって先生がうるさくてさぁ」
「進学一択だと思っていました」
「さすがにそんなお金はないしさぁ。奨学金は返すのが大変だって聞くし、でもこれだけ成績が良いのに就職はもったいないぞって言われるし……って愚痴ぃ」
お金ならあるじゃないですか、という言葉を飲み込み、発言しても問題の無い言葉と表現を検索する。早くヒットしてくれ。
「え、えっと、私も就職は勿体ないんじゃないかなと思います」
「莎楼も進学派かぁ」
「先輩が決めることに口出しはしませんけど、今の自分は進学希望なので」
「そうなんだぁ。大学とか専門学校とか、決めてるの?」
「いえ、そこまでは。……先輩と同じで、将来の夢が決まってないんですよ」
前にも話した気がするけど、先輩と一緒に過ごす未来を夢想こそすれ、やりたい仕事とかなりたい目標みたいなものが無い。
「君はまだ二年生だから大丈夫だよぉ。って、何も決まってない先輩に言われても説得力ないね」
「私、子どもの頃から将来の夢ってピンと来なくて。卒業文集に書く時とかも、隣の席の子の真似とかしてました」
「へぇ。なんか意外だなぁ」
「そう?」
皆が当たり前のように持っていた夢とか、自然としていた恋とか、そういうものを理解できないまま高校生になった私はもしかしなくても異端者なのではないだろうか。
いや、恋はわかった。先輩のおかげで。
自分の心臓の位置がわかるほどのドキドキとかも、踏み込むことの大切さも言葉にすることの必要性も、全部ログインボーナスを通じて先輩が教えてくれた。
「あ、見てぇ莎楼。駄菓子屋さんがあるよぉ」
「適当に歩いてみるもんですね。寄ります?」
「うんっ」
不行市内に駄菓子屋があるなんて知らなかった。しかも学校から徒歩圏内にあるとは。
徒歩圏内といえば、もう少し歩いたら先輩の母校の不行西小学校がある。帰り道に駄菓子屋があったら、学校で禁止されていても寄り道しちゃいそう。
引き戸を開けると、ランドセルを背負った三人組の先客が居た。
店内は真四角な間取りで、入口の正面がレジになっていて、入口の真横と左右の壁にお菓子が並べられている。レジのところにはメニュー表のようなものが貼ってあり、どうやら串団子や珈琲を取り扱っているらしい。
懐かしいお菓子を見ながら、何を買うか悩んでいると、先輩がぼんやりと小学生を見ながら呟いた。
「いいなぁ小学生」
「……やっぱり、先輩ってそういう」
「なんか誤解してない!?」
「大丈夫だよ、どんな先輩でも好きだよ」
「う、嬉しいけど違うってぇ。なんだかんだで、小学生の頃も楽しかったなぁって」
「じゃあ、もどってみればいーじゃん!」
デリシャスティックのチーズ味を三本抱えている、水色のランドセルを背負った女の子が先輩に話しかけてきた。最近の子どもはコミュ力がカンストしているのだろうか。
子どもの目線に合うように屈んだ先輩が、優しく微笑む。
「んー。別に戻りたいってわけじゃないんだよねぇ」
「どぉして?」
「大好きな人に出会うまで、また何年も待たなきゃいけなくなるからさ」
「おっ、おとなだ!」
「あはぁ。まだまだ子どもだよぉ」
なんですか今の。私が小学生だったら気絶してますけど。子どもに目線を合わせるところからもう最高だったのに、そんな殺傷力の高いセリフが容易く出てくるところは経験値の違いだろうか。先輩がまだまだ子どもなら、私なんて赤子も同然だ。
「莎楼、何を買うか決め……あれ、どうしたの?」
「……さっきの、やばくないですか」
「そうだね。ボクが小学生の頃は、なんとなく高校生って怖くて話しかけられなかったなぁ」
「いや、小学生のコミュ力がやばいって話ではなく。だ、大好きな人に会うまで……っていうやつです」
「だって、莎楼に会う前と会ってからの時間の価値は違うもん」
デリシャスティックてりやきバーガー味、三十本入りの未開封袋を手に取りながら微笑む先輩。
「発言も駄菓子の買い方も大人ですね」
「未成年が駄菓子を買ってるくらいじゃ、大人には程遠いかなぁ」
「そんなことは無いと思いますが」
「ほら、莎楼も早く決めなよぉ。大人のボクが奢ってあげるからさぁ」
「……ほんっとうに、先輩ってずるいよね」
お菓子を入れるためのトレーを取って、そこにデリシャスティックサラダ味を二本と風船ガム、ココアタバコを入れて先輩に渡す。安い女だと思われたかな。
先輩は何も言わず、トレーを受け取って会計をした。小学生三人組は、そんな先輩のことを静かに見ている。
「おまたせぇ。それじゃ、駅に向かおっかぁ」
「ありがとうございます。そうしましょう」
お菓子を受け取って、小学生の視線を感じながら駄菓子屋を出た。また少し、陽が傾いている。
ココアタバコを開封して、一本くわえる。子どもの頃はなんとなくタバコに憧れのようなものがあったけれど、多分死ぬまで吸わない。
「ボクにも一本ちょーだい」
「どうぞ」
先輩のくわえたタバコ型のラムネに、火をつけるフリをする。
「あ、それならアレやってみたい」
「アレ、とは」
「シガーキス。この前、映画で観たんだぁ」
どんな映画だろう。タバコを介する関節キスなんて一生縁が無いと思っていたけど、お菓子とはいえ心が躍る。
「火ぃ、つけて?」
「心に、で良ければ」
先輩のくわえるラムネの先端に、私のラムネをくっつける。
本物じゃないから、お互いの呼吸が混ざったりはしない。目に沁みるような紫煙も漂わないけれど、それでもドキドキする。
少しは、大人っぽくできただろうか。
「莎楼もやばいじゃん!」
「えっ、シガーキスしようって言ったのは先輩では」
「それじゃなくてぇ……もぉ、ハートが真っ赤に燃えちゃったよ?」
「その火が絶えないように、頑張りますね」
「じゃあ、消えないように酸素を送り込んで?」
自分のラムネを左手に持ち替えつつ、私のラムネを右手で掴んで、先輩はシガーの無いキスをした。煙草は苦いと聞くけれど、これはとても甘い。
「……映画の言い回しの影響でも受けました?」
「あはぁ。バレた?」
はい、と返されたラムネをくわえ直す。
火を点けたみたいに真っ赤な夕焼け空を見上げて、手を繋いで駅を目指す。
「ねぇ、先輩。明日は何処に行く?」
「帰ったら考えるねぇ。進路より先に」
「楽しみにしてますね」
何処へだって、先輩と一緒なら心に火が点くことは間違いない。まさに、火を見るより明らかだ。なんてね。
次回、デート!
※2021/07/19 追記、予定が変わりそうです




