81日目の夜:君と夏の終わり
夜、先輩目線で。
最後に母親と交わした言葉は、もう覚えていない。
多分、ボクがカミングアウトをした時が最後だったと思うんだけど、その時に罵詈雑言を浴びせてきたのは父親だった。
だから、母親が何を言ったのかは覚えていない。
もしかしたら、何も言ってなかっただけかも。
「……先輩?」
「なぁに?」
「いえ、何処か遠くに行ってたので」
「あはぁ。ちゃんとここにいるよ?」
莎楼の作ってくれたおいしぃご飯も食べ終わって、なんとなくぼーっとしていた。反省。
莎楼がボクの母親とどんな会話をしたのか、実は全く想像ができなかったりする。何も言わないところを見るに、ろくでもない内容だったことは想像に難くないけど。
「ねぇ。莎楼は自分のお母さんのこと、好き?」
「えっ、突然ですね。まぁ好きですけど」
「照れたりしないで言えるの、すごく素敵だよねぇ」
「そう、ですかね」
「うん。ボクも、そうやって言えたらよかったなぁ」
無いものねだりというか、こんなことを言っても仕方ないんだけどね。人生にifはないから。
莎楼を困らせちゃうだけの言葉なんて、なおさら意味がない。
「わ、私のお母さんで良ければ。そう、言っても良いと思うよ?」
「あはぁ。お義母さんもねぇ、ボクのことを娘って言ってくれたんだよ」
「えっ、いつの間にそんな会話を」
「外堀から埋める、的なぁ」
「既に内側も埋まってますけどね」
「えっ」
「えっ」
いや、いやいやいや。
でもそうか、そうだよね。ちゃんと埋まってるよね。ここまで過ごしてきた日々は、ちゃんとボクたちの間にあるもんね。
「じゃあ、外も内も埋まったところで」
「ところで?」
「お風呂に入ろっか」
「そうしましょうか」
本当に言おうと思っていた言葉はこれじゃなかったけど、まぁいいか。
もし仮に、ボクが本気で告白とかしたらどんな反応をするんだろう。なんとなく、莎楼の準備ができたら言ってくれる気がしてるから、自分からは言わないけど。
それは、ログボ的に区切りのいい日だったりするのかな。それとも、全然関係ない時だったりするのかな。……まさか、ボクが卒業する日だったりしないよね。そんな先の遠いゲーム、炎上するよって初めに言っておいたし。
お風呂に入る準備をしつつ、お風呂に入るって話をしただけなのに、自然と一緒に入ることになっていることに気づいて頬が緩んだ。
考えてみると、一緒に入ってないことの方が少ないもんね。
「ふふふ」
「何か面白いことでも?」
「いやぁ、今すっごく楽しいなぁって」
「それは何より……?」
少し困惑している莎楼の手をとって、お風呂に向かう。本当に楽しい。こんな幸せな時間が、ずっと続けばいいのに。
―――――――――――――――――――――
お風呂上がり、二人で一緒にアイスを食べる。
コンビニに買いに行くつもりだったけど、冷凍庫に入っていたから買わずに済んだ。
ボクの大好きな、バニラ味のカップアイス。記憶にないだけで、買い置きしてたのかな。
「このアイス……」
「んぅ?」
「いえ、先ほど先輩のお母さんが入れていたな、と」
「……そっか。買った覚えがないとは思ったんだけど」
野菜とかお肉とか、そういう食材系はまだわかる。でも、アイスは買う必要はないハズ。どういう意図なんだろう。
「このアイスって、先輩の好きなやつですよね。前にホテルで食べていたのもこれだったような」
「よく覚えてるねぇ。うん、これが一番好きなんだぁ」
「それってつまり」
「いやぁ、まさかそんなわけないよ。ボクの好きなアイスを覚えてるとかありえないし、そもそもアイスを買ってきたのも気まぐれだろうし」
莎楼はまだ何も言ってなかったのに、ついペラペラと喋ってしまった。恥ずかしい。
でも、実際そうだと思う。ボクが好きな食べ物なんて、知ってるわけがない。
「先輩がそう言うなら、そうなんでしょうね。私は少し話しただけですから」
「そういうボクも、あまりあの人のことを知らないんだよね」
ほとんど家に居なかった父親とは違って、ある程度は会話をしたりしてきたけど、最低限のやり取りしかしてなかったし。
振り返るほどの思い出も、想起するほどの過去もない。おばあちゃんから話を聞くこともほとんどなかったし、ボクの方から歩み寄るべきだったのかな。
なんて、今更だけどね。
「私は、もし先輩に出会わなかったら自分もこんな感じだったのかな……って思いました」
「そんなことはないと思うけどねぇ」
「そんなことありますよ。先輩に出会わなかったら、というかログボが無かったら、私は」
私は、に続く言葉を選んでいるみたいで、莎楼は少し沈黙した。たまに、こうやって勢いで喋って止まることがある。可愛い。
「……私は、ネトゲより楽しいことを知らないままだったと思います」
「あはぁ。そう言ってもらえると嬉しいよぉ」
ログボ実装前の莎楼は、それこそ毎日のようにネトゲをしていた。それを理由に遊びの誘いを断られることもよくあったし。
それほど熱中できる趣味がないボクには、それがちょっと羨ましかったりもした。
そんな莎楼の口から、ネトゲより楽しいなんて言葉が聞けた。それだけで、ログボをお願いして本当に良かったって思える。
「先輩」
「なぁに?」
「そういえば、今日のログボがまだでしたね」
「そうだねぇ。じゃあ、歯を磨いたあとにお願いしよっかなぁ」
「わかりました」
お互い、スプーンを持って部屋を出た。歯を磨いたら、ベッドの中でチューしてもらおう。
「あ」
「どうしました?」
「んーん、なんでもない」
思い出した。
ボクがカミングアウトをした時に、ママが言った言葉。
父親が暴言を吐く前に、小さく、だけど確かに呟いた言葉。
『よかったね』
何がよかったのか、それはわからない。
けど、あの言葉は確かにママの本心だったと思う。
「ねぇ」
「はい?」
「ボクね、君のことを好きになって本当によかったよ」
「な、なんですか急に」
「えへへ。言いたかっただけぇ」
もう二度と会うつもりはないけど、もし会うことがあったら、よかったよってママにも言おう。
こんな風に考えることができるようになったのも、莎楼のおかげだよ。
なんて、恥ずかしくてそこまでは言えないな。
これで八月編は終わりとなります。約一年かけて一ヶ月間の話を書いてきました。とても長い期間になりましたが、九月編も引き続きよろしくお願いします!




