80日目:先輩の家に泊まろう(前編)
初の、先輩の家にお泊まり。
「今日のお泊まりなんですけど、先輩の家でも良いですか?」
「別にいいけど、どうしてぇ?」
放課後。
あまりにもお泊まりイベントが楽しみすぎて、あまり授業中の記憶が無い。
テストが返却されることも無かったし、テストが終わったことと金曜日特有の気の緩みも相まって、居眠りこそしなかったけどぼーっとしていた。
そんな私は今、先輩と一緒に電車を待っている。
「えっとですね、我が家のお風呂が壊れてしまいまして」
「それは大変だねぇ」
「お母さんにも、『どっかに泊まりに行ってほしいんだけど。あ、先輩の家があるじゃない』と言われまして」
「あはぁ。それじゃあ、今度は君がいっぱい泊まる番かな?」
「いっぱい……かどうかはわかりませんが」
「何日でも泊まっていいよぉ。どうせボクしかいないし」
そう言ってもらえて安堵すると共に、やはり不安が拭えない。
学祭後の時のように、先輩の親が帰ってこないとも限らないし。
それこそ私のお母さんみたいな性格だったら良いけれど、話を聞く限りそれは無いだろう。
私は何を言われても良いけど、それに付随して先輩がまた何か嫌なことを言われるのは避けたい。
こんな時、ココさんみたいに『今回は絶対に会わない』とかわかれば良いのに。
そんな話をしていると、電車が入ってきた。
「それじゃ、途中まで一緒に帰ろっかぁ」
「はい」
電車に乗り込み、空いている席を探したけど見つからない。
金曜日だし、仕方ないか。
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準備を終えて、先輩の家の前まで来た。
私の家、ホテル、先輩のおばあちゃんの家。色々な場所で寝食を共にしてきたけれど、遂に先輩の家に泊まる日が来た。
緊張しながらインターホンを押すと、とても明るくて甘い声が返答した。
それから数秒後に、声の主がドアを開けてくれた。
上下グレーのスウェット姿で、より一層とゆるさを感じる。
「おかえりぃ、莎楼」
「たっ、ただいま!?」
「あはぁ。この前のお返しぃ」
「同棲していたかなって錯覚しました」
「もぉ、そんなこと言われるとボクもドキッとしちゃうじゃん。まぁ上がってよ」
「おじゃまします」
玄関に飾られている絵は、以前と変わっていない。
靴を脱いで、真っ直ぐ先輩の部屋へ向かう。
先輩が部屋の扉を開けてくれたので、一緒に入る。瞬間、甘い匂いに包まれる。女の子の部屋って、みんなこういう感じなのかな。
いや、私の部屋も女の子の部屋だけども。
久しぶりに来た気がするので、ぐるりと見回す。
相変わらず物が少ないけど、飾ってある写真が増えている。
「北海道旅行の写真に、バニーの写真……に水着……の私……?」
「うんっ。よく撮れてるでしょ?」
「なんで飾ってるんですか!?」
「思い出はよく見えるところにある方がいいじゃん」
「だっ、だってこれ、他の人に見られたら」
「大丈夫だよぉ。君以外の人を部屋に入れたことないし」
「ニケさんとかアラさんは?」
「ボクの家に来たことすらないねぇ。センパイは一緒にパスタを食べた時しか上がったことないし」
「そう、なんですね」
「うん。莎楼だけ、特別だよぉ」
めちゃくちゃ上目遣いでゆっくりと、甘く透き通った声で言われると何も言えなくなってしまう。
他の人に見られないなら、別に問題は無いよね。
普通に恥ずかしいけど、撮影許可は出してるから文句も言い難い。
「しかしまぁ、普通の写真はともかく。バニーとか水着は飾るものでは無いと思うよ」
「ベッドの近くにあるとね、何かと便利なんだよぉ」
「……?」
よくわからないけど、追及するのは避けよう。この話題はもうおしまい。
「さてさて。夕飯まで何しよっか」
「夕飯はどうするんですか? 外食?」
「ふっふっふ。今日はボクが作っちゃうよ!」
「……やっぱり同棲してましたっけ?」
「あはぁ。しちゃう?」
「自分で部屋を借りられるようになったら、検討します」
私たちはお互いに、所謂持ち家で暮らしているから、アパートやマンションのことはわからなかったりする。実家最高。
夕飯まで何をするか全く思いつかなかったので、取り敢えずキスをすることにした。
お互いにベッドに座って、見つめ合う。
因みに、先輩のベッドは二人で横になっても余裕があるくらい大きい。寝返り打ち放題だ。
「じゃあ……するよ?」
「は、はい」
改まって宣言されると、照れる。
私が目を閉じた瞬間に、唇に柔らかいものが触れた。そして先輩の手が、私の後頭部に添えられる。
「ん……んちゅ」
「れろ……んぷ」
舌が絡む感覚、久しぶりな気がする。
頭がぼーっとする。全身の神経が、唇と舌先に集まっている感覚。
少し呼吸が辛くなってきたけど、手を添えられているから無理に離せない。
呼吸が荒くなる。心臓が壊れそうなくらい早鐘を打つ。
「せっ、先輩」
「なぁに?」
「手、頭じゃなくて……えっと、ぎゅって抱きしめてほしい……です」
「……可愛すぎだよぉ」
先輩が、優しく私のことを抱きしめてくれた。
未だ治まらない鼓動が、きっと先輩にも響いてしまう。
熱を帯びた沈黙だけが、私たちの間にあった。
呼吸の音と、自分の心臓の音だけが聞こえる。さっきまで重ねられていた唇が開くことはない。そんな沈黙。
案外、先輩の鼓動は聞こえない。
自分のはいつも大音量で漏れていると思っていたけど、そんなことはないのかな。
「ねぇ、聴こえる?」
「?」
「ボクの心臓の音。今ね、すっごく早いの」
「私の心臓も大暴れなんですけど、音漏れしないものなんですね」
「なんか、君はいつもクールだから……ボクだけドキドキしてるのかなって心配だったんだよぉ?」
「えっ。先輩こそ、いつも余裕そうに見えるというか」
「ほんとぉ?」
「はい。……好きな人とキスしたりハグしたりしたら、誰だってドキドキしますよ」
恥ずかしくて、思わず目を逸らしてしまう。
それって愛の告白なんじゃない、っていつもの言葉を待っていたのに、先輩が何も言わないから視線を戻してみた。
「……も、もぉ」
顔を赤らめて、少し俯いている先輩。
予想外の反応に、より一層と恥ずかしくなってきた。
何か違う話題を出さないと、照れたまま日が暮れてしまいそうだ。
「そういえば先輩、今日はログボ80日目なんですよ」
「そっかぁ。もうそんなに経ったんだねぇ」
「特別なログボも考えてみたんですけど」
「大丈夫だよぉ。もういっぱいもらったから」
「……?」
「さてさて。そろそろ夕飯の準備をしよっかなぁ」
「手伝いますよ」
「あはぁ。お願いしちゃうねぇ」
いっぱい渡した覚えのないログボについて考えながら、手を繋いで部屋を出る。
楽しみだな、先輩の料理。
おかげさまで、本作は二周年を迎えることができました!今、この部分を読んでいる皆様のお力添えのおかげです。そう、あなたですよ!三年目も頑張って書きますので、よろしくお願いします!




