75日目の夜:空に消える
先輩目線で、お祭りの後の話です。
全ての花火が打ち上がり終わって、空に漂う煙もすっかり流れて消えた。
それを合図に、神社を後にしたボクたちは駅に向けて歩き出した。
ほとんどの出店が片付けを始めて、たくさんの人の流れが駅に向かっていた。
この街に、こんなに人が住んでいるなんてちょっと信じられない。普段はどこかに隠れてるのかな。
「駅に向かうのも一苦労だねぇ」
「そうですね」
人混みに流されないように、はぐれないように手を強く握る。
莎楼は、さっきから元気がない。
ボクの名前を呼んでから言った言葉なんだから、きっとすごく大事な話だったんだと思う。
なんだろう。つい、自分が一番欲しい言葉で補完しちゃう。
だって、例えば「好き」とかなら何度か言ってくれてるし。言い直せない程ではないはず。
「ねぇ莎楼。もうこのまま帰っちゃう?」
「そのつもりですが」
「ボクがもう少しだけ一緒にいたいって言ったら、いてくれる?」
「いっ……いてくれます」
「あはぁ。ありがとぉ」
敬語が変だけど、表情が少しやわらかくなった。
人の流れから外れて、手を繋いだままベンチに座る。ちょうど良いところにあって偉いね。
不行市は、妙に色んなところにベンチが置いてある気がする。気のせいかな。
「ベンチ、冷たいですね」
「木でも冷たくなるもんだねぇ」
「……先輩」
「ん?」
「甘えても……いい?」
目を合わせず、ボクの肩に頭を乗せる莎楼。少しずつ、体重が預けられてる。
可愛い。可愛すぎるよ。変な声を出しながら抱きしめたくなるのをぐっと堪える。
すっかり帰る人の群れは見えなくなったし、今のボク達を見てるのは月と星くらい。
そうじゃなくても、可愛い後輩のお願いを無下にするような先輩じゃないよ。
「もちろん。いくらでも甘えていいよぉ」
「ありがとう、先輩」
自然と敬語じゃなくなってきてる。
これはかなり気を抜いて……じゃなくて、気を許してくれている証拠だ。
腰に手を回したり、頭を撫でたりしてもいいのかな。浴衣だから、いつもと少し勝手が違うけど。
「ねぇ莎楼。ボクも君のこと言えないね」
「……?」
「寂しくなってきちゃった」
「ふふっ。同じですね」
「あ、やっと笑ってくれたぁ」
「えっ、あのっ」
「さっきからずぅっと難しい顔してたよぉ?」
「ご、ごめんなさい」
「あはぁ。謝らないでよぉ」
笑ってくれることも増えたけど、難しい顔をすることも増えた。でもそれは、きっと何か真剣な考え事をしているってことだと思う。
少しだけ莎楼の方を向いて、ボクの肩に乗っている頭を撫でる。髪の毛さらさら。指が喜んでる。
「ん……先輩」
赤らんだ頬。甘い声。
ダメだよ、我慢。これ以上はさわったりしちゃダメ。
ここは外だし、やっと元気が出てきた莎楼に迷惑はかけられない。
心の中で深呼吸をして、高鳴る鼓動を落ち着かせる。
「莎楼、そろそろ駅に行こっか」
「そうですね。人も少なくなってるだろうし」
「もう甘えなくても平気ぃ?」
「へっ、平気です。わがままに付き合っていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとぉ」
ベンチから立ち上がって、また手を繋ぐ。
合図も目配せもなく、自然と手を繋げることに幸せを感じる。
駅に向かって、なるべくゆっくり歩く。
莎楼もそれに合わせて、いつもより小さい歩幅で歩いてくれる。なんかいいね、こういうの。
切れかけの街灯の下に、蛾が集まっている。
莎楼は虫が苦手なんだよね。実はボクも、声を上げるほどではないけど、少し苦手。
帰る方向が違うから、駅に着いたらもうお別れ。明後日から、また学校で会えるんだけどね。
「先輩って、いつも私の考えを読んでますよね」
「そんなことないよぉ?」
本当にそんなことない。ボクはエスパーじゃないし、他人の心を読めるほどの感受性も持ち合わせていない。
言ったら怒られそうだから言わないけど、莎楼は表情に出やすいからわかるんだよ。
「口にしなくても、私の表情や繋いだ手から……全部伝わればいいのに。なんて、だめですね私」
「そんなことないよぉ。確かに言葉にするのは大事だけどさ、ぜーんぶ言わないとダメってこともないでしょ」
「先輩……」
「さっきの聞こえなかった言葉もさ、君の中に戻っちゃったかもしれないけど」
ボクは心なんて読めないから、本当に君が欲しい言葉なんてわからない。
けど。
「こうやって、君の表情とか繋いだ手とか。そういうところから、ボクに向けて少しでも出してみてよ。言葉って不思議なものでさ、あまり溜め込むとつらくなっちゃうと思うから」
「……先輩って、本当に先輩なんですね」
「たった一年しか長く生きてないけどねぇ」
なんなら、まだ誕生日が来てないから年齢は莎楼と同じだったりする。
というか、褒められてる?
ボクって、そんなに先輩感がないかなぁ。
「ありがとうございます、華咲音先輩」
「えっ、わっ。どういたしましてぇ!」
こういう不意打ちに対応できないところとかが、ボクの先輩らしさを消しちゃってるのかなぁ。
いや、でもこれは無理だって。さっきもしてくれたとは言え、名前呼びなんて滅多にないことだし。
絶対にやけちゃってる。
「ふふ。……もうすぐ駅に着いちゃいますね」
「そうだねぇ。それじゃあ、ボクからも」
駅の手前、誰もいない歩道。
街灯と月明かりをスポットライトに見立てて、その真下で莎楼のことを抱きしめる。
「せ、先輩?」
「大好きだよぉ、莎楼」
「わっ……私もです!」
「あはぁ。そんな大きい声出さなくても、聞こえるよぉ?」
「いえ。さっき得た教訓を生かしただけです」
「じゃあ、もし花火が上がっても大丈夫だね」
「はい、同じ失敗はしません」
抱きしめたまま、ついでにキスもしようかと思ったけどやめた。今は違う気がする。
莎楼から離れて、手を繋ぎ直す。
そしてまた歩き出して、数分で駅に着いちゃった。
ボクはここから歩いて帰れるから、莎楼を見送ったら一人で帰らなきゃ。
「そろそろ電車が来るねぇ」
「見送り、ありがとうございました」
「また明後日だね」
「はい。また明後日」
名残惜しいけど、電車がホームに入ってきた。
莎楼とボクしかいない、閑散としたホームに。
「ばいばい。おやすみ、莎楼」
「おやすみなさい、先輩」
寝るにはまだ早いと思うけど、夜の別れの挨拶ってこれで正しいのかな。
ドアが閉まってからも、莎楼は手を振ってくれた。電車が見えなくなるまで、ボクも手を振った。
「……さて。帰ろっかな」
莎楼の感覚が残った左手をにぎにぎ動かして、誰もいないホームを出た。
まだ少し暑いな、なんて思いながらため息を吐く。
そして、それと一緒に寂しい気持ちも夜空に消えていく。
まるで、花火みたいに。
「ボクは、あんな風に一瞬で散るつもりはないけどね!」
独り言にしては大きいボクの呟きは、路地裏から出てきた黒猫に聞かれてしまった。
「あはぁ。内緒だよぉ?」
「にゃー」
さて、早く家に帰ろう。
このドキドキが、空に消えてしまう前に。
これで本当に夏休みは終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございます。そして、今年もよろしくお願いします!




