75日目:打上花火(後編)
焼きそばを食べ終えた私たちは、近くの大きなビニール袋にゴミを捨てた。
そして一緒に手を繋いで、次の屋台を目指す。
「飲み物は買うとして、あとは何を買うんですか」
「えっとねぇ、焼き鳥と広島焼きとチョコバナナと……。あ、タンドリーチキンを出してるところもあってね?」
「ふふっ、お祭りガチ勢ですね」
「ボクだけ舞い上がりすぎ……?」
「舞い上がる先輩を見て盛り上がっているので、安心してください」
先輩にリードされるというか、振り回されている時の方が楽しい。
手を繋いだまま、人混みを掻き分けてお目当ての出店に次々と向かう。
なんせ種類が多いから、少し進んでは買って、また少し進んでは買って、たまに列に並んで……という具合だ。
ログボのことも考えると、そろそろ落ち着けるタイミングが欲しい。
「そういえば、花火って何時からでしたっけ」
「確か七時半からだったと思うよぉ。あと一時間半くらいだねぇ」
「意外とまだまだですね」
「うん。だから、安心して買い食いしよ?」
「そうします」
買って食べるのは先輩だけだけど。
いや、なんだか私もまだ食べられる気がしてきた。胃袋が大きくなっているに違いない。
どんどんと重くなるビニール袋を持ちつつ、一旦美しすぎる先輩から目線を外して、周囲を見る。
地元の、これだけの規模のお祭りなのに知ってる人に会わない。不思議だ。
ココさん風に言うなら、『今日はそういう物語ではない』のだろう。
大勢の中で、先輩と二人きり。この甘美な瞬間を、誰にも邪魔されたくない。
「ここで最後にしよっかなぁ」
「……あ、この店って」
「いらっしゃいませ。……あら、ココちゃんのお友だちの方ですよね」
「こんにちは。あの時以来ですね」
「知り合いなのぉ?」
「えっと、ココさんのお母さんです。前に話したお店の」
「弐舞下にあるって言ってたところだね」
「そうです。えっと、出張出店ですかケイさん」
「はい。流石にお店のようなスタイルではできないので、和洋中のものを何品か売っています」
あの時に食べた、あんかけ焼きそばと油淋鶏もある。和は肉じゃが、洋はオムライスのようだ。
お祭りで見かけたことのないラインナップに、先輩は目を輝かせている。
「ボクはオムライスとあんかけ焼きそばと……肉じゃがにしよっかな」
「ほぼ全部じゃないですか……。では、私は油淋鶏を」
「はい。ありがとうございます」
二人でお金を支払って、商品を受け取る。
新たなビニール袋の登場により、指が軽く悲鳴を上げる。そろそろ座って食べたい。
「それじゃ、さっきのところに戻って食べよっかぁ」
「はい。まぁ、私はそんなに食べませんけど」
「えぇー?」
「ふふ。それでも、昔よりは食べるようになりましたよ。太ったら先輩のせいだね」
「ボクのせい!?」
「冗談ですよ。幸せ太りってことにしておくね」
二転三転、表情が変わる先輩。可愛い。
さっきよりも増えている人の中を進んで、飲食スペースに辿り着いた。けど、空席が見当たらない。何処も彼処も人だらけ。
「どうしましょうか」
「神社の方に行こっか」
「神社、ですか」
お祭りで神社の方に行って二人きりとか。ちょっとベタ過ぎるだろうか。
厳密には神社は会場ではないけど、歩いてすぐのところにある。
それとも、お肉を持ち込んで食べるのはマナー違反だろうか。
「あそこから花火も見えるし」
「あ、そうなんですか」
「そうだよぉ。センパイに教えてもらったんだぁ」
私の家からもなんとなく見えるから、敢えてより良く見える場所に出向いたりしたことが無かった。
というか、一緒にお祭りに行くような友だちも居なかった。
去年の先輩とは、そこまでの仲では無かったし。
引き続き、重たいビニール袋を持つことが決まったことはこの際気にせず、何か楽しい話でもしながら神社に向かおう。
なるべく、あともう少しで渡すログボを意識しないように。
「先輩。明日で夏休みも終わりですね」
「そうだねぇ。人生で一番、充実した夏休みだったなぁ」
「私もです。お泊まりと、北海道旅行にプールに……。会えない日もあったけど、それを上回るくらい楽しい日々でした」
「うんうん。ボクもね、すっごく楽しかったよぉ。莎楼といっぱい遊べてね、本当に幸せな夏休みだった」
とてもやわらかい笑顔を私に向けながら、神社の境内に向けて階段を上り始める先輩。
手を繋ぎながら長い階段を上るの、少し大変かもしれない。ここは若さとやらで乗り切ろう。
階段の横から飛び出している、よくわからない植物の蔓を避けながら、一段一段踏みしめる。
「すっかり日も暮れてきましたね」
「暗くなるの、早くなってきたよねぇ」
階段を上り切った先には、誰も居なかった。
哀愁さえ感じる虫の声と、木々の葉が風に撫でられた音だけがここにあった。
流石に鳥居をくぐるのは気が引けるので、その手前のベンチに座る。
ここは街が一望できる、絶景スポットでもある。子どもの頃はよく散歩がてら来てた。気がする。
ビニール袋から油淋鶏と割り箸を取り出す。先輩は何から食べるのかな。
「ボクはタンドリーチキンから食べよっかな」
「では、いただきます」
「いただきまぁす」
少し暗くなり、街にもぽつぽつと光が灯り始めた。
本当に夏も終わるんだなぁと思うと、なんだか寂しくなってきた。楽しすぎた反動。
「うん、やっぱりこのタンドリーチキンは正解……って、どうしたの莎楼」
「え、いえ。別に」
「もう夏が終わっちゃうのが寂しいよ〜って顔してるよぉ?」
「相変わらずエスパーですね……」
「あはぁ。なんだかんだで九月も夏っぽいし、それにほら。ボクは秋も冬も一緒だし」
「手がふさがっていなければ、抱きしめてました」
「それじゃあ、あとでお願いしよっかなぁ」
「では、残りも食べちゃいましょう」
焼き鳥と広島焼き、あんかけ焼きそばとオムライスと肉じゃがに、チョコバナナまでもが袋の中からこちらを覗いている。
早く先輩の胃袋に入ってほしい。
「莎楼も食べていいからねぇ」
「では、焼き鳥を何本かいただきます」
食べている間は、基本的に無言になる。仕方がない。だから少し膨れつつあるこのお腹に、残りを早めに詰め込みたい。
ビニール袋の中が空のパックだけになる頃には、空もすっかり暗くなっていた。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまぁ。それじゃ、ぎゅーってして?」
「その前に、今日渡そうと思っていたログボがありまして」
「いつもと違うの?」
「はい。夏休み最後のログボだから」
風で飛んでいかないように握っているビニール袋の持ち手が、緊張で汗ばむ。
言え。言ってしまえ。
この胸につかえた塊を、先輩に向けて吐き出せ。
「……先輩」
「うん」
「えっと、その……夏休み、本当に先輩のおかげで楽しくて」
「うんうん」
違う。そんな、さっきも伝えたようなことじゃなくて。
話を逸らすな、先延ばしにするな。次の言葉を待つ先輩に、早く伝えないと。
「かっ、華咲音先輩!」
「は、はい?」
「 」
ドン、という轟音と共に、夜空に大輪の華が咲いた。
「わぁ、もう花火の時間になってたんだねぇ」
「……はは」
それは、私の口から出た四文字を容易くかき消した。
花火の音で聞こえないとか、本当にベタ過ぎる。
「あっ。莎楼、続きを聞かせてよ」
「……もう言いましたよ」
「えっ……じゃあ花火で聞こえなかったんだ。お願い、もう一回言って?」
「内緒です」
「ど、どうしてぇ?」
「なんか、言い直すのは恥ずかしいから」
「そっかぁ……。間の悪い花火だったね!」
「怒ってます……?」
「花火にね。君には怒ってないよ、だって言葉にはタイミングってものがあるでしょ」
「また近いうちに言えると思うので、その時まで待っていただければ」
「はぁい。でもキスとハグは今すぐしてもらってもいい?」
「はい。それはもうすぐに」
浴衣を着ているからだろうか、いつもと違う抱き心地。
普段は見えないうなじを撫でて、唇を重ねる。
打上花火の音と光に包まれながら、色んな味のする先輩と長いキスをした。
花火とは違って、私の夏休みは不完全燃焼で終わった。
何度か言ったことがあるけれど、そのどれとも違う意味を持っていた四文字がまた胸につかえる。
そしてその言葉は、きっと口から出るまで頭の中で反響し続けるのだろう。
仕方が無いから、心の中でだけでも呟いておこう。
好きです。




