74日目:サマープール・ダイバー(後編)
プール(と温泉)完結です。
プールで遊んでから、それなりに時間が過ぎていた。
その影響か、温泉は混んでいるとまではいかなくても、それなりに人が居る。
湯船の数は全部で6つあり、それぞれの湯温や効能には違いがあるらしい。先輩の好きなジャグジーも勿論ある。
5人でまとまって行動する必要も無いよな、とニケさんが言ったので、皆好きなように入浴している。
「で。クグルちゃんは先輩とじゃなくて、私と一緒で良かったのー?」
「え、はい。えっと、ココさんだけ疎外感とか感じてるかもしれないと思いまして」
「優しいねー。折角だから、近くに先輩が居ない時じゃないとできない話とかしてよー」
「地味に難しいことを言いますね」
ココさんがどこまで知っているのかはわからないけど、別に隠し事をしているつもりも無い。
かと言って、先輩には言えないような愚痴とかがあるわけでもないし。
「惚気話とかでもいいよー」
「……今日の遊びは、私のワガママで始まったんですけど」
「うん」
「いつもは2人で遊んでいるので、どうなるかなって心配で」
うんうん、とココさんは静かに相槌を打ってくれる。
天井から水滴が落ちてきて、目の前で波紋を作る。
「でも、先輩はいい意味でいつも通りというか。皆が楽しんでくれたなら、私も嬉しいというか……すみません、話にまとまりがなくて」
「ううん、そんなことないよー。私もね、誘ってもらえるなんて思ってなかったから嬉しかったよ」
「意外です。何もかもお見通しなのかと」
「それは買い被りすぎかなー。2人の物語に参加できて、本当に嬉しいよ」
目を細めて、ニコリと笑うココさん。
そんなに喜んでもらえるとは思ってもいなかった。数少ない友だちが、言葉を続ける。
「今度は、私がクグルちゃんのことを誘おうかなー。セイナとシオリも一緒にさ」
「ふふっ、是非誘ってください」
「社交辞令じゃないことを祈るよー」
「本心ですよ」
はたして五十右さんと左々木さんは、私と遊んでくれるのだろうか。とんでもないところを目撃してしまった、この私と。
夏休みに入ってから一度も会っていないけど、どっちにしろもうすぐ会うことになる。
夏休みが明けて登校する時って、何故か毎年ドキドキするんだけど、それは私だけなのかな。
「莎楼、一緒に露天風呂に行こうよぉ」
「先輩。良いですけど、お二人は?」
「ニケとアラはサウナに行っちゃってさぁ。ボクは苦手だから断ったんだぁ」
「へぇ、苦手だったんですね。ではココさん、ちょっと行ってきますね」
「はーい」
手を振るココさんに手を振り返して、先輩と一緒に露天風呂に向かう。
ココさんとどんな話をしていたのか訊かれると思っていたけど、予想に反してその話題は出なかった。
珍しく一緒に遊んでいるんだから、先輩にもココさんと仲良く……まではいかなくても、名前を呼ぶ程度の関係にはなってもらいたい。
露天風呂に繋がる引き戸を開けると、外の空気が私たちを冷たく歓迎した。
夏といえど、露天風呂は肌寒い。早足でお湯に浸かる。
「ふぅ。ねぇ莎楼、さっきの賞品の話なんだけどさ」
「決まりました?」
「あのねぇ、帰りにボクの家に寄ってほしいんだけど。いいかなぁ」
「良いですよ」
「えっとね、変なことはしないから安心して?」
「ふふっ。別に警戒してませんよ」
先輩の髪が、乳白色のお湯に浸る。
濡れると、普段の少しふわっとした感じが無くなって、ストレートに変わる。このギャップも好き。
寝起きに凄いうねっているのも好きだけど。
「そろそろ上がりましょうか。ヒアさん達も待ってるだろうし」
「そうだねぇ」
温まった体が冷める前に、早足で中に戻る。
湯気が私たちを歓迎してくれた。最後に掛け湯をして上がろう。
脱衣所には、誰も居なかった。お風呂に入る前と同じように、扇風機の回る音だけが聞こえる。
ニケさんとアラさん、そしてココさんは先に上がって休憩所に行ったのかな。
「そういえば先輩、私気づいたことがあってね?」
「なぁに?」
「他の人の裸を見ても、別にドキドキしませんでした。先輩が特別なんだと思います」
「ふぇっ、えっ!?」
「先輩はどうですか。女の子が好きってことは、可愛い子のえっちなやつとか見たらドキドキします?」
「昔はそうだったけど、今は君にしかドキドキしないよ。……ほんとだよ?」
そう言って、上目遣いで私のことを見つめる先輩。別に疑っているわけではないんだけど、可愛すぎるからなんでもいいや。
「そういうことにしておくね」
「ほ、ほんとだってばぁ!」
「冗談です。疑ってませんよ」
服を着て、髪もお互い乾かし終わった。水を吸った水着の重たさを感じつつ、先輩と手を繋いで休憩所を目指す。
休憩所では私たち以外の全員が、ジュースを飲んだりテレビを観てまったりしていた。
「おっ、来た来た。カサっち、約束のジュースとアイスクリーム、何が良い?」
「お風呂上がりだからフルーツ牛乳と、アイスはバニラがいいなぁ」
「オッケー」
ニケさんとアラさんは立ち上がって、すぐ近くの自販機まで歩いていった。
私も何か飲もうかな。荷物を先輩の隣に置いて、お二人の後を追いかける。
「おっ、後輩ちゃんもなんか飲むか?」
「確かお茶が好きだったよね、ですよね」
「緑茶で良いかな?」
「あの、自分で買うから大丈夫ですよ」
「遠慮するなって。ほら、準優勝おめでとう」
ニッコリ笑うニケさんが、ペットボトルの緑茶を私に向けて軽く放った。
「わっ」
とても取りやすい投げ方で、私のようなネトゲーマーにも簡単にキャッチできた。良かった、ここで落としたら恥ずかしい思いをするところだった。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。よし、あたしもアラちゃんも買ったし戻ろうぜ」
休憩所に戻り、ニケさんはフルーツ牛乳を、アラさんは棒付きアイスをそれぞれ先輩に手渡した。
「ありがとぉ。食べ終わったら帰ろっか、センパイ」
「わかった」
「アキラとココは電車の時間、大丈夫ぅ?」
「おー、初めて名前を呼んでくれましたね」
「莎楼の友だちだし、敵じゃないってわかったし」
「最初から味方ですよー」
「電車の時間なら問題ない。急いで帰る理由も無いしな」
それからは、先輩がアイスを食べ終わるまでの間、皆で他愛のない話をした。
もうすぐ夏休みが終わることとか、ヒアさんはいつから大学が始まるのかよくわかってないこととか、マスターがそろそろ本格的に定休日を決めようと思っていることとか、そんな話をした。
「ごちそうさまぁ」
「ん。それじゃ、解散するか」
「また誘ってくれよな、カサっち」
「うん。またみんなで遊ぼうねぇ」
「では……またお店で……」
全員で休憩所を出て、忘れ物が無いか振り返って確認する。よし、何も無い。
玄関で靴を履いて、不行スパランドを出た。
朝から遊び始めたから、まだ太陽が高い。これから先輩の家に行くから、好都合だ。
来た時と同じメンバーに分かれて、皆に手を振って別れを告げる。
「それじゃセンパイ、先にボクの家に寄ってもらってもいいかなぁ」
「えっと、私も降りるので」
「なるほど。若いね」
「言っておくけどぉ、変なことはしないからね?」
「別に、何をしても私は構わないケド」
「変なことってなに?」
「きーちゃんにはまだ早いよ」
車に乗り込んでからも、助手席で不思議そうな顔をしているキツちゃん。
子ども特有の疎外感とか、そういうのを感じていたりするのかな。
と思ったら、車が走り出して数分でキツちゃんは眠ってしまった。プールって意外と体力を使うからね。
それから更に何分か過ぎて、先輩の家に到着した。いつも通り、車は一台も停まっていない。
「ヒアさん、ありがとうございました」
「ありがとぉ」
「ん。運転手ならいつでも任せてよ」
「ボクが免許を取ったら、センパイのことを乗せてあげるから待っててねぇ」
「あまり期待しないで待ってるよ。それじゃ」
「またねぇ」
走り去る車に私はお辞儀をして、先輩は手を振って見送る。
車の後ろ姿が見えなくなったところで、先輩は鍵を取り出して玄関のドアを開けた。
「よし、それじゃボクの部屋に行こ?」
「はい。ところで、結局何をするんですか」
「……今日は『みんなの莎楼』だったから、独り占めしたくなったの」
「可愛いことを、可愛い顔と声で言いますね」
「え、えへへ」
「心配しなくても、私は先輩の……」
先輩の、なんだろう。身も心も先輩のモノですよ、とか言いかけたけどそれは違うか。
先輩の部屋へ向かう階段を上りながら、脳みそをフル回転させて言葉を紡ぐ。
「私は、先輩が一番ですから」
「ボクも、君が一番だよぉ」
誰と遊んでも、誰と過ごしても。
最後には、私は先輩を選ぶだろう。
この言語化するには余りある、愛や恋のような感情に深く潜って溺れそうになる。
その深さは、プールの比ではない。
部屋のドアを開ける先輩の横顔を見て、そう思った。
個人的には、複数人が登場する難しさと、やっぱり先輩と後輩が一番だということを感じるお話でした。




