番外編:パレイドリア
先輩と会わない日の後輩の話。いつもより少しだけ長いです。
目覚まし時計をセットしないだけで、まさか正午手前まで寝ていられるとは思わなかった。
旅行の疲れでも出たのだろうか、と思いつつ、スマホを持って布団から出る。
どうやら外は雨らしい。早く梅雨明け宣言してくれないかな。
幸か不幸か、今日は先輩に会う予定は無いし、金曜日なのでバイトも休みだ。カップ麺でも食べたら、久しぶりにネトゲをやろう。
階段を下りてリビングに入る。お母さんの姿は見当たらない。そういえば、働いているスーパーで棚卸しがあるって言ってたな。多分それだろう。
テーブルの上にスマホを置いて、空腹を満たすために、インスタント食品がしまってある棚の戸を開く。
「カップ麺……無い。袋も無いのか」
一つも残っていなかった。パンも無いし炊飯器の中にご飯も残っていない。しかし外は雨。
炭水化物が無いなら、お菓子を食べればいいじゃない。しかしあるのは常にストックを欠かさない板チョコのみ。これじゃお腹は膨れない。
冷蔵庫の中も閑散としている。計画的に使い切れるお母さんの凄さに驚きつつ、それが外出をしないといけないことを意味していることに絶望した。
近所のコンビニに行くか。しかし、割高なカップ麺を買うのは控えたいし、5百円以上のお弁当なんかも避けたい。
さて、どうしたものか。外出したくないしお金もかけたくない。先輩と一緒ならいくらでも食費に注ぎ込むけど、一人の時は簡単に済ませたい。
なんて、大したことない割に大きな問題を抱えて悩んでいると、テーブルの上でスマホが鳴り出した。誰だろう。
「はい、もしもし」
『やっほークグルちゃん。元気?』
「ココさん。え、電話番号教えてましたっけ」
『いや? 連絡先を一つも訊いてなかったことを思い出してさー、カテキンに教えてもらった』
「個人情報保護の観点とかどこ行っちゃったんですかね……」
『良いじゃん、友だちなんだから』
「友だちなら、ちゃんと本人に訊いてください」
『まぁまぁ、それは置いておいて。もし暇だったらさー、私と遊ばない?』
ココさんからの意外な提案。先輩以外に、夏休み中に私と遊ぼうと思う人がいるとは意外だ。
二人で遊んだことは勿論無いから、少し緊張する。
「外はあいにくの雨ですよ?」
『安心して、それはありえない』
この人が言うと、本当にそんな気になってくるから怖い。主導権を握り、有無を言わせないこの感じ、やっぱりどことなく先輩に似ている。
それだけじゃない。自分と仲の良い友人二人が親密な関係になったところとか、私のことを名前で呼ぶところ、よく笑うところに何か企んでいるような表情に。別物なのに、似た何かを感じる現象。
「……実はお昼がまだなんですけど」
『奇遇だねー、私もだよ。じゃあさ、弐舞下の〈Stupid Days〉ってお店で待ち合わせしよ』
「わかりました。調べて向かいます」
通話を終了し、着替えるために部屋に向かう。
しかし弐舞下か、ほとんど行かない地名が出てきたな。壱津羽と参反の中間にある町で、バーとか居酒屋が多い地域だ。
ココさんが住んでいる、もしくは最寄りの町なのだろうか。
階段を上り終え、廊下の小窓から外を覗く。すると、雨が止んでいた。え、待って待って怖いんだけど。
―――――――――――――――――――――
「……ここ?」
地図アプリが案内を終了したので、間違いなく目的地に着いた、ハズ。しかし私の目の前にあるのは、先の見えない階段が地下に続く建物だった。
そんな階段の下から足音が聞こえる。その主は、ニコリと笑って私を見つめる。
「迷わず来れたみたいだねー」
「ココさん。ここが〈Stupid Days〉ですか」
「そー。怪しさが半端ないけど、味は確かだから」
そもそもなんのお店なのかがわからない。ネットで少し調べてみたけど、ほとんど何も出てこなかった。隠れ家的なやつだろうか。
ココさんに続く形で、階段をゆっくり下りる。これが先輩だったら、確実に手を繋いでいる。
下りた先にあるドアをココさんが開ける。
店内はとても狭く、カウンター席が6つあるだけのシンプルな造りになっている。薄暗い店内を、暖色系の間接照明が照らしている。地下にあるから当然だけど、日が射し込まないから夜と区別がつかない。
カウンターの向こうに佇む、この店の店長らしき女性が静かに微笑む。細身で、とても長いポニーテールを垂らしている。20代前半くらいだろうか、かなり若く見える。
「いらっしゃいませ。ココちゃんの友だちですか?」
「はい。茶戸と言います」
「友だちって問いに即答とか嬉しいなー」
「お昼食べてないって聞いたけど、何食べます?」
「えっと、メニューを見ても良いですか」
「メニューは無いんですよ。和・洋・中の中から選んでもらってもよろしいですか」
「えっと……では、中華で」
「アレルギーや嫌いな食べ物はありますか?」
「ありません」
「かしこまりました」
簡単な問答をしただけで、店長さんは厨房に入った。日替わりメニューというか、店長の気まぐれというか、そんな感じだろうか。何が出てくるか楽しみだ。
「ココさん」
「ん?」
「誘ってくれて、ありがとうございます」
「こちらこそ、来てくれてありがとー。正直、来てくれないと思ってたからさ」
「今日は先輩と会う予定も無く、バイトも休みでしたから」
「会わない日もあるんだねー」
「ありますよ。夏休みですし、それに」
「付き合ってるわけじゃないですから、でしょ?」
私の周りの人たちは、どうしてこうも読心術に長けているのか。それとも逆に、私が読まれやすいだけなのか。
反論もぐうの音も出ず、ニコニコしているココさんにやられっぱなしだ。勝てない感じも先輩に似てる。
どんな話題を出すか悩んでいると、店長さんが大皿と取り皿を二つずつ、カウンターに置いた。中華の正体は、餡かけ焼きそばと油淋鶏だったようだ。すごく美味しそう。
「いただきます」
「いただきまーす」
「あ、そういえば食べてないんでしたっけ」
「そうだよー。クグルちゃんが来るまで食べないで待ってたんだから」
「……ありがとうございます」
ココさんは、本質的には優しくて懐の広い人だ。彼女こそ、真の意味でのクラスの中心人物だろう。
空腹も限界なので、取り皿によそって食事タイムに突入する。まずは油淋鶏から。
すごい、ザクザクの衣に絡むタレが最高に美味しい。ネギのシャキシャキ感、ゴマ油の香りとニンニクの風味。食べても食べても空腹が呼び起こされる錯覚に陥る。白米が欲しくなる味だ。
次に、熱々の餡がかかっている焼きそばを啜る。麺は堅焼きではなく、普通の焼きそばと同じくらいの硬さだ。ちぢれ麺に絡む餡がとろとろで、具材は大きめ。これも美味しい。
「とても美味しいです」
「でしょー。しかしアレだね、美味しいものを食べた時のクグルちゃんはいい顔するねー」
「そ、そうですか?」
「うん」
私がいつも先輩に対して思っていることを、ココさんに言われるとは思いもしなかった。
先輩も、私が何か食べている時にそう思ったりしているのだろうか。
人と接して、他人を通して見て感じる世界にさえ、先輩を感じてしまう。目と鼻と口に見えるパーツがあるだけで、ただの壁のシミが顔に見えるのと同じようなものだろう。そういう幻覚だ。
15分ほどでお互い完食して、そこからまた少し雑談をした。五十右さんと左々木さんのことも少し訊いてみたけど、私が心配するようなことは特に何も無さそうだった。
「それじゃー、そろそろ帰ろっか」
「えっと、おいくらでしょうか」
「シェアして食べたからー、割り勘にしよう。5百円払って」
「え、2品で千円は安すぎでは」
「家族価格だからねー」
「……と、言いますと」
「どうも、心の母の継です」
20代前半と評した私の目は、どうやら狂っていたらしい。え、いやでもどう見ても姉くらいの見た目だよ。
私の周辺には、心が読めるだけではなく年齢不相応な見た目の人ばかりなことを再認識した。
5百円を支払い、お礼をしてお店を後にした。階段を上り終えた私たちを、正午過ぎの太陽が歓迎する。
「それじゃー、また誘うねー」
「はい。先輩優先なので、あまり期待はしないでくださいね」
「わかってるよー」
お店の前で別れ、すっかり晴天となった雨上がりの道を一人で歩く。
今日の夜にでも、先輩に電話してみようかな。ココさんと遊んだなんて話したら、どんなリアクションをするか楽しみだ。
継は『中継』になるのは勿論のこと、『まま』とも読むんですよ。それだけ。




