盤外編:ディパーテッド
これもまた、ある意味で先輩と後輩の話。
「ケムリちゃん、ゾウさんって本当におっきいんだね」
「そうだね」
まさか、カサとサドちゃんに出会すとは思わなかった。遅かれ早かれ、タイラちゃんのことはいつか知られるとは思っていたケド。
タイラちゃんは生まれて初めての動物園のようで、ずっと目を輝かせている。まぁ、今までの境遇を考えれば当然か。絵本や図鑑の中の生き物を、現実で見た時の感動なんて久しく忘れていた。
「ケムリちゃんは、動物園って何回も来たことあるの?」
「割とポピュラーなデート先だからね。すぐホテルに行きたがる男よりはマシ」
「すぐホテルに行きたがるって、体力がないのかな」
「あー、うん。そんな感じ」
危ない。ホテルは宿泊をするところで、心身を休めるところという小学生からすれば当然の認識を、危うく歪めてしまうところだった。
ホテルに行きたがる奴は、逆に体力が有り余っているわけだケド。
「ね、ねぇ。ところでさ、さっきの人たちって」
「胸が大きい方が後輩で、その横の清楚で真面目そうな子が」
なんて説明しよう。カサとはまだ付き合ってないらしいし、私の直接の後輩でもないし。カサの友人ってことで良いか。
ほんの少し考えて、言葉を紡ぐ。
「──後輩と私の友人、だよ」
「ケムリちゃんにもお友だちがいたんだね」
「えっ」
随分と屈託のない綺麗な目で、さらっとヒドいことを言われた。そんな言葉で傷つくほど弱くはないケド。
「えっと、わたしにはお友だちがいないから……」
「私がいるでしょ」
「う、うん!」
可愛い。困ったな、こんなに可愛く思えてくるとは。カサにはああ言ったけど、本当に我慢できなくなるかもしれない。
手を繋いで動物園内を歩くだけで、私的には結構な幸福度だ。12人と付き合ってきたハズなのに、そのどれもが児戯にも等しく感じる。
「ん。触れ合いコーナーだって」
「ケムリちゃんは……行く?」
「行く行く。もふもふしよう」
猫アレルギーなんだけど、うさぎは大丈夫なのかな。動物の毛が全般的に無理なのか、ネコ科の体毛が無理なのかよくわかっていない。病院で診断書を貰ったわけでもないし。
小屋の中に入ると、木枠の中に芝生が敷かれていて、その上に沢山いるうさぎが出迎えてくれた。中々可愛いな。
コインロッカーに、餌が入っている。なるほど、百円で餌を買って食べさせることができるのか。
チラっとタイラちゃんの顔を一瞥すると、初めて見る小動物の可愛さにやられているらしかった。
私からすれば、タイラちゃんも小動物みたいなものだケド。
「……餌、買うね」
「い、いいの?」
「うん。1つ買って、2人で分けよ」
「ありがとう、ケムリちゃん」
「私もあげたかっただけだよ」
百円を入れて、鍵を回す。扉を開けて、野菜スティックの入った紙コップを取り出す。中身はニンジンと小松菜か。
「なぁアラちゃん、ここでうさぎと触れ合──」
触れ合いコーナーに、聞き覚えのある声とその主が入ってきた。カサといいサドちゃんといい、今日はどうなってるんだ。
「やぁ、二家」
「た、煙草屋先輩!?」
「久しぶり」
高校卒業以来、確か一度も会っていなかったな。カサの話によく出てくるから、あまり久しぶりという感じがしないケド。
一緒にいる、髪の長い制服姿の女の子はアラか。カロには店に行けば会えるけど、妹の方には滅多に会わない。
「お久しぶりっス……」
「タイラちゃん、餌全部あげる」
「えっ、ケムリちゃんは?」
「小屋の外で待ってるよ」
「変な気ぃ遣わないでくださいよ、煙草屋先輩」
「だって嫌いでしょ、私のこと」
カサもサドちゃんも、なんならタイラちゃんも、私のことを『いい人』だと思っているから、二家は貴重な存在だ。
ある意味で、私の本質を最もよくわかっている。
「ニケ。ちゃんと話した方がいいと思うよ、ですよ」
「アラちゃん……」
小屋を出かけた私の肩を、二家が掴んだ。珍しく大人の気遣いをしたというのに、引き止められてしまった。
「何」
「あ、あたしは……煙草屋先輩のことを尊敬してたんスよ」
「だから、何」
「どうしてあの時、引退前に辞めちゃったんスか!」
「バイトの日数を増やしたかったのと、彼氏と遊ぶ時間も欲しかったからだケド」
「カサっちから聞いたんスよ、怪我してたって」
カサ、余計なことを。今度会ったらお仕置だな。まぁ話した私に非があるか。
三年生の引退を前に、私は陸上部を辞めた。元々、二家には嫌われている節があったけど、あれをきっかけに更に嫌われた。と思っていたケド、まさか尊敬されていたとは。
長距離走をやっていたからだろうか。意外だ。
「どうして怪我のこと、話してくれなかったんスか」
「話しても治るわけじゃない」
「もう少しで、煙草屋先輩のタイムを越せそうだったのに」
「当時一年生だったお前が、私のタイムに迫っていたなんて凄いことだよ。今じゃ絶対勝てない」
「今勝ったって仕方ないんだよ。勝つところを見せたかったんスよ」
「勝ち逃げして悪かったね」
ぽん、と二家の頭に手を乗せる。ハラハラした顔でこちらを見守るタイラちゃんに微笑みつつ、二家の耳元で本音を吐露する。
「怪我して負け確定だったから、恥ずかしいところを見せたくなかったんだよ」
「煙草屋先輩……」
「こう見えて、案外プライド高いから」
「そんなこと、知ってるっスよ」
「へぇ」
小屋の中に全身を戻して、タイラちゃんの隣に座る。随分と心配させてしまったみたいだ。
私と二家の因縁なんて、私たち以外にはどうでもいい話だ。ほとんど全ての人達にとっては番外編に過ぎない蛇足だろう。
「アラちゃん、あたしたちも餌買おうぜ」
「それはいいけど、ちゃんとごめんなさいはしたの、ですか」
「……へ?」
「謝りなさい」
「……勝手に勘違いしてごめんなさい、煙草屋先輩」
「ケムリちゃんも」
タイラちゃんにつんつんと腕を突つかれる。ちゃんとごめんなさいが言える大人だというところを見せないと。
「私も、ちゃんと辞めるって言えば良かったね。ごめん」
「仲直りできたね、ですね」
「よかったね、ケムリちゃん」
どうでもいい話、というのは訂正しよう。
少なくとも2人、わざわざ私と二家の関係を心配してくれる人が身近に居ることがわかったから。
あとで先輩が怒られないことを願って。




