孤児院にて1
「フハハハハ!!待てガキどもー!!悪の大魔王である我がお前らを食ってやるー!!」
『キャー!!』
歓声を上げて逃げる子供達を、俺は後ろから追い掛ける。
と、逃げる途中で足がもつれたらしく、一人の子供が転んでしまった。
「おっと、気を付けて逃げるのだぞ。じゃないと悪い魔王に追い付かれてしまうからな」
「えへへ、ありがと、まおうしゃま」
「おう、気にするな。魔王は悪いヤツだが紳士なのだ」
立たせてやった子供の頭をポンポンと撫でてやってから俺は、再び「フハハハ!!」と悪の高笑いをしながら子供達を追い回す。
するとその時、俺の前に三人のちびっ子が立ち塞がった。
「わるいまおうめ!やっつけてやる!」
「現れたな、勇者ども!フッ、しかし我を貴様ら如きが倒せるかな?」
「くらえ!!聖剣のこうげきだ!!」
「ほのおのまほー!!」
「聖剣のこうげき、ツー!!」
ちびっ子達の攻撃に合わせ、俺は迫真の演技で吹っ飛び、よろめく振りをする。
「ぐわああああ!!ク、クソ……我が野望もここまで、か……。だが、油断せぬことだ。我を倒したところで、第二、第三の魔王が現れ、必ず貴様らを……わっ、ちょ、待て、ガキども、まだ口上の途中――うおっ!?ちょ、おま、あぶねぇだろ!?」
笑いながら途中で飛び掛かって来た子供を空中でキャッチすると、それを見ていた子供達が一緒になって俺に飛び掛かって来る。
「フフ、おにーさん、すっかり懐かれちゃったね。魔王役もすっかり板に付いちゃって」
もみくちゃにされて倒れた俺の近くにしゃがみ、こちらを見下ろす勇者が、クスクスと笑みを溢しながらそう言った。
「ま、本物だからな」
この子らもまさか、本物の魔王を相手に勇者ごっこをしているとは思わないだろう。
「随分と子供の相手をするのも上手いし」
「いつも家でやってるもんでね」
と言っても、我が家だとあの子らは魔王をやりたがるので、俺が勇者の役をやるのだが。勇者で魔王に襲い掛かって返り討ちにされる役。
我が家では正義は魔王なのである。
「お前もやるか?悪の大魔王。今なら漏れなく俺の仮面のスペアが付いてくるぞ」
「それはいらない」
即答ですか、そうですか。
そんな俺達の様子を、苦笑を浮かべて見守っていた女騎士――カロッタが、その隣にいた女性に話し掛ける。
「すまないな、急に押し掛けてしまって」
「気にしないでください、いつも私達は教会の方に助けられていますから。それに、子供達も楽しそうですので」
ここ――孤児院の管理をしている保母さんが、ニコニコしながらそう言った。
昨日のあの後、カロッタが俺達を連れて来たのが、この教会経営の孤児院だった。
どうも、今現在王都の中にある宿はほぼ閉まっているらしく、いまだ経営しているところは皆無に等しいそうだ。
教会保有の宿舎のような場所も、王都にどうにか集結させたなけなしの兵力を匿う為にすべて使用しているため、空いているのがここしかなかったそうだ。
何故、宿……というか、それ以外にも色々と閉まっているそうなのだが、王都にある店々が営業を行っていないのかと言うと――それは、完全に王都を封鎖していることに端を発する、食糧難が原因だ。
王都における食糧は、ほぼ周辺都市からの輸入で賄っているそうなのだが、しかしこの都市で政変が起こったために、食糧を運んで来る商人が寄り付かなくなったらしい。
――この時代の商人というものは、危険に敏感だ。
もしかしたら、戦乱に巻き込まれて命を落とすかもしれない。もしかしたら食糧をわざわざ持って来ても、軍に接収されるかもしれない。
そして実際に、中小規模の商会やそこに所属する商人が持って来た食糧は、買値の十分の一ぐらいの値段で買い叩かれているらしい。
そんな益にならないところ、わざわざ自分から行こうとはしないだろう。
大手の商会ともなれば安全に出入りも可能だが、しかし今のこの状況を足元に見て非常に高い値段で吹っ掛けているらしく、王都内における食糧の値段が著しく高騰。
そして余剰食糧も全て軍に接収されてしまっているため、今現在王都の市民は、今日のパン一つのために争わなければならないような、非常にマズい状況に陥っているようだ。
ちなみに、そんな事態を招いた王子とその不快な仲間達はというと、今のままではただの反逆者でしかないので、絶賛寝返り工作を行いまくっているらしい。
反王子派とまではいかなくとも、結構な数いる中立の貴族連中を説得して味方に付け、実質的な支配権を握ろうとしている訳だ。
故に、時間が無いのは反王子派だ。
今のところ優位な位置にいるのが王子派であり、日和見のヤツらがどんどんそっちに流れてしまっている。
そのせいで時間が経てば経つ程優位性が失われてしまうために、作戦会議の翌日に作戦を決行するという過密スケジュールになっているのだろう。
「ごめんなさいね、子供達の相手していただいて。お客様ですのに」
「いや、気にすんな。ただで泊めてもらった身だからな。これぐらいはするさ」
申し訳無さそうな表情を浮かべる保母さんに、俺はニヤリと笑みを浮かべて肩を竦める。
まあ、仮面を被っているので表情は見えないだろうが。
「……素性は問わないつもりだったが、何者なのか少々気になって来たな。若いように見えるが、もしかして子持ちなのか?」
女騎士が、こちらに向かってそう問い掛ける。
「いや、妹のようなものが二人いてな。いっつもその相手をしているもんで」
「ねぇ、仮面のおにいちゃん!!もういっかいまおうやってー!」
「おう、いいぞ。じゃあ、お前ら――」
と、言葉を続けようとしたところで、目の前の子供の腹からぐぅ、と小さく音が鳴る。
「何だ、腹減ってるのか?」
「うん……でも、お腹空いているのはみんなも一緒だから、仕方ないの」
――そうか、食糧難だったな、この都市。あんまり元気だから忘れていたが、ただ我慢していただけなのか。
分けてもらった朝飯も、正直貧相なものだったし、この子らはここのところ、ちゃんとしたものを食べていないのかもしれない。
ちょっと、気付くのが遅かったか。
「……よし、わかった。ネル、付いて来い。肉を焼くぞ」
「えっ……ちょ、ちょっと待って、何さ急に?」
「まずは何を置いても腹ごしらえだ。俺一人じゃ準備に時間掛かるから手伝え。すまん、台所借りるぞ」
「はい、どうぞご自由にお使いください」
そのまま勇者を強引に連れて台所へと引っ込んだ俺達を見て、ボソリとカロッタが呟いた。
「……それにしてもあの男、従者のはずだよな?」




