DP対策
鬱蒼と木々が生い茂り、微かな木漏れ日だけが木々の隙間から差し込む、深い森の中。
「――リル、レフィの位置は把握しているな?」
「クゥ」
「よし、一当てしたら一目散に逃げるぞ」
大人五人が手を伸ばしても届かないような胴回りの樹の下で、俺とリルは今、太い根っこの裏で身を隠すようにしゃがみながら、前方の様子を窺っていた。
俺は『隠密』スキルを発動して存在感をほぼ限りなく消し去り、リルもまた身体を小さくして普通の狼サイズにまでサイズダウンしている。
そして、その隠れている俺達の眼前には――口の周りを真っ赤に染め上げながら、何かの死体をガツガツと食らっている、蠍の下半身を持つ熊。
「やるぞ」
小さく隣のリルに呟いてから俺は、体内の魔力を練り上げ数匹の水龍を出現させると、ソイツに向かって即座に放つ。
中空を物凄いスピードで駆け抜ける、水龍達。
「ギウ……?」
結構距離があるのにもかかわらず、異変を感知した熊蠍野郎が顔を上げ――その鼻面に、俺が放った水龍がヒット。
が、残念ながらあの魔物は俺より大分ステータスが上なので、ブゥンと払った前脚に残りの水龍が当たると同時、魔法が弾けてしまい全くダメージを与えられなかったが……その刹那、俺の視界を激しい光が染め上げ、爆音が周囲一帯に轟く。
リルの、『雷魔法』である。
「ギギゥ……ッ!!」
濡れた身体に雷撃を食らわせられた熊蠍は、今度は流石に効いたらしく、苦痛の声を漏らすと――ゆっくりと、殺意に迸る眼光を俺達の方に向ける。
「釣れたッ!!逃げるぞリルッ!!」
「ガゥッ!!」
一瞬で巨大化し、元のサイズに戻った我がペットの背中に飛び乗ると同時、まるで爆発するかのような勢いでリルが森の中を駆け出す。
「ギアアアァァッッ!!」
と、背後から聞こえる、森の中を木霊する絶叫。
首を曲げて背後を振り返ると、怒り心頭、といった様子が一目で窺えるような形相を浮かべた熊蠍が、身体の蠍部分をちょっと気持ち悪いぐらいワシャワシャと高速で動かし、森の木々をなぎ倒しながら、俺達の後ろを追って来ている。
「おぉ、怖ぇ怖ぇ!!リル、いつかのクソ獣と戦った時を思い出すな!!」
「グルゥッ!!」
リルが、「それは確かにそうだが、今は真面目にやってくれ!」とでも言いたげな感じの鳴き声をあげるが、大丈夫。
あの魔物が、攻撃力は高いが足は遅く、そして魔法を使わない脳筋タイプの魔物であることはすでに把握している。
そういう魔物を狙って釣ったからな。
リルの速さなら余裕で振り切ることが出来る相手だし、油断さえしなければ逃げることは容易い。
……いや、まあ、今リルは「油断すんじゃねぇ」ってことを俺に言いたかったんだろうけどさ。
問題は倒す方法だが……それも、今回に関して言うと問題ない。
――そうして熊蠍から付かず離れずの距離感を保ち、時折俺が魔法で挑発を続けながら、森の中を逃げること数分。
やがて俺達は、森の少し開けた場所に辿り着き――そこで待っている、銀色の美しい髪を靡かせる、二本の角を生やした少女。
「レフィ!」
「うむ」
リルが彼女の横を走り抜け、俺が合図すると同時、待ち構えていたレフィが両腕を大きく横に広げ、そしてバチンとまっすぐ身体の前で閉じた。
――同時、俺達の背後を追って来ていた熊蠍の頭部が、パチュンと爆ぜる。
頭部を失ったソイツの身体は、まるで操り人形の糸が切れたかのように崩れ落ち、地面をガガガと削りながら滑って行き、そして停止した。
「……流石だな。コイツを一撃か」
レフィの横を抜けると同時に身体全身でブレーキを掛け、トテトテと歩いてレフィの横に並ぶリルの上で、ポツリとそう呟く。
あの熊蠍、相当皮膚の硬い魔物で、全く魔法も通らず刃も通らずで、リルと一緒に逃げ帰ったことのあるヤツだったんだが……。
「ま、此奴程度じゃな」
何ともないような様子で、肩を竦めるレフィ。
まあ実際、彼女にとっては片手間で済ませられるような強さの相手なのだろう。
魔力眼で見た限りだと、どうも高密度の魔力で出来た手のひらのようなものを出現させ、そしてバチンと本当の手のひらを閉じたのと同時に、敵の頭部を潰して脳漿をザクロの如くぶち撒けさせたようだ。
ホント、レフィの強さは底が知れないな。
同じことを俺がやろうとすれば、まず一回の発動でMPが二割は削られるだろうし、何より敵を圧壊させられる程の魔力の密度を保てないだろう。
圧倒的な魔力があってこそ、出来る技なのだと思われる。
しかもレフィのヤツ、これを連発しているしな。
「お主も、後百年もすればこれぐらいは簡単に出来るようになっとると思うぞ」
「そうかい」
……百年という歳月を聞いて、「あぁ、そんなもんで出来るのか」と思ってしまった辺り、大分俺も毒されて来ているな。
――レフィを連れて来たDP対策と言えど、やっていることはそんな突飛なことではない。
基本は今までと同じ魔物狩りで、ダンジョン領域内で魔物を襲い、狩って発生するDPと死体を変換することで手に入るDP、この二種類を得る。
これだけならば、普段の魔物狩りと同じであるが――今回は、相手が今までと同じではない。
現在俺達が相手しているのは、魔境の森において最も能力の高いヤツらがウジャウジャと棲息している、西エリアの魔物どもである。
強さが普段狩っている魔物とは段違いであるため、入って来るDPも桁が違い、一時的な措置としては十分過ぎる効果を発揮出来る。
まあ、普段ならば、敵が強過ぎて本気でやっても死に掛けるので、俺も近寄らないしペット達にも西エリアに入り込むなと厳命しているのだが……今回は、話が別だ。
今の俺達には、この魔境の森ですら最強を誇る心強い味方、レフィが付いて来ている。
基本的な戦略としては、まず俺とリル、そして他のペット四匹に別れ、狙った魔物をダンジョンエリアとして組み込んでいる場所までおびき出す。
上手く釣って来たところで、後は待ち伏せしていたレフィにバトンタッチし、覇龍の力を遺憾なく発揮してもらい、敵にトドメを刺してもらうのだ。
普段の龍形態のレフィであると、敵はレフィから漏れ出す圧倒的な力にビビッて逃げ出してしまうか、より一層警戒して倒すまでに少し時間が掛かってしまうのだが、現在のレフィは少女の姿のまま。
で、しかも気配を断つよう頼んであるので、並大抵の魔物では彼女の脅威を見抜くことが出来ず、まんまと釣られてぶっ殺される訳だ。
実際、釣って来た魔物の中で、レフィの脅威を感じ取って途中で逃げたヤツはいないため、今のところ作戦は成功であると言えるだろう。
覇龍様万歳。
マジでレフィがいなければ、今頃俺は詰んでいたかもしれない。
むしろ、俺はいらないんじゃないかって気がしなくもないが、ほら、一応俺、司令塔だしさ。
ペット達に指示を出すのは俺しか出来ないことなので、いらないってことはないはずだ。うん。
――ちなみに今回、俺は戦わず、ちょっかいを出して逃げることの方が大切なので、かなり重量のあるエンは連れて来ていない。
一応、手ぶらではなく武器も持って来ているが、装備しているのは大剣ではなく初期の頃に少しだけ使っていた鉄筋である。
叩き潰す系の武器、やっぱり使いやすいんだよなぁ……。
と言ってもただの鉄筋ではなく、この世界の希少金属、アダマンタイトが主な材質として使われており、さらにリルの首に巻いた『伸縮自在の首輪』をレイラに解析してもらい、抽出した魔術回路『伸縮自在』を組み込んであるため、それはもう如意棒の如く伸ばしたい限り伸ばすことが可能だ。
しかも、魔法が発動しやすいよう『魔法効果上昇:極大』と、レイラが知っていた『魔力伝導率:大』の魔術回路も組み込んであるため、魔法の発動にも多大な補正が掛かる。
これ一本で何でも出来ちゃう、ハイテク鉄筋である。
殺傷能力自体はエンに遠く及ばないが、使い勝手は非常に良いと言えるだろう。
……ふと思ったのだが、果たしてアダマンタイトを材質とした鉄筋を、鉄筋と呼んでも良いものだろうか。
……アダマンタイト筋じゃあ、訳わかんないから鉄筋で別にいいか。
「そう言えば、お主らの少し前に来たのじゃが、他のペットどもも大分成長しておるな。以前と比べてかなり賢くなっておるし」
「へへへ、だろ? ウチのペットどもは主に似て優秀なんだ」
「リルに似て優秀、の間違いじゃな」
まあ、はい。
その通りです。
むしろペットどもの教育に関して言えば、俺はヤツらにじゃれついてふざけるだけなので、邪魔しかしてないです。
へへ。
* * *
「ふー……貯まった貯まった」
俺は思い切り身体を伸ばし、後ろで伏せをしているリルの身体に倒れ込んだ。
フサフサで滑らかな感触の体毛が俺の身体を包み込み、リルの地肌の温もりがよく感じられる。
そのまま俺は、リルにもたれるようにしてズルズルと腰を下ろしていき、地面に座り込む。
「お、良い椅子じゃ」
「ぐおっ」
と、今度はそれを見たレフィが、良い椅子を見つけたとばかりに、俺の膝の上にストンと腰を下ろして乗っかる。
「流石に、ちと疲れたわ。これだけ協力したのじゃ、帰ったら儂の食いたい菓子でも出してもらおうかの?」
「げっへっへ、勿論構いませんよ、お代官様ァ。どうぞこれからも、ご贔屓に願いますよォ?」
「……何じゃ、その媚びた口調は」
突然悪役口調で話し始めた俺を、気味悪そうな目で見下ろすレフィ。
そんな彼女に笑ってから、俺は言葉を続ける。
「俺は、帰ったら湯に浸かりてぇな。んで、風呂上がりに酒でも飲んで、気持ち良く布団に潜り込みたいところだ」
「お、それは良い考えじゃの。それを儂に言ったからには、勿論のこと、儂の分の酒も用意してくれるのじゃろうな?」
「ハハ、晩酌に付き合っていただけるのであれば、いくらでもご用意させていただきましょう」
そんな無駄遣いをするだけのDPは、レフィのおかげで今日メチャクチャ確保出来た訳だし、それとは別に、実は魔界の王から報酬として、酒を樽で五つぐらい貰って来たからな。
これだけあれば、二か月は余裕で持つことだろう。
近い内、他のヤツらも巻き込んで、宴会でもしたいところだ。
ま、その場合、幼女組はジュースだがな!
「よし、決まりじゃの。となれば、早く帰るぞユキ。菓子と飯と風呂と酒が儂を待っておる」
「おう、ずいぶん色々待ってるんだな」
ポンと俺の上から立ち上がる彼女に続き、俺もまたリルから離れ、立ち上がる。
「そんじゃ、我が家に帰るか。――お前ら、ありがとな。また近い内そっち行くから、そん時皆で散歩にでも行こう」
その俺の言葉に、我がペット達がそれぞれ鳴き声をあげて答える。
そんな可愛らしいペット達の身体を、俺はそれぞれ撫でて労を労ってから、レフィと共に帰途に就いたのだった。
ペット達の話をもっと書いてやりたい。




