道すがら
「う……眩しい」
洞窟から外に出た瞬間、忌々しそうに顔を顰め、手で日陰を作りながら太陽を睨み付ける我が嫁さん。
「……お前、そう言えば以前外に出たのはいつだ?」
「そうじゃな……ちょっと覚えとらんな。最近は居間を出たとしても、城の前の草原におることが多いからの」
「あぁ……イルーナ達にせがまれてな。お前も随分子守りが上手くなったもんだ」
「フフ、儂もそう思うわ。ま、儂が少し本気を出せば、幼子の相手も余裕ということじゃな!」
ニヤリと笑い、肩を竦めるレフィに、苦笑を浮かべる。
「ハハ、流石覇龍様で。いつも助かっていますよ」
「それがわかっておるなら、儂をもっと敬うが良い。そうじゃな……儂の偉大さがよくわかるように、肩車でもするが良いぞ」
「へいへい、仰せのままに」
わざとらしい様子で胸を張りながらそう言うレフィに、俺は笑いながら彼女の後ろに回ると、身を屈ませて細く白い足の間に首を通し、グイと一気に立ち上がった。
「うむ。やはり肩車は良いな。視点が高いのが良い」
「けど、飛んでる時はもっと高さがあるだろ?」
「空を翔る時は、それはそれで気持ち良いがの。じゃが、肩車というのは、お主を通して、お主と共に、大地と地続きで繋がっておる訳じゃ」
「……地続きか」
レフィは、その声色だけで機嫌が良いとわかるような口調で、言葉を紡ぐ。
「お主と触れ合っている部分と、そしてお主が歩く大地から伝わる微かな衝撃。それが、何とも心地が良く、安心出来る。……ただ一人きりで、寂しく大地に立っていては、この感覚は味わえない」
俺は、少しだけ何と言うべきか悩んでから――すぐに、からかうようにして口を開いた。
「お前が寂しがるなら、いつでも肩車してやるさ。なんせ、大事な大事な嫁さんだからな。何なら、寂しくないよう抱っこしてやってもいいぞ」
「……フン、茶化すでないわ、戯け」
ちょっとだけ照れ臭そうな口調で、銀髪の龍少女はそう言った。
その顔は見えないが……きっと彼女は今、恥ずかしそうな表情を浮かべていることだろう。
一緒に付いて来ていたリルが、背後で「クゥ……」と何となく呆れたような鳴き声を漏らしたのが聞こえたが、俺達は聞こえないフリをして、肩車の状態のまま先を進む。
「――それにしてもお主、そのでぃーぴー対策とやらをするならば、リューの親族をダンジョンに引き入れれば良かったのではないか?」
「いや、それもちょっとは考えたけど、彼らは元の家に家族を残して来てたから無理だろ。ソイツら全員、引き連れてここまで来るのも難しいだろうしな」
今回、こんなところにまでやって来た彼らは、集落の男衆の三分の二程だという話だった。
当然残して来た家族や仲間がいる訳だし、ここに留まるなんて選択肢を取れるはずもないだろう。
……まあ、それに……こう言ってはアレだが、部外者が我が家で暮らすのは、ちょっと俺が嫌だったのだ。
リューが嫁さんの一人となった以上、リューの親父などの血筋の者達は一応身内と言える存在にはなった訳だが、それは言葉上だけの話だ。
感情としては、また別。
何せ、彼らとは三日も一緒にいなかったのだから。
そんな相手と、非常に広い敷地があるとは言え実質的に同居することになるというのは、少々憚られるところがある。
何かあったら助けに行く、ぐらいのことはするつもりだが、同じ敷地で生活するのは感情的にちょっとご遠慮願いたい。
俺は、今の我が家の面々との生活を崩すつもりはないのだ。
「あー……まあ、確かにそうじゃな。彼奴らの実力では、お主が助けなければ死んでいたであろうしな。この土地に越すのは無理があるか」
「大体、何でここはこんなに魔物が強いんだよ。最近この森の外にも出るようになったからわかったけど、ここの魔物の個体の強さは何かちょっとおかしいぞ」
「まあ、それはやはり、魔素が濃いというのが一番の理由じゃろうがな。魔素に順応し、魔力を豊富に蓄える魔物は、肉体も影響を受け変化しやすい。植物も魔素を含んで肥えるから、大きく栄養高く育ち、そしてそれを食べる魔物が成長する。そうやってどんどん循環していったのじゃろう」
……なるほど、食物連鎖に『魔素』という要素が入り込んだことで、ここの魔物は精強になった訳か。
「……じゃあ、そもそもここは、何で魔素が豊富なんだろうな」
「むっ……確かにそうじゃの。根本的な部分は、あまり考えたことが……いや、そう言えば昔、儂がこの地に来ようとした時、古龍の老骨どもに何か聞かされたことがあったな」
「へぇ……?」
……一つ疑問に思ったのだが、レフィが言う昔って、どのレベルで昔なのだろうか。
内心でそんなことを考えながらも、俺は言葉を続ける。
「どんな話なんだ?」
「何でも、古龍の老骨どものまたその親の世代に聞かされたそうじゃが、どうもこの地は、遥か太古に『神』が没した地なのじゃと。それ故、その神とやらが宿していた魔力が広範囲に拡散し、この森になった、とかいう話じゃ」
……神が没した地、と来たか。
何ともファンタジー的だ。
「……けど、神ってこの世界にはいないんじゃなかったのか? お前が見たことないってぐらいだし」
「儂とて全てを知っておる訳ではない。儂の知らぬものはこの世に数多存在するし、知っていても見たことないものもまた無数にある。……ただ、そうじゃな。この地で没した神というのは、恐らく神と崇め奉られる程長く生きた、魔物じゃと儂は考えておる」
「……魔物が神、か」
害獣として扱われる魔物が神とは、随分と出世したものだ。
「呼び名とは、その時その時で変わるもの。儂が『レフィシオス』としてこの世に生まれ、『覇龍』として恐れられ、そして今は『レフィ』とお主に呼ばれておるようにの。魔物が神と呼ばれておっても、何らおかしくはない訳じゃ」
そして、彼女は肩車の上から俺の顔を覗き込み、二ッと笑う。
「どうじゃ、面白いじゃろう? 儂ら長命種は、ただ生きて死ぬだけで、この世に証を穿つ。それは、お主ら人種が言うこの世界の歴史――つまり、伝説じゃ」
生きた証――即ち、伝説。
何とも、壮大な話である。
だが――確かに面白いと、俺は思った。
「……じゃあお前も、後千年も生きれば、神として崇められるかもな。現時点で伝説だし」
「フフ、ならばお主は、その頃神の夫じゃな。やったの、木端魔王から大出世じゃぞ」
「そりゃあいい。お前と並んで世界に証を刻める訳だ。名前負けして恥ずかしくないよう、それまでに木端魔王から恐怖の大魔王ぐらいには、なっておくとするよ」
「うむ。是非そうするが良い。それまでは神となるのは待っていてやろう」
そう言って、俺とレフィは、互いに笑い合った。




