親という生き物《2》
――自分は、どうやら、間違っていたようだ。
「アンタの言うこと、全て理解した。その上で、リューのことは、俺が責任持って預からせてもらおう」
対面している青年の瞳に込められた意思は、自分の眼が節穴でないのであれば、彼の言葉が本心からの言葉であるのだと、真摯なまでに表している。
その彼の腕に抱かれているのは、頬を赤く染め、チラチラと青年のことを気にしている様子の、自身の娘。
全く……何故、こうなったのか。
この二人の様子を見れば、目の前の青年が娘を大事に思っていることはよくわかるし、娘もまた、青年のことを憎からず思っているらしいということは、一目見ればすぐにわかるだろう。
娘は、魔王の下で酷い扱いを受けているか、すでに死んでいるかのどちらかだと思っていたのだが……現実とは、往々にして想像を容易に超越するのだ。
……まさか、帰って来ない理由が、ただ家に帰りたくなかっただけだったとは、流石に思っていなかった。
元々リューは、閉鎖的な集落のことをあまり良く思っていない節があり、常々外の世界へと思いを馳せている一面があることは知っていた。
だが、未婚の年若い女が一人で出歩ける程世の治安は良いものではないし、これも娘のためだと思って集落にずっと置いていたのだが……恐らくは、自分の教育が間違っていたのだろう。
想定外と言えば、この目の前の魔王もそうだ。
こう言ってはアレだが、ここまでまともな魔王が存在するのだということも、ベルギルスにとっては想像だにしないことであった。
娘も含め、周囲に女性を侍らせているところは魔王的であると言えるだろうが、しかし随分と理知的である上に、しっかりと筋も通す。
その女性陣もまた、この魔王を信頼している様子が窺えるし、無理やり魔王が自身の住処に居させている、という訳ではないことがすぐにわかる
この青年は、魔王である前に一人の青年なのだ。
――この男であれば、娘のことを任せてもいいだろう。
自分達が束になっても敵わない実力があり、それでいて傲慢さも感じられない。
そして何より、この男であれば、娘のことをちゃんと対等に見て、共に生きることが出来るはずだ。
「……わかった。ライノートと我が一族の者達には、俺から伝えておく。この男には言ったが、一年後にまた、ここに来させてもらおう。それまでに、しかと妻として相応しい振る舞いを身に付けておくことだ」
ベルギルスの言葉に、パァッと、まるで花のような笑顔を浮かべる自身の娘。
その表情は、彼が今まで見たこと無いような、満開という言葉がピッタリ来るような笑顔で。
ベルギルスはこれで良かったのだという思いと同時に、娘が自身に見せたことのない笑顔を浮かべていることに何だか寂寥を感じ、複雑な表情で苦笑を浮かべたのだった。
* * *
来客用に使っているらしい、見たことのない様式だが趣のある旅館。
辺りはすでに暗闇となり、ふと前を見れば、魔王の住んでいるらしい城がボウ、と星空に浮かび上がるような、一種恐ろしくも幻想的な光景が広がっている。
「――魔王。一つ聞きたい」
娘婿となった魔王の好意によって歓待を受け、部下達が酒を飲んで騒いでいる声を背景に、ベルギルスは旅館の縁側で、前方に広がる景色を眺めながらそう口を開いた。
「? 何だ?」
「貴様は、娘の何が気に入ったのだ?」
「……いきなり答えにくい質問が来たな」
そう言って、歳相応に見える苦笑を浮かべてから、魔王は言葉を続けた。
「そうだな……一緒にいて気楽、ってのが一番だな」
「ほう?」
「リューは、一緒にふざけられるんだ。くだらないことを一緒にやって、子供みたいなくだらないやり取りで笑えるんだ。やっぱり、長く共にいるつもりなら、気を遣わなきゃならんような関係より、そうやって楽にいられる方がいいだろう?」
魔王の言葉を聞きながら、ベルギルスは自身の娘の方へ視線を向ける。
リューは今、自身の成長を見せられるのが嬉しいのか、若干得意げな表情で皆の給仕を行っており、久しぶりに会った部族の者達と楽しそうに会話を交わしている。
……あの娘はどちらかと言うとおてんばな方で、ウォーウルフの男どもであると、嫁とするならば大人しい性格の方が良いという者が多いのだが……まあ、その辺りは十人十色ということか。
ユキという名のこの青年は魔王である訳だし、常人とは少し違った感性をしているのだろう。
娘もまた、良い相手を見つけたものだ。
「……娘は、ここではどう暮らしているのだ?」
「リューと……あそこにいる、のほほんとしている羊角のメイドさん、レイラっつーんだけど、二人のことは最初にメイドとして雇ったから、基本は家事を手伝ってもらっている。…‥まあ、手付きはちょっと怪しいが、最近は慣れて来たな」
魔王の言葉に、ベルギルスは苦笑いを浮かべる。
「あー……済まぬ。甘やかしたつもりはないんだが、一応アレでも、族長の俺の娘だったのでな。あまり、そういったことは教えて来なかったのだ」
「ハハ、まあ、得手不得手は誰にでもあるしな。リューはいつも元気で、その場にいるだけでみんな明るくする。ムードメイカーってヤツだな」
「フッ……そう言ってくれると、親としては誇らしい限りだがな」
「あぁ、誇っていいと思うぞ。アンタの娘は、場の空気を良くする。……そうだな、次はリューの昔話が聞きたい」
そう言いながら、彼は徳利を傾け、ベルギルスの持つ杯に注ぐ。
ベルギルスは礼を言って杯を傾け、口を少し濡らしてから、言葉を続ける。
「昔話か……」
「俺、その辺りのこと全然知らないんだ。リュー、あんまりそういう話をするのが得意じゃないらしくてな。アイツが、どうやって集落で過ごしていたか、聞きたい」
「……ふむ。アレは少し、変わった娘でな。昔から、ずっと外にあこがれていて――」
――その後、ベルギルスによる昔話は、途中で二人が話している内容に気が付いたリューが、顔を真っ赤にして慌てて止めに来るまで続いた。




