二人
――真・玉座の間を出て行ったネルは、すぐに見つけることが出来た。
ダンジョン内部なので、マップで探して一発だった。
その見つけた彼女は、恥ずかしさからか両頬に手を当てながら、草原エリアの様子が一望出来る城の窓の前で、外をぼう、と眺めていた。
「……あー、よ、よう、ネル」
「――っ!お、おにーさん……」
声を掛けると、彼女はバッとこちらを振り返り、一瞬で顔を真っ赤っ赤に染め上げ、動きを止める。
俺もまた、勇者の少女に何を言えばいいのかわからず、しばし口を開けたままの状態で動きを止めていたが、ふと彼女に渡すものがあったことを思い出し、アイテムボックスを開いて、止まっていた口を再度動かす。
「……その、ネル、とりあえずこれ。返すよ」
「っ!デュランダル!」
名:デュランダル
品質:S++
攻撃:1029
耐久:1692
保有魔力:1002
固有スキル:認識阻害、不滅
スキル:自己修復Lv.8
称号:秩序の守護聖剣、不滅の刃
特殊効果
・魔法効果上昇:大
・物理攻撃上昇:大
・回復効果上昇:大
勇者のみが使用を許される、守護の剣。その刀身は決して折れることはなく、ただ刃で以て人々を守り続ける。勇者のクラスに就く者が装備時のみ、全ステータスを1.5倍にする。
――俺が取り出したのは、ネルが腰に下げていた、聖剣。
俺が拾った時には抜き身で落ちていたので、今は簡素な造りの魔王ユキ製革鞘に納められている。
それにしても、バカみたいに耐久が高い剣だ。
性能的にも、大分強くなったはずのエンより高いのだが……ま、まあ、その分エンには有用なスキルや特殊効果とかがあるからな!
それに、エンの成長は未だ止まっていない。すでに完成形としてあるネルの聖剣よりは、ウチの子の方が潜在能力は圧倒的に上なはずだ。
また、細かいところだがエンには種族『魔剣』と表示されたのに対し、こっちのデュランダルに種族が表示されないのは、やはりエンの方が特別なのだろう。
そうだ。エンは特別なのだ。
そんじょそこらの聖剣と一緒にするなよ。
と、そこでようやく彼女は、恥ずかしそうな表情から初めて別の表情を浮かべ、ひどく安堵した様子で俺から聖剣を受け取る。
「よ、よかった、あのまま敵に取られちゃったかと……おにーさんが拾ってくれたの?」
「あぁ。一際キラキラ輝きながら落ちてたからな。すぐに目に付いたわ。戦ってる最中にでも落としたのか?」
「うん……実は、一回捕まっちゃってね、僕。相手がおマヌケさんだったから何とか振り解けたけど、その時にデュランダルを蹴り飛ばされちゃって」
「お前、よくそんな武器が無い状態で、逃げられたな」
「……うん、おにーさんから貰ったコレがあったからね」
そう言って彼女が後ろ腰から外し、こちらに見せたのは……そりゃ、月華か。
前に、俺が人間の国の王都であげた短剣だな。
……そうか。
使ってくれていたのか、ソレ。
「このゲッカのおかげで、まだ戦えたんだ。だから……ありがとう、おにーさん。僕を、助けてくれて」
「ハハ、そりゃ、俺が助けたっつーよりは、お前が頑張っただけだ。俺は別に、何にもしてねーよ」
肩を竦めてそう言うも、しかし、ネルはふるふると首を横に振る。
「ううん、それだけじゃなくて。僕が、こうして普通にしていられて、こうやっておにーさんと会話が出来ているのは、全部おにーさんのおかげなんだ。――僕はあの時、死ぬつもりだった」
「…………」
彼女の言葉に、俺は黙って耳を傾ける。
「いや、まあ、別に自殺するつもりなんかは毛頭無かったけどね?けど、敵も多かったし、僕も限界だったし。本当は怖くて泣きそうで、すぐにでも逃げ出したかったんだけど……僕は腐っても勇者だから。このまま僕は、ここで戦って、ここで死ぬんだって思ってた。――でも、そうはならなかった」
小さく微笑みを浮かべ、彼女は言葉を続ける。
「おにーさんが、僕を助けてくれたからね。死の直前だった、僕を。……僕、あの時はおにーさんのこと、白馬の王子様みたいに見えたんだよ?」
そう言う少女に、俺は照れ隠しから、苦笑を溢す。
「……似合わないことこの上ねーな」
そんな俺の感情などお見通しなのか、ネルは優しい慈愛の感じられる表情で俺を見てから、わざとらしい仕草でため息を吐き出し、小さい子供を叱るような様子で、両手を腰に置く。
「ほんとだよ。おにーさんは基本的に粗野だし、デリカシーが無いし、お馬鹿だし、自分勝手だし、変なことにこだわるし、デリカシーが無いし。僕の白馬の王子様のイメージを返して欲しいよ」
「お、おう。す、すまん」
デリカシーが無いを二回言ったな、コイツ。
「まったく、おにーさんはもうちょっと、体面というものを気にした方がいいと思う。魔王だと言っても、あんまりお馬鹿なことをしていると、甘く見られちゃうんだからね?」
「ウ、ウッス。気を付けます」
年下の女の子に説教され、若干委縮する俺。
我ながら大分情けない図である。
「ん、わかったならよろしい!」
フフ、と楽しそうに笑うとネルは、一瞬何か言おうとしたのを躊躇った素振りを見せてから、やがて何事もなかったかのようにニコッと笑みを浮かべ、口を開いた。
「……だからね、僕が言いたかったのは、それだけ!レフィ達が言っていたことは、何にも気にしなくてもいいから!」
「……ネル」
「そんな顔しないでいいの!僕は、確かにおにーさんのことが好きだけど、でもそれは、助けてくれた恩人とか、そういう感じの想いだから!ちょっと、レフィ達が勘違いして、暴走しただけ」
俺に、辛い思いをさせないためか。
ネルは、痛々しいまでの笑顔を浮かべ、そう言葉を続ける。
「だから……だから、おにーさんは、何にも気にしなくていいの。いつもみたいに、普通に接してくれれば、僕は……それで、満足だから」
自分に言い聞かせるようにして話す、その彼女の表情を見て、俺は――。
「――ったく」
――彼女の頭にポンと手を置き、その頭をぐしぐしと乱暴に撫でた。
「わっ……!」
「何を言っているのか、全然わかんねーよ。それに、俺より年下が、俺のことを気遣ってんじゃねぇ」
「~~!よ、よく言うよ!僕より子供っぽい性格しているくせに!」
俺の手をパシッとはたき、わかりやすく頬を膨らませてそう言うネルに、ニヤリと笑みを浮かべる俺。
「ワハハハ、そうだ、俺は魔王だからな!魔王とは本質的にわがままで自分勝手な生物なのだ!」
「くっ……し、信じらんない!僕は今、すごく真面目な話をしていたのに!というか、おにーさんはそうやって、何か都合が悪くなると『魔王だから』で流すの、やめた方がいいと思う!」
おう、よくわかってらっしゃる。
「魔王はいいぞ、魔王は。自由で我慢しなくていいからな。そんな自由を謳歌する魔王であるからこそ言うが、お前はアレだな。俺とは逆に、何でもかんでも『勇者だから』で自分を殺そうとするの、やめた方がいいぞ」
「……別に、殺してる訳じゃないさ」
怒りの表情を引っ込め、そう溢す彼女に、俺は首を横に振って言葉を続ける。
「いいや、お前がどう思っていようが、傍から見ていれば一発だ。そうやって自分を殺してでも、相手を思いやれるのはお前の美徳なんだろうが、それで損をするのであれば話は別だ。――お前、ウチにいたんだろ?見たか、アイツら。誰も彼もが本能に準じて生きてやがるぞ」
「……フフ、うん、確かにそうだね」
俺の言葉に、ネルの口から思わずといった様子で少しだけ笑みが零れる。
きっと彼女もまた、我が家の面々の自由っぷり、カオスっぷりに、直面したのだろう。
なんせ、レフィはともかく、我が家ではイルーナやシィまでもが自由に生きてやがるからな。
「お前はちょっと、肩ひじを張り過ぎだ。勇者って役割を必死に演じようと躍起になってるように見える。勇者であったとしても、もっと、自由に生きていいんだぞ」
「…………」
「――お前は、本当は何がやりたいんだ?」
その俺の問いに、キュ、と口を噤むネル。
泣きそうな、奥底に押し込んだものが決壊してしまいそうな表情で、しばし押し黙っていた彼女は、やがて小さく口を開く。
「僕は……おにーさん達と――おにーさんと、一緒にいたい」
「よし、なら一緒にいればいい。ウチの面々はお前を嫌がらないし、むしろ大歓迎だ。当然俺もな」
まあ、以前は若干リューがネルのことを警戒していたようだが、アイツは単純なので、一緒にいればすぐに懐くだろう。
「……その、さっきの話だけどな。俺も、急にこんなことになって、困惑したというか……」
「……うん、ごめんね。迷惑だったよね」
ちょっと寂しそうにそう言う彼女に、俺は慌てて首を横に振る。
「い、いや、そうじゃない。その……正直に言おう。俺は単純だから、お前が想ってくれているって知って、すげー嬉しかった」
「……そ、そう?」
「あぁ。……その、お前が、身体中ボロボロにしていた時、実は大分頭の中が沸騰しててな。その時、俺は意外と、コイツのことが気に入っていたんだなって思ってさ。我が家の面々と同じぐらいには、お前のことを、す、好いていたんだって」
「…………」
「でも、俺にはもう、レフィって嫁さんがいるから、不義理なことは出来ないって思ってたんだけど……そのレフィ当人に言われちまってな。『心底惚れられた女の一人ぐらい、面倒を見るぐらいの男気、見せたらどうだ?』って」
「……フフ、確かに、レフィなら言いそうだね」
クスッと笑みを溢した彼女に、俺は気恥ずかしさで止まりそうになる口を動かしながら、その言葉を紡ぐ。
「だから、お、お前がいいのであれば……ウ、ウチでしばらく暮らさないか?」
「このお城で?」
「あぁ。お前がケガをして、ウチにいるってことはお前の仲間達に伝えてある。だから、療養ってことでさ。無事だと伝えるなら、近くに、ええっと……アルフィーロの街だったか?があるから、そこに手紙を出せばいい」
「……でも」
「あれだけ頑張ったんだ。だったらお前も、ちょっとぐらい自分のやりたいことをやったって誰も文句は言わないさ。それに俺も……あー、その、お前がウチにいてくれたら、嬉しいからな」
顔が赤くなりそうになるのを誤魔化すため、正面の彼女から顔を背けながら、俺は言葉を続ける。
レフィの時は、すんなり口から言葉が出ていたのだが……まあ、あの時は死に掛けた後だったからか。
恐らく、大分精神が戦闘後でハイになっちゃっていたのだろう。
「レフィ達が言っていた嫁とかどうとかは……まあ、今は置いておこう。お前も言っていたけど、些か話が急過ぎる。だから、その……お、お互いをもう少し、よく知るために、と言いますか。ウチでしばらく一緒に暮らして、もう少し仲を深められたら、いいかなと」
自分でも情けない顔をしているだろうと感じる表情で、しどろもどりになりながら話す俺を見て、ネルは少し元気が戻って来たらしく、口端を小さく笑みの形に歪める。
「それは、あれかな?お付き合いを前提に、お友達から、っていうやつかな?」
「ま、まあそうね、そういうことよ。……大分、俺にとって都合の良い、すごいカッコ悪いことばっか言っているのはわかってるんだが……」
「ううん、そんなことないよ。カッコ悪くなんて、全然そんなことない」
「……そ、そうか?」
「うん。おにーさんなりに、レフィ達のことも、僕のことも、傷付けないようにって、すっごく悩んだんだなってことが、よくわかるから」
そう言って彼女は、微笑みを浮かべる。
「――わかった。それじゃあ、もう少しだけこのお城で暮らして……おにーさん達と一緒にいても、いいかな?」
その彼女に、俺もまたニヤリと笑みを浮かべ、答える。
「あぁ。大歓迎だ。――そんじゃ、しばらく我が魔王城で療養してってくれ、勇者さんよ」
「フフ、療養ね。そうだね、僕は疲れちゃったから」
「おっと、それはいけねーな。何でも言ってくれたまえ、この城の主として、客人には最大限のもてなしをしてやろう」
フハハハ、我が魔王城には、旅館も、温泉も、綺麗な景色も、元気な幼女達も、全て揃っております。
お客様のニーズに合わせ、ご希望のサービスを提供することが可能です。是非、遊びに来てください。
「それじゃあ――少しだけ」
そして、ネルは――ギュッと、俺の腰に腕を回し、俺の身体に頭を預けて来る。
肌を通して伝わる、彼女の体温。
柔らかい、女性らしい身体の感触。
「えっ、あの、えっと……ネ、ネルさん?」
一瞬で素に帰り、狼狽えながらそう言うと、俺の胸の中で彼女は、ポツリと言葉を溢す。
「……あったかい」
俺より小さく、華奢で。
しかし、その身に宿すには大き過ぎる責務を背負う少女に、俺は――。
「…………」
――ただ無言でその頭に手を置き、優しく、クシャリと撫でた。
お知らせ:近い内に、タイトルを変更します。




