対峙《1》
ネルのいない勇者一行に関しての話は、また近日。
『さてさて、やってまいりました、準決勝のお時間ですッッ!!』
司会のテンションに釣られ、会場のボルテージが、一段階上昇する。
『選手をご紹介致しましょう!!以前の試合では物凄い戦いを見せてくれた、傲岸不遜、恐れ知らずのこの男!!今回もまた、以前と同じアツい試合を期待したいところ!!ユプゥゥゥゥシロオオォォォォン!!』
「…………」
観客の歓声に俺は、ただ黙って歩みを進め、肩に担いだエンと共にステージの中央付近へと降り立つ。
『対するは!!変幻自在の両手足から、どのような奇抜な攻撃も可能!!そのトリッキーな動きで、ここまで降して来た相手は数知れず!!メジャァァァグリイイィィィィィ!!』
そして、俺の反対側から現れるは、異様に手足が長く、腕の関節が二つ存在し、布で口元を隠した男。
この容姿は確か、魔界の王から事前に要注意人物として教わっていた者の一人だ。
「ケヒヒ、お前、何をしたんだ?俺のところにまで、お前をボコボコにしてぶちのめせ、というお達しが来ているぞ?」
「…………」
無言の俺に、手長足長男はつまらなさそうな表情を浮かべると、処置無しとでも言いたげな様子で肩を竦める。
「……愛想の無いヤツめ。ケヒ、まあいい。お前はここで、俺に無様に倒されて退場していけ!」
『――それではッッ!!試合開始!!』
カァン、とゴングが鳴らされた――その瞬間。
俺は、ほぼ瞬間移動のような勢いで彼我の間合いを詰め、鞘に入ったままのエンをソイツの顔面に向かって、思い切り振り抜く。
「――ッ」
今までの試合で、俺がこんな面白みもへったくれもない奇襲染みた攻撃をしたことは無かったので、油断してしまったのだろう。
初動が、一歩遅れる。
手長足長男は、準決勝まで登り詰めた選手であるというのは伊達ではないようで、流石の反応速度で防御に移ろうとはするが……一瞬と言えど、不意を突かれた代償は大きい。
防御されそうだと気付いた俺は、瞬時に軌道を変え、相手のがら空きの胴へと狙いを移す。
変化した軌道には手長足長は対処し切れず、鞘に入ったままのエンの刀身はまともに防御もされず相手の腹部を強かに打ち付ける。
モロに攻撃を食らった手長足長は、そのまま慣性に従ってぶっ飛んで行き、闘技場ステージの壁にぶつかってようやく停止。
何一つ言葉を発することなく、ソイツはズルズルと壁にもたれかかるようにして、地に沈んで行った。
『――ッ、しょ、勝者、ユプゥゥゥゥシロオオォォォォン!!』
司会が勝利宣告し、一瞬で決着の付いた試合に、観客が熱狂の声を上げる。
通常時であれば、このまま退場していくのだが……試合が終わってもなお、俺はステージ上に留まっていた。
――こんな雑魚は、どうでもいい。こんなヤツに、感けている場合じゃない。
歓声と、怪訝そうにこちらを見る会場スタッフを完全に無視し、俺は近くに転がっていた手長足長が一度も抜かなかった剣をヒョイと無造作に拾い上げると、肩の後ろまでグイと引き搾り――。
力の限りで、投げ飛ばした。
グルングルンと回転しながら、勢いよくぶっ飛んで行く剣。
その向かう先は、偉そうにイスにふんぞり返り、頬杖を突いてこちらを見下ろしている、悪魔族どものクソ頭領。
『なっ――!?』
司会が思わずといった様子で発する、驚愕の声。
観客席から上がる短い悲鳴。
俺が投げ飛ばした剣は、狙い通りクソ頭領の脳天に向かって飛んで行き――だが、ヤツはそれを、クイと首を曲げて回避する。
ザク、とクソ頭領の座っていた造りの良いイスに、剣が突き刺さる。
突然の俺の奇行に、凍り付く会場。
会場中の視線が、全てこちらに集中する。
しかし、その何もかもを無視して俺は、まっすぐ横に伸ばした片腕の、握り拳の親指だけを下に向け、ステージの床を指し示した。
その意味するところは、『ここに降りて来い』という、誤解の余地の無い明確な意思表示である。
――普通であれば、絶対に許されることのない行為だ。
まず一国の要人相手に武器を投げつけた時点で、前世であれば即逮捕。
いや、こっちの世界でも普通であれば、死刑直行コースでもおかしくないような暴挙。
だが――ここは、良くも悪くも魔界である。
『な、な、何と言う男でしょう!!こ、この男、ゴジム様に向かって、あろうことか宣戦布告だぁぁぁぁッッ!!ほ、本当にこの男には、恐れるものは何もないのかぁぁぁッッ!?』
状況を理解した司会が、さらに熱の入った様子で実況を始める。
『ゴジム!!ゴジム!!ゴジム!!ゴジム!!』
そして、それに釣られて観客達が連呼する、悪魔族のクソ頭領の名前。
――その求むるところは、傲岸不遜な挑戦者が、我らが頭領によって、哀れにもボコボコにされる未来である。
つまりヤツらは、これもまた余興の一つと捉え、哀れな挑戦者が血を流してステージに沈むことを望むのだ。
民衆という力は、かくも強力だ。
仮に、これでステージに出て来ないようであれば、悪魔族のクソ頭領は俺を前に逃げ出した臆病者という誹りを逃れられず……というかまず間違いなく、俺の協力者である腹黒なあの王がそんな格好の攻撃材料を逃すはずもなく、嬉々として悪評を垂れ流しにするはずだ。
その噂は、魔界中にあっという間に広がって行くだろう。
逆に、ここで潔く出て来るようであれば――願ったり叶ったりである。
むしろ、とっとと降りて来い。
俺は今、こんなにもテメェの首を斬り落としてやりたくて、恋い焦がれているんだ。
だから、さあ、早く。早く降りて来い。
俺と、殺し合いをしよう――。
* * *
『ゴジム!!ゴジム!!ゴジム!!ゴジム!!』
「チッ……馬鹿どもが」
無表情ながらも舌打ちをして、悪魔族の頭領、ゴジムはそう吐き捨てた。
会場は、鳴り止む様子のない、彼の名を呼び続ける声。
「頭領、応じては駄目です!奴は何をしでかすかわからない、ここで無駄に危険を冒す訳には……!」
「……フン、わかっている」
彼の近くにいた側近の言葉に、ゴジムは座ったまま、片手で椅子に突き刺さっている剣を引き抜き、その場に投げ捨てる。
――あの者が、危険な存在であるということは、ゴジムにとってもよくわかっている。
その実力の凄まじさは、ここで奴の試合を見ていれば、自ずと理解出来る。
しかも……奴はまだ、真の力は全く見せていないだろう。
何と言うべきか、あくまで試合という形式で戦闘を行っているために、ひどく力の加減に苦労をしているような印象を受ける。
恐らく、本当の殺し合いとなった時の実力は、あの男が試合で見せたものより、さらに数倍跳ね上がるのではなかろうか。
そして――その確証たる情報を、ゴジムは部下より得ていた。
「おや、逃げるのかい?」
――その声に、隣を向いたゴジムが見たのは、嘲笑の微笑みを隠そうともしない魔界の王、フィナル。
「……これは、貴様の策略か」
「いや、違うんだなぁ、これが。僕もビックリしたよ。面白いだろう?彼」
心底愉快といった様子で、ころころと笑う魔界の王。
彼にとってもこの事態は、予想外の展開だった。
一言ぐらい言ってくれてもいいのに、と内心思わなくもないが……まあ、部下の報告を聞く限り、昨日と今日と、隠し切れない怒りを全身から滲ませ、濃密な殺気を振り撒いていたらしい彼の様子から、もしかすると何かを起こすつもりかもしれない、ということは薄々予想していた。
それが、こうも派手な行動を取るとは流石に想定外だったが……これはどう事態が動こうとも、自身にとってプラスと働く可能性が高い。
手札が一つ増えるのだ。
それ故に、彼は、愉快な気分で事態の推移を見物していた。
「まあ、別に逃げてもいいんじゃないかい?部下達から、大事な大事な、それこそ箱入り娘みたいに扱われている君が、怪我したら大変だものね」
「――ハッ、この俺が逃げるだと?馬鹿を言え」
「と、頭領!!」
魔界の王の挑発に、ニヤリと笑ってそう吐き捨てたゴジムは、椅子から悠然と立ち上がると、側近の制止を振り払い、勢いよく観覧席から飛び降りたのだった。




