集落にて《2》
※前話、タイトル変更しました。
「シッ――!」
キィン、と高らかに鳴り響く剣戟。
数秒遅れて、カランカラン、と何かが地面に転がる音。
「クッ……俺の負けだ」
自身の握っていた薙刀を吹き飛ばされ、首筋にス、と剣を押し当てられた翼人族の男が苦々しげにそう呟くと同時、場にどよめきが上がる。
「対戦、ありがとうございました」
ニコッと笑ってからネルは、相手の首筋に当てた刃引きされた訓練用の剣を引いた。
「流石だな。我が精鋭をそうも簡単に負かすか」
そうネルに話し掛けるのは、彼女らのいる土俵の少し外に、他の見物勢と同じように胡坐を掻いて座り、二人の試合の様子を見守っていた翼人族の頭領。
「頭領、申し訳ありません。負けてしまいました」
彼に向かって膝を突き、悔しそうに頭を垂れる、ネルと対戦していた翼人族の男。
「良い。この娘は人間であるが、強者なのだ。貴重な経験になっただろう」
「はい。世界の広さを垣間見たような気分であります」
しみじみといった様子で、彼はそう呟いた。
――夕刻、宴の準備が出来たと言われ、勇者一行が連れて行かれたのは、何故か中央が土俵となっている、翼人族の集落の広場。
若干不審に思いながらも案内されたところに座り、翼人族の頭領の音頭で皆が騒がしくやり始めた頃、案の定その宴の途中で言われたのが、「お前の実力を皆に見せてくれないか」という頭領からの要請だった。
まあ、それでわだかまりが無くなるなら……とネルも頷き、翼人族の精鋭達と対戦して、今のところ三戦三勝。
勇者としての能力の高さを、彼らに対し余すところなく見せつけ、歓迎の宴を盛り上げている。
と言っても、体力、力、この点においてネルは、魔族に対しそこまで突出して優れたものを持っている訳ではない。
彼女が、魔族の中でも一目置かれている翼人族を圧倒出来ているのは――剣の技術故だ。
ネルは元々器用であり、勇者としての実力を付けるため教わった剣技を、まるで砂が水を吸収するような勢いで学んで来たが故に、一般の剣士に比べてもかなり優れた剣の腕を持っていたのだが、さらにここ数週間、彼女達と同行していた執事服の老人から真髄とも言うべき剣の指導を受けていたため、その技巧は以前と比べても飛躍的に成長を遂げている。
加えて、どちらかと言えば真正面からの力のぶつかり合いになりやすい魔族の武術に対し、力が弱いために、より『技』を磨く方向に発展して行った人間の武術は、魔族との戦いにおいて相性が良い。
まだまだ伸び代のある彼女であるが、その実力はすでに、人間より遥かに優れた身体能力を持つ魔族達を相手に、息を切らさず負かすことが出来るところまで成長していた。
「人間の娘、ネル。此度は良いものを見せてもらった。これで、他の者もお前達を同胞とすることに納得するだろう」
「僕としても、良い機会を設けてもらって感謝しています。仰る通り、これでわだかまりが溶けてくれるといいんですが……」
「フン、これだけやってお前の実力を認めぬ者がいるようであれば、俺が直々にわからせてやる。――それより、せっかくの宴だ。好きなだけ食って、好きなだけ楽しめ」
「えぇ、ありがとうございます。それじゃあ、遠慮なく!」
カカ、と愉快そうに笑う頭領に、ネルもまた笑いながら礼を言う。
その後彼女は、精鋭三人を降したことで、その強さの秘訣を聞きに来ようとする翼人族の者達の相手に四苦八苦しながら、自身の仲間と新たな友人達と共に、その夜を過ごした。
* * *
――深夜。
月も照らさぬ、真っ暗な部屋に響く、数人分の小さな寝息。
と、どういう訳かその時、宿泊者達が完全に寝付いているはずのその部屋の扉が、ギィ、と小さく音を発して、開いていく。
――中に入って来たのは、数人の黒尽くめの者達。
まるで、闇の中をスライドするかのように音も立てず入って来た彼らは、懐から徐にソレ――ポタリ、ポタリ、と液体を垂らす短剣を取り出すと、暗闇に染まる室内を亡者の如く進む。
やがて、それぞれが寝息を発するベッドの枕元に立つと、そのまま握った短剣を振り上げ――。
「――それは幻影」
「!?」
突如聞こえて来たその声に、バッと振り返った彼らの視界に映ったのは――傍にあるベッドで眠っているはずの、一人の少女。
何もなかったはずの壁の一角に、いつの間にか、杖を掲げた少女が立っていた。
状況が把握出来ないまでも、ターゲットがそこにいることを視認し、即座に黒尽くめ達が攻撃に移るが――すでに、遅い。
「『スリープ』」
少女がそう呟くと同時、黒尽くめ達の意識はそこで途切れ、バタバタと床に倒れて行った。
「――片付いたわ」
「ありがと、ロニア。助かったよ」
「えぇ、ありがとね、ロニアちゃん」
そう両名が声を発すると同時、二人に掛けられていた魔法が解け、まるで闇の中から滲み出るようにして彼女らの姿が露わになる。
そんな仲間の二人に対し、ロニアはふるふると首を左右に振った。
「先に、メキナが気付いてくれたおかげ。だから、隠遁の魔法が使えた」
「うん、メキナもありがと。僕なんて、全然気付かなくてすっかり眠り込んじゃってたよ」
「……まぁ、これぐらいは仕事しておかないと、おねーさんクビになっちゃうからね」
そう言って、小さく苦笑を浮かべるメキナ。
――彼女は、『諜報員』である。
情報の収集を主な仕事とし、他の者といる時はその並外れた感知能力で周囲索敵、警戒を行う。
彼女が二人と共に翼人族の頭領と会わなかったのは、少しでも翼人族の情報を得るため「あんまり大勢で押し掛けても邪魔だろうし」という名目で、一人通された応接間で待機するふりをしながら、その実翼人族の調査をしていたためだ。
そういう仕事を生業としているため、例え眠っていたとしても周囲の気配察知には非常に敏感である。
今回に関しても、彼女らに通された部屋へと何者かが近付いて来ていることを嗅ぎ取り、予めロニアの使う魔法で敵を待ち伏せしていたのだ。
「……一つだけ言っておくと、普段のネルだったらメキナには敵わないまでも、私よりは先に敵の存在に気が付いたはず。泥酔はしていなかったとはいえ、明らかに晩の酒の飲み過ぎ」
「ウッ……だ、だって、美味しかったんだもん……」
微妙にまだ酒の臭いを漂わせながら、ポリポリと頬を掻いて恥ずかしそうにする友人に、ロニアはやれやれと言いたげな様子でため息を吐き出し、そしてメキナが二人を見て笑い声を溢す。
「そ、そんなことより!……いったい、どこの誰なんだろうね?この人達は」
ネルは誤魔化すようにそう言って、目線を部屋の床へと下ろした。
そこに転がっているのは、ロニアに睡眠魔法を掛けられ、死んだように眠る黒尽くめ達。
「やはり、翼人族?」
「……いえ、どうも違うみたいね」
そう言って、メキナはころんと足先で黒尽くめの一人を転がし、仰向けにさせる。
「……鳥頭じゃない」
「私達じゃあちょっと、どの種族かまではわからないわね。もう、何で魔族って、こんなにいっぱい種族が別れているのかしら」
「頭領さんに聞こうか――」
と、ネルが言いかけたその時、一番窓際にいた彼女の耳へ、微かに喧噪の音が聞こえて来る。
「…‥何?」
怪訝に思った彼女は、二階であるその部屋の窓を開いて、外を覗き――。
――視界に映る、そこかしこで行われている、翼人族と黒尽くめの者達の斬り合い。
窓を開いたことで鮮明に聞こえて来る、悲鳴と怒号と、鳴り響く剣戟。
「ッ――!」
宛がわれた宿が微妙に集落の中心部から離れていたため、異変に気が付くのに遅れてしまった。
と、さらに、近くで翼人族の男と一人の黒尽くめが斬り合いをしている様子が視界に映る。
そして、その翼人族の男の背後へと忍び寄る、もう一人の別の黒尽くめの者。
翼人族の男は――忍び寄る刺客に、気が付いていない。
「っ、いけない!」
ネルは、下を見て二階の高さに一瞬だけ躊躇してから、しかしキュッと唇を結んで開いた窓の窓枠に足を掛け――一気に外へと飛び降りた。
「ネル!」
驚いたような様子の、ロニアの呼び声。
数瞬の浮遊を味わってから、彼女は着地の瞬間に膝を曲げて衝撃を殺し、そしてその膝を曲げた状態の脚を力の限りで伸ばして大地を蹴り飛ばし、斬り合いをしている者達の下へと数歩で駆け寄る。
「フッ――!」
走り寄る勢いで彼女は、剣を一閃。
突如襲い掛かる斬撃に、翼人族の男を背後から斬ろうとしていた黒尽くめは咄嗟に下がって攻撃を回避。
が、すでに二撃目の予備動作に入っていたネルは、ぐるんとその場で回転して、さらなる斬撃を相手に叩き込む。
黒尽くめはその二撃目を躱すことが出来ず、胴を深く斬り裂かれた。
「ゴハぁッ――」
「チッ……!」
仲間がやられた様子を見て、不利な状況に陥ったと判断したらしい。
もう一人の黒尽くめは対峙している翼人族の男の攻撃を大きく飛び退って回避すると、そのまま闇夜に溶け込むようにして逃げて行った。
「すまぬ、助かった!」
「気にしないでください!それより、あの者達は!?」
近付いて気が付いたが、翼人族の彼は衛兵だったようだ。
ネルの言葉に、翼人族独特の黒光りする鎧と薙刀で武装した男は、小さく首を左右に振る。
「わからん!急に現れ、有無を言わさず斬りかかられた!すまないが、私は頭領が心配だ!ご客人の実力なら心配無用かもしれぬが、どこか安全な場所へ逃げてくれ!」
そう言って彼は、背中の翼を羽ばたかせ、集落の中心部へと向かって飛んで行った。
「――ネル!」
と、その声に振り返ると、こちらに駆け寄って来るロニアとメキナの姿。
その表情の険しさを見るに、襲われたのが自分達だけではなく、事態が思っていたよりも深刻であることを彼女達も気が付いたのだろう。
「ごめんなさい、宿の周囲には敵の気配がもう無かったから、油断してしまっていたわ。もっと早く私が事態に気が付くべきだったわね」
「ううん、仕方ないよ。それより、僕達を襲って来た人達は?」
「身ぐるみ剥いで縛っておいた。……どうするの?」
ロニアの言葉に、ネルはじっと口を閉じて考える。
どうする、というのは、これからどう動くのか、ということだろう。
逃げるのか。それとも、戦うのか。
「……頭領さん達のところへ行こう。僕達にも、出来ることがあるはずだ」
――おにーさんだったら、こんな時、絶対皆を見捨てないだろうからね。
頭に過ぎるは、どんな時でもニヤリと笑みを浮かべ、そしてどんな敵でも簡単に蹴散らしてしまう、一人の魔王の姿。
彼ですら、困っている人を見れば助けるのだ。
だというのに、勇者である自分が、危険だからと言ってここで逃げてしまえば、いいお笑い種である。
魔王であるあの青年の行動の数々は、皮肉にも勇者であるネルの中に、行動規範として強烈に刻み付けられていた。
「そうね、私としても情報を集めたいわ。せめて、今襲って来ているのが誰なのかぐらいは、見極めないと」
「……通信玉は、使う?」
ふるふると首を横に振るネル。
「いや、まだ何が起こっているのかわからない。メキナの言う通り、敵が誰なのかをしっかり把握してからにしよう」
「わかったわ」
――そして、彼女達の長い一日が、幕を開ける。
ほのぼのが書きてぇ!
マズい、ほのぼの書きたい症候群ががが。




