本戦開始:老執事《3》
――ホンっト、大した相手だぜ、このじーさん。
ここまで尽く攻撃がまともにヒットせずにいるが、それは恐らくあの老執事の持つ『心眼』と『見切り』のスキルによって攻撃を躱されているせいだろう。
何だか、俺の一挙手一投足が全て先読みされているような、そんな印象を受けるからな。
やはり達人みたいなヤツが相手では、どんなにステータス差があっても、つい一年前ぐらいまでロクにケンカも武術もやったことのなかった俺には、経験の差で少々不利か。
最近、レフィの魔法から思い付いて、絶対に逃げられないような超広域殲滅魔法も使えるようにはなったのだが……ソレを発動するとこの闘技場丸ごとぶっ壊れて、大惨事になること間違いなしだからな。
流石に使えん。
――やっぱもう、俺の持っている膨大な量の魔力を用いて、見切るとか関係ない量の魔法の弾幕を張るしかないか。
戦闘において俺が出来ることを言ってやろう。
魔法、喧嘩殺法――そしてごり押しだ!
「じーさん!!こっから先はもう、休む暇やんねーからな!!」
「おや、もう少しこの老骨を労わっていただいてもよろしいのですよ?」
「ほざけっ!!」
老執事の上を取り空中に浮かんだままだった俺は、瞬時に魔力を練り上げ、自身の周囲に数十近くの水龍を出現させる。
「行けッ!!あのじーさんの老い先短い人生をここで終わらせてやれッ!!」
なんかちょっと、自分でも悪の親玉みたいだな、と思ってしまったセリフを吐きながら、弾幕シューティングゲームばりの密度で水龍達を次々と老執事に向かって放つ。
「むっ、なるほど、数で来ましたか!」
その水龍達は、まるで剣の結界でも張られているかの如く、老執事へと近付くにつれ片っ端から斬られて真っ二つにされる。
対して俺は、そんなことはお構いなしとばかりにどんどん新たな水龍を出現させ、「オーラオラオラオラァ!!」とどこかで奇妙な冒険をしている男ばりに老執事へとぶつけていく。
ただ、これだけでは恐らく、あのちょっとおかしな強さを持つじーさんを倒し切ることは難しいだろう。
――仕掛けは、ここからだ。
人外染みた速度で剣を振るい、次々に水龍を屠って行く老執事に対し、俺は盗賊どもを倒した時にも使った巨大な一匹の土龍を出現させ、水龍達と共に襲い掛からせる。
『グルルルァァァッッ!!』
老執事は新たに襲い来る土龍に向かって斬撃を放つが――残念ながら、ソイツは特別製だ。
水龍とは別に特別魔力を練り上げて出現させた土龍であるため、斬撃を食らって真っ二つとなっても再び元の形へと戻り、何事も無かったかのように老執事へと向かって行く。
老執事は土龍が倒せないと悟るや否や迎撃ではなく回避に動き始め、むしろ追い縋る土龍を自身の盾とするように、同じく襲い掛かって来る水龍にぶつけるような軌道で逃げ始めた。
やるな!けど、これで終わりじゃねーぞ!
老執事が転がり、跳ね、土龍と水龍の波状攻撃を避けたところで――突如として彼の踏み抜いた地面が、爆発。
「ぬっ――!!」
その攻撃は流石に想定していなかったらしく、老執事は避けることもままならず爆炎に呑み込まれ、噴煙に隠され姿が見えなくなる。
今のは、クソ龍戦後に罠の有用性に気付いて開発した、原初魔法で作成したトラップだ。
設置した上を何かが踏むと発動し、魔力による疑似的な爆発を発生させ、周辺の地面を吹き飛ばす。
言わば、魔力地雷といったところだな。
俺が持っているスキル、『罠術』とも相性が良く、設置した魔法トラップの威力と隠蔽性を上げることも可能である。
無数の水龍と土龍の対処に老執事が集中している間に、こっそりとステージの床に数多仕掛けておいたのだ。
普通の相手であれば、今ので下半身がズタズタとなって動けなくなるだろうが……残念ながら、あの老執事は普通じゃない。
こういう相手が、想定通りに倒れてくれたことは一度たりともないからな。
――勝負を決めるならば、ここだ。
老執事が爆破に呑まれた瞬間、俺は展開させていた水龍達と土龍を全てその噴煙の中へと突っ込ませ、同時に自身も一気に背中の翼を羽ばたかせて距離を詰めていき――危機察知スキルに反応!!
即座に空中をぐるんと回転してその場から逃げると同時、先程まで俺がいた場所を、ヒュンと鋭い風切り音を発しながら、レーザー光線かと思わんばかりの勢いで何かが貫く。
瞬時に目を向けた俺の視界に映ったのは――剣。
そして、身体のあちこちを煤けさせ、執事服をボロボロにしながらも、ピンと身体を伸ばして突きを放った恰好の老執事。
恐らくは、俺が降りて来て射程圏内に入った瞬間を見逃さず、こちらに跳び上がって来たのだろう。
恐ろしいじーさんだな!
寸前で回避に成功していた俺は、すぐに体勢を立て直してエンを振るうが、老執事はその攻撃を受け流すようにして防御し、そのまま下へと落ちていく。
「逃がさねぇぞッ!!」
背中の翼で加速し、落ちる老執事へ向かって、真上からさらにエンを振るう。
老執事はその攻撃を自身の剣で防御し、そのまま流れるような動作で迎撃の斬撃をこちらに放つ。
浅く胴を斬られるが、体重の乗っていない斬撃のため大したダメージではないと無視し、力の限りで蹴りを放つ。
老執事はそれを避けることも防御することも叶わず、俺の足がしっかりと胴を捉える。
その刹那の間の攻防の末――地面に、到達。
全身を襲う衝撃。
周囲の床を伝わる地響き。
「カフッ――」
俺に胴を蹴られた格好のままステージの床に叩き付けられ、口から血を吐き出す老執事。
だが、そんな状態ながらも老執事が反撃に振るった剣を、俺は彼を踏み付けている足と反対の足で蹴り飛ばし、その首筋のすぐ横の地面にエンを突き刺した。
「――俺の、勝ちだ」
「……フフ、負けてしまいましたか。優勝するつもりだったのですが」
口端に血を垂らしながらも、どこかいたずらっ子ぽくニヤリと笑みを浮かべ、老執事はそう言った。
『――勝者はぁぁぁぁぁ!!ユプゥゥゥシロォォォォンンンッッ!!』
その司会の勝利宣言に、いつの間にか静まり返っていた観客席から上がる、大歓声。
俺はフゥ、と息を吐き出し、老執事の上から足をどけ、エンを肩に担ぐ。
「じーさん、早いとこ医務室に行くんだな。ったく、歳なのに無理しちゃってよ」
「フフ、そうですな。お言葉通り、そちらに向かわせていただくとしましょう」
そう言いながら、まるで何事も無かったかのようにすっくと立ち上がり、服をパンパンと払って汚れを落とす老執事。
「……俺、アンタがじーさんで良かったよ」
こちらに一礼してから、ステージ端から駆けつけて来た救護班に肩を貸されながらも、毅然とした様子で歩み去って行く彼を見て苦笑を浮かべる。
殺しはせずとも、結構なダメージを与えたはずなのだが……ああして普通に歩いているところを見ると、恐ろしい限りだ。
結果的にはあまり大したダメージを貰わず勝つことが出来たが、もっとこのじーさんが若い頃の、全盛期にでも戦っていたら普通に負けたかもしれない。
まあ、弱っているところを見せないように、無理をしているんだろうけどな。
先程の剣の腕や体捌きからしても、全員の試合を見た訳ではないので断言は出来ないが、この大会に出ている出場選手の中でもトップクラスの実力を持っていると言えるはずだ。
――こういうところでわかるが、やはり人間というのは身体的な強さがなくとも、それを補う技術がある。
その技術は世代を重ねるにつれどんどんと研鑽されていき、さらに優れたものが次代へと受け継がれていくのだろう。
当然魔族や亜人族も、そういう伝承の技術はあるのだろうが、彼らは皆人間より長命だ。そのため、同じ技術を持った者が長く在命することになる。
つまり――技術の発展が人間より遅いのだ。
……他種族間戦争において、昔は人間など取るに足らない存在だったそうだが、現在の情勢においては逆に人間が有利となっている理由がよくわかるな。
ホント、ステータスってものがあくまで一つの指標でしかないということを痛感させられる試合だった。
それだけを過信していると足元を掬われるってことだな。
「勉強になったよ、じーさん」
ボソリと呟いて俺は、鳴り止まぬ歓声を背に、ステージから舞台裏へと出る出入り口に向かって行った――。
* * *
「あー、疲れた。恐ろしいじーさんだったな」
『……ん。すごく強いおじいちゃんだった。……それより主、傷は?』
「そんな大した傷じゃないから、後でポーション塗っておくよ。心配してくれてありがとな」
『……ん』
と、ステージ裏から控室へと向かう途中でエンと話していた、その時。
こちらに近付いて来る足音が背後から聞こえ、俺はふと後ろを振り返る。
「……お?ハロリアか。何か用か?」
――そこにいたのは、レイラと一緒にいるはずの、フードちゃん。
首を傾げながらそう問い掛けると、彼女は左右に誰もいないことを確認してから、俺にこそりと耳打ちする。
「レイラ様から、緊急の要件ということで言伝を預かっております。――通信玉の、赤が灯された、と」
……何?




