本戦開始:老執事《1》
ほのぼのは、もう少々お待ちを。
『――またまた勝ったのはこの男、ユプシロンッ!!その快進撃を止める者は、現れないーッッ!!』
司会の実況に、観客達は歓声とブーイングの入り混じったような熱狂の声を上げる。
うむうむ、なかなかに目立ち作戦は上手く行っているようだ。
本戦の開始した昨日から、すでに合計で三試合程。
その全ての試合で俺は、悪役レスラー的な感じで「グワッハッハ!!この俺が倒せるか、雑魚ども!!」みたいな、まあそんな風に叫んだことは一度もなかったのだが、そういう感じの立ち位置でわざとヘイトを集めるような試合ばっかりしていたら、物好きな固定ファンが出来てくれていたようだ。
試合が進むにつれ妨害して来ようとしているヤツらも増え始め、あからさまにマップに敵性反応が映ることが多くなったのだが、しかしソイツらについては俺がどうにかする前に、上手く王の手下であるフード連中が排除してくれていた。
いやはや、味方が優秀だと楽だな、マジで。
中途半端な味方は邪魔だとか舐めたこと考えていたが、彼ら、よっぽど俺より優秀でしたね。ごめんなさい。
「どうだ、エン。こういう大会は」
個人控室に戻った俺は、据え置きのベンチに腰を下ろしてから、誰もいないのを見計らって実体化し、俺の隣に腰掛けたエンへと話し掛ける。
「……とても、騒がしい」
「ハハ、まあ、そうだな。すっげーうるさくはあるな」
「……アレ、主、馬鹿にする人ばかりで嫌い」
ちょっとだけ表情を憮然としたものに変え、控室から見える観客を指差しながらそんなことを言うエンに、俺は何て言ったもんかと、頬をポリポリと掻きながら答える。
「あ、あー……いや、まあそれは、俺がそういう風に嫌われるような行動をしてるからだな。観客達も、本気で俺をバカにしている訳じゃないぞ?」
エンは俺に対するブーイングのことを言っているのだろう。
アレは、言わばそういう悪役パフォーマンスを俺がして、それに観客達が乗っかっているだけであり、まあ一種の様式美みたいなものだ。
だから、本気で俺が嫌いでブーイングをしている訳ではないのだが、あまりそういう経験の乏しいエンには判り難かったのだろう。
……違うよな?本気でブーイングされてないよな?
「……そうなの?」
「ま、まあそのはず。いっつもウチでやってる、ごっこ遊びみたいなもんだ」
勇者と魔王のごっこ遊びな。俺が勇者で、魔王娘達に倒される役。
「……じゃあ、主、そんな嫌われるようなことしちゃ、駄目。主には魔王らしく、格好良くいてほしい」
「えっ、うーん……どちらかと言うと、今の方が魔王っぽいと思うんだが……」
「……それでも、駄目」
そう言ってこちらを見上げるエンに、俺は苦笑して彼女の頭を撫でる。
「わかったわかった。もっと魔王らしく、皆からカッコいいって思われるように、エンからもカッコいいって思われるように努力するよ」
「……ん」
彼女はコクリと頷くと、その表情を満足げに少しだけ歪めた。
――そうして、エンと話をしながら他の選手達の試合を眺めていると、その時コンコンと控室の扉をノックする音。
エンが本体の大太刀へと戻ったのを確認してから扉を開けると、そこにいたのは運営スタッフの一人らしい、角と尻尾を生やした魔族の少女。
「ユプシロン様、試合のお時間が近付いて来ましたので、準備が出来次第、ステージ出入り口前まで移動をお願いします!」
どうやら、試合時間を教えに来てくれたようだ。
俺は手を振ってヒラヒラと了承の意を示し――しかし彼女は何故か部屋から出て行こうとせず、扉の前でもじもじとした様子を見せる。
その様子に首を傾げていると、やがて彼女は決心したかのような表情を浮かべ、ガバッと後ろからソレを俺に差し出した。
「――そ、その!試合を見させていただいて、とっても興奮しました!サインください!!」
――彼女が持っていたのは、インクがしっかりと染みた羽ペンに、色紙代わりらしい、ちょっと硬めの羊皮紙だった。
あぁ、何だ、サインが欲しかったのか。
………………えっ、サイン?
俺は何も考えずとりあえずで受け取ってしまった色紙を前に、身体の動きを止める。
ちょっと待て、そんなもん俺書いたことないから、サインなんて持ってないぞ。
…………よし、カタカナで『ユプシロン』って書いて誤魔化しておくか。
壁をテーブル代わりに、サインもどきを書いて魔族の少女に渡すと、「キャーッ!ありがとうございます!感激です!!」と歓声を上げ、そのまま走り去って行った。
『……変なの』
「そうね」
……サインか。
ちょっと、練習しておくかな?
* * *
――その後、俺は言われた通りにステージ出入り口へと向かい、やたらとテンションの高い司会と観客の声に迎えられながら、闘技場のステージへと出る。
『――対するは!!その外見に侮るなかれ!!彼が放つまるで舞のように美しい剣裁きに、魅了される者が続出!!こちらも今大会初出場でありながら、易々と相手選手を屠って来たその確かな実力をご覧ください!!レミーロォォォォッッ!!』
そして、俺の次にその紹介と共に反対側のステージ入口から現れたのは――一人の、年老いた執事。
その表情からは歳相応の穏当さを感じさせるが、しかし真っすぐに背筋を伸ばし、全身から滲む毅然とした態度からは反対に全く歳を感じさせず、非常に若々しい印象を受ける。
……コイツは……。
「アンタ……もしや、ネルと一緒に来た仲間か?」
「……ほう、やはり貴殿が、勇者殿の言っていた魔界における協力者でしたか」
老執事は、ダンディな微笑みを浮かべながらそう言った。
「なんだ、気が付いてたのか?」
「いくらかの特徴は教えていただいておりました故。その剣の特徴的な反りとサイズ、そして柄に巻かれた黒と紅の滑り止めの紐。貴殿が協力者であると推定するには、これで十分でしょう」
あぁ……なるほど。エンで気付かれたか。
エンが明確な意思を持つようになってからは大太刀形態の時もアイテムボックスには入れず、布を巻いて持ち運んでいたのだが、試合の時は流石に布、解いているからな。
というか、ネルもよく見ていたものだ。
俺がアイツにエンを見せたのなんて、酒場の時の一回こっきりだっつーのに、目敏く確認してやがったか。大したヤツである。
『――それでは!!レディ――ファイッ!!』
司会の実況と共に、カァンと鳴らされる試合開始の合図。
「おや、もう少しお話させていただきたかったのですが、試合が始まってしまいましたな。仕方ありません、お話させていただくのはまた今度として――胸をお借りするつもりで、やらせていただきましょうか」
そう言って、老執事が腰に佩剣していた無骨な造りの剣を抜き放つと同時――彼の周囲に生じる、確かな気迫と圧力。
まるで、老執事の存在が一回りも二回りも大きくなったような錯覚。
先程までの好々爺然とした様子と、全く別人にすら感じてしまう程の圧倒的な存在感だ。
「……ほざけ。胸を借りるつもりなんて、毛程もねーだろ」
「いえいえ、そんなことはございません。ただ、彼女の協力者殿が、どれだけの実力を持っているのか、少々気になりましてな」
「ハッ、差し詰め力試しってところか?」
「まあ、そうと言い換えてもよろしいでしょう」
ニコッと凄みのある笑みを浮かべ、老執事はそう言った。
名:レミーロ=ジルベルト
種族:人間
クラス:執事(剣聖)
レベル:158
HP:3116/3116
MP:2509/2509
筋力:994
耐久:992
敏捷:910
魔力:606
器用:2999
幸運:155
固有スキル:心眼
スキル:剣術lv10、細剣術lv7、短剣術lv7、体術lv8、危機察知lv7、見切りlv8
称号:神の剣、限界到達者、死線を潜りし者
――何だよ、オイ。どう見てもこんな本戦中盤で戦うような相手じゃねーぞ、このじーさん。
マズい。恐らく相当に強い。
昨日会った魔界の王の手下の暗殺者の方がステータス的には強いが、剣の技量的には確実にコイツの方が上だろう。
だって、剣術のスキルレベル10だぞ。カンストだぞ。その他のスキルも、基本レベルが7。
偽装されていない本当のクラスも『剣聖』だし、『神の剣』なんてヤバそうな称号も持っているし、ステータスも器用値だけ突出して、スゴいことになってやがる。
しかも、やはり実力に自信があるためか、種族の『人間』を隠そうともしていない。
恐らくは、人間ということがバレて絡まれても、どうにか出来るだけの実力を有しているからこそのことなのだろう。
魔族は、強ければ基本的に『是』、だからな。
……それとも、アレか?
自分だけ人間であることを隠さないことで、むしろ一人だけ目立ち、他の仲間が動きやすいよう仲間の隠れ蓑の役割でも担ってんのか?
このじーさんだったら、そんな危険を冒しても余裕で対処可能だろうからな。
なんかもう、俺の中で強さの基準が大幅におかしくなりそうだ。
流石、魔界といったところか。このじーさん魔族じゃないけど。
――とにかく、剣の腕だけじゃ、まず絶対に勝てない。
圧倒的なステータスを俺が持っていても、首を飛ばされるか心臓を貫かれでもすれば、俺は死ぬのだ。
……いや、試したことはないからもしかしたら生き残る可能性もあるけど、まあ愉快な結果にならないことは確かだ。試す気にもならないしな。
そういうことが出来る相手であると緊張を持って闘わなければ、簡単に負けてしまうだろう。
……やれるだけ、やるしかないか。
エンに、カッコいいとこ見せてやるって言っちゃったもんな。
「アンタは、俺も本気でやった方が良さそうだ。――エン、やるぞ」
『……ん』
俺は、エンを鞘から抜き放ち、その鞘をアイテムボックスへとしまう。
紅の刀身が、陽の光を反射し、キラリと輝く。
『おおっと――ッッ!!ここでついに、ユプシロン選手がその剣を抜いた――ッッ!!やはり、レミーロ選手がそれだけの実力者ということかッ!?』
司会や観客の声を脳内から排除し、ただ目の前の相手のみを見据え、フゥ、と短く息を吐き出す。
「――行くぞッ、じーさん!!」
そう叫ぶや刹那――まるで爆発するような威力で大地を思い切り蹴り飛ばし、俺は老執事へ向かってぶっ飛んで行った。




