酒場の乱闘《2》
――あぁ、ホントに……余計なお節介はするもんじゃないな。
眼前に迫り来る男の拳をパシッと掴み、グイとこちら側に引っ張る。
それによって体勢を崩した男は、別の方向から俺に殴りかかって来ていたソイツの仲間の拳に顔面を殴り飛ばされ、派手に吹っ飛んで酒場の壁にぶつかって停止し、落ち着いた。
人が殴られてこんな風に飛ぶなど、マンガでしか見ないような光景だが、力の強い魔族のケンカともなると現実の光景になるようだ。
「ッ、マゲル!」
仲間を殴って動揺し、隙の出来た男の下あごへと首が吹っ飛ばないよう十分に力加減をしてパシンと平手打ちをぶち込む。
男は脳みそをブルンと揺さぶられ、崩れ落ちるようにしてその場に倒れ込み、落ち着く。
……どうでもいいけど、脳震盪ってアレ、ホントに目の前真っ暗になるのよね。
物は見えてるんだけど、それが認識出来なくなって、訳がわからなくなる感じ。
友人の声とかも、聞こえてるのに何を言っているのかわからなくなるんだよな。
俺、前世で友達とバスケして遊んでた時に一回そうなったんだけど、あの時は結構ビビったわ。
「――オラァッ!」
「おっと」
そんなどうでもいいことを考えていた俺の視界の隅に、腰からヒュッと取り出したナイフを握って、こちらに向かって振り抜く男の姿が映る。
俺は、胴体を貫こうとするナイフを身を捻って躱すと、男のナイフを握っている手にひじ打ちを食らわせ、そのまま近くのテーブルに叩き付ける。
「いギッ――」
メギ、と骨を砕く感触。
コロン、と転がるナイフ。
「ケンカで刃物は厳禁だ。危ないからな」
痛みで身体を硬直させた男に、俺は先程と同じくパシンと下顎を叩いて脳を揺さぶり、落ち着かせる。
「調子に乗るなッ!!」
と、背後から怒声。
瞬時に視線を向けると、後ろから熱烈な抱擁をかまそうとして来ている男の姿が視界に映ったので、男と抱き合う趣味のない俺は、その場にひょいとしゃがんでハグを避ける。
そして、男の両腕が俺の上を空振りしたタイミングでソイツの腕を取って立ち上がると、そのままぐるんとソイツの身体を回転させ、背負い投げのようにして二階席から下へとソイツを落とした。
一階に落下した男は、机の一つを真ん中から派手にぶっ壊し、うめき声を上げ、落ち着いて動かなくなる。
げっ、や、やべ。なるべく店の物壊さないようにって気を付けていたんだが……。
「ヒューッ!やるねぇ、にーちゃん!」
「オヤジ!俺ビールもう一杯!」
ちなみに、男が落ちて行った先の下の客達はというと、上から人が落ちて来たことに悲鳴を上げるかと思いきや、代わりに歓声を上げて楽しんでいる。
そう、酒場にいた他の客共、ケンカが始まるや否や大喜びで俺達の見物に回り、ああしてこっちの乱闘を肴に酒を飲みやがり始めたのだ。
酒場のマスターとかに関しても、店内で暴れ始めたことに怒るかと思いきや賭けの胴元を始めて儲けようとしてやがるし、酒場に併設されているステージにいた楽団は、今まで流していた穏やかなBGMをやめ、アップテンポで陽気な曲を奏で始めている。
ホント、良い度胸してるぜ、魔族ってのは。
恐らくこういった争い事は、こっちでは日常茶飯事なのだろう。
なんかそんな、対応に慣れている節がある。
それと、ウチの一行の子達は、レイラとエンはのんびり観戦に回っているが、ネルと宮廷魔術師ちゃんはちょっと焦った表情で武器をいつでも抜けるように構え、こちらを警戒している様子が窺える。
いや、マジで巻き込んですまん。
そっちに余波が行かないようにはするから、許してくれ。
「チッ!!使えない者どもだ!!」
と、どうやら部下が次々と落ち着いてしまったことに痺れを切らしたらしい。
例の筋肉青年が間にあった机を腕で吹き飛ばし、怒り心頭といった様子で、左右の三つ編みを揺らしながら俺の方にのしのしと迫って来る。
お、おい、あんまり店の物壊すなよ。
あとで請求来ても知らんぞ。
……いや、アイツんち公爵って話だから、それぐらいの請求は全く問題ないのか。
むしろヤバいのは俺の方か。すでに一個、机割っちゃったし、グラスとかも壊しちゃってるし……。
……請求来たら、あの王さん払ってくれるだろうか。
「私はそこの不甲斐ない者どもより強いぞッ!舐めた口を効いたことッ、あの世で後悔しろッッ!!」
「い、いや、悪かったって。ちょっとした勘違いだったんだ。ほら、酒でも飯でも奢ってやるからさ」
「うるさい黙れッ!!」
聞く耳持たずといった様子でそう怒鳴り、助走を付けてタックルを敢行する筋肉青年。
……あぁ、もう。
なんか、ちょっと、ムカついて来た。
そりゃさぁ、俺だって自分が悪かったのは、よくわかってるよ?
こういう風習とかってのが根深いもので、些細な理由で殺し合いに発展する例が前世にもあったことはよく知っている。
でもさぁ……俺、悪いと思って、ずっとこうして謝ろうとしてんじゃん。
なのに全くこっちの話を聞こうとしないし、すぐ殴りかかって来るし。
何か気に入らないことがあったら、相手を完全に叩きのめさないと気が済まないタチなのか?
とにかく俺を殴り飛ばさないと、許す気も起きないのか?
そして、何より――。
「――だいたいよぉ、まず何なんだよこの髪はァッ!」
ちょっとイラッとした俺は、筋肉ダルマのタックルを半歩身を引いて躱し、そして話を聞かないソイツの側頭部の三つ編みを掴んで、思いっきり引っ張った。
「あがああァァッ!?わ、わ、私の髪がァッ!?」
俺が引っ張り、そして本人のタックルの勢いも加わり、ブチブチブチ!と音を発して、筋肉ダルマ青年の三つ編みが根本から千切れる。
「男が三つ編みなんか、してんじゃねぇよッ!!走りながらユラユラ揺らしやがって、気色悪い!!しかもこれが自ら望んだ髪型なんて、色々気を遣った俺がバカみてぇじゃねぇかッ!!」
「す、すごい!一点の曇りもない完全な逆ギレだ!」
俺の叫びに、皆と一緒に二階の端っこへ避難していたネルが、思わずといった様子でそうツッコむ。
「ぬ、ぬううぅ、貴様ァッ!よ、よ、よくも私の髪をォッ!!」
「うっせーボケッ!!そんなにその気色悪い髪型が気に入ってんなら、これでも食ってろ!!」
「うグッ――」
怒鳴り声を上げながら俺は、引き千切ったソイツの三つ編みを筋肉ダルマの口の中に突っ込む。
「見てて気持ち悪いから、どっか吹っ飛べクソッタレッ!!」
そして俺は、クルリと回転して勢いを付けて相手の顔面に回し蹴りをぶち込み、そのまま蹴り抜いて筋肉ダルマの身体を二階席から一階席へと叩き落とす。
「カハァッ――!!」
筋肉ダルマはロクに受け身も取れず、一階の地面に勢いよく叩き付けられると――カクッと力が抜け、そして最後には動かなくなった。
「――勝者はーッ!!チャァァァレンジャアアアァァァ!!」
『ウオオオオ!!』
一つの机の上に立ち、いつの間にかいた実況役が巻き舌でそう勝利宣言をし、下の観客どもが一際大きい歓声を上げる。
ハァ……ったく、面倒なヤツらだった。
俺は、ようやく面倒が終わって、フゥ、と息を吐き出し――。
「――こっちだ!」
――その叫び声の少し後に、店の中へドタドタと人相の悪い男達が流れ込んで来る。
「あの男がゲジュウさんに喧嘩を売ったヤツだ!!お前ら、ぶっ殺せ!!」
最初に俺が二階から下へと落としたヤツが、いつの間にか外から応援を呼んで来ていたらしい。
ソイツは上にいる俺を指差し、そして入って来たチンピラ達はグイと首を曲げて俺を視認すると、我先にと二階に上がる階段へ向かい始める。
あぁ、もう……おかわり来ちゃったよ。
ハァ……仕方がない、今回は自ら蒔いた種だ。
反省の意味も込めて、彼らには拳でお帰りいただくとしよう。
そうして、再び臨戦態勢を取った俺だったが――しかし俺より先に、そのチンピラどもの前へと立ち塞がる、熱狂の渦の中にいる店の客達。
「お客様ァ、喧嘩にも、作法があるんだぜ?」
「あのチャレンジャーと戦いたければ、まず俺達と戦うことだ!」
「な、何だテメェら!!」
やる気満々の客達の様子に、チンピラどもが面食らった表情を浮かべる。
「ワハハハ!!熱い喧嘩を見て、血が滾って仕方がないわ!!お前ら、俺が相手してやるぞォォ!!」
「何言ってやがる!!コイツらの相手は俺がするんだ!!」
「チィッ!!酔っ払いどもが!!」
熱狂した客達の元気有り余る様子に、たじろぐチンピラ達。
……なんかアレだな。
こうして見ると、あのチンピラどもの方がよっぽどまともで、興奮した酔っ払いの客達の方がタチ悪いように見えるから不思議だ。
――そして始まったのは、新たに現れたチンピラどもと、興奮した客達の大乱闘。
殴り、蹴り、掴み、叩き付ける。
ガハハ、と笑って酒を飲み干し、空になったその瓶で相手のドタマをかち割る。
二人組が一人の肩を両側からがっちりと掴み、勢いを付けて店の外へと放り出す。
怒鳴り声と笑い声と、そして自重しない楽団の陽気なBGMが店内を染め上げる。
……なんだ、これは。どこの海賊の酒場だ。
「……ねぇ、おにーさん。これどうするの?」
俺の隣に並び、二階の手摺りから彼らの様子を見下ろしていたネルが、そう俺にジト目で話し掛ける。
どうするのかって?
……こんなの、どうしようもないだろう。
「…………よし。逃げよう」
「え、えぇっ!?逃げるの!?」
「おっちゃん!お代、ここに置いておくからな!あと、机とか壊した請求は、負けたソイツらによろしく!!」
「おうよ!にーちゃん、あのクソガキどもをぶっ飛ばしてくれて、清々したぜ!にーちゃん達だったら、いつ来ても大歓迎だ。またのご来店、お待ちしておりやす!!」
下に向かって叫ぶと、酒場のマスターは、チンピラの頭に空き瓶を叩き込みながらガハハと笑ってそう言った。
……いや、まあ、別にそんなつもりであの筋肉青年に話し掛けた訳じゃなかったんだけど。
俺が勘違いしただけだったし。
ただ飯を食いに来ただけだったのに、馬鹿にされ、ボコボコにされ……なんかこう字面にすると、俺がすっごい極悪みたいだな。
ちょっと、いや大分悪いことをしたと思わなくもないが……しかし、もう知らん。
俺は魔王だ。自分本位に生きる、自分勝手な者だ。最近は首輪が付いたが。
だがそれでも、有無を言わせず襲って来るのであれば、もう返り討ちにするしかない。
相手が悪かったと、自分の運の無さを悔やむんだな。
「……よし、お前ら、帰るぞ。一階の扉は――通れそうにないから、上の窓から飛び降りるか」
「ユキ様ー。帰ったら少し、私とお話しましょうねー?」
「……お、お手柔らかに頼みます」
レイラの迫力ある笑みに、きっと今俺は、引き攣った表情を浮かべていることだろう。
「……おにーさん、窓からって、どうやって降りるの?」
「え?そりゃ普通に降りるだけだけど。――ちょっと二人とも、失礼するぞ」
「……ん」
「はい、お願いしますねー」
俺はエンを腕に抱いて、罪焔を同じ腕で掴み、そして反対の腕でレイラを抱き上げる。
二人と罪焔を抱いた俺は、開け放たれていた二階の窓へと足を掛けると、そのまま一気に下へと飛び降りた。
頬を切る風。
全身を包む浮遊感。
俺は着地の瞬間に膝を曲げ、衝撃のほとんどを地面に流してから立ち上がり、腕の中の二人を放す。
そして後ろを振り返った俺は、今降りて来たところからこちらを覗いている残りの二人に向かって、声を掛けた。
「来いよ、二人とも!下で受け止めてやるから!」
「え、えぇ……ほ、ホントに飛び降りるの――って、ロニア!?」
尻込みするネルの隣で、宮廷魔術師ちゃんが窓に足を掛けて、一気に飛び降りて来る。
おぉ、度胸あんな。
「んっ――感謝する」
「おうよ」
飛んで来た少女の身体を横向きにキャッチし、そして地面にゆっくりと下ろす。
「――ほら、ネルも来いよ!大丈夫だからさ!」
「う、うぅ……わ、わかったよぉ!――えい!」
ステータス的には飛び降りに失敗しても傷一つ付かないだろうが、しかしやはり二階という高さがあるため、怖いのだろう。
眼を瞑って、勇気を振り絞って窓から飛び降りて来たネルを、俺は全身で衝撃を殺しながらキャッチし、お姫様だっこする。
「な?大丈夫だっただろ?」
「う、うん……ありがと――って、よく考えたらこんな窓から飛び降りるハメになったのって、おにーさんが原因だよね!?」
「い、いや、それに関しては悪かったって」
「安心してください、ネル様ー。ユキ様とはこの後、ゆっくりとお話させてもらうつもりですのでー」
「うん、レイラさん、是非お願いね。おにーさんにもうちょっと、常識というものを教えてあげて」
「す、すまんて……」
二人の言い草に、俺は苦笑いを浮かべてそう言いながら、ネルを地面へと降ろした。
「あっ……」
「あ?何だ?」
「――い、いや、何でもない!そ、それよりおにーさん、結構な騒ぎを起こしちゃったけど、それでも待ち合わせはここにするの?」
そう捲し立てるネルに、少々怪訝な思いをしながら俺は、彼女の問いに答える。
「あぁ。共通で知ってるとこがここしかないからな。俺達の泊まってる、ここからでも見える城だったら待ち合わせとしてもわかりやすいだろうけど、でもお前ら、あんまりここの権力者には近付きたくないんだろ?」
「うん。おにーさんとレイラさんの話を聞いてる限りだと、その王様だったら僕達も協力関係を結べるかもしれないけど……でも、僕達だけでその判断は出来ないからね。お城に行くのは、ちょっと遠慮させてほしいかな」
「なら、ここにするしかないな。まあ別に、店に入らずとも待ち合わせポイントにするだけでいいだろ?」
「うん、わかった。――それじゃあ、おにーさん。何かあったらもらった魔導具で連絡するから!」
「おう、遠慮せず連絡して来いよ。またな、ネル」
そうして俺は、勇者達と別れ、レイラとエンと共に城への帰路に着いたのだった。
脳震盪の話は作者の実話です(ボソリ)。
あ、あと、興味があったらフォローお願いします(ボソリ)。
@Ryuyu_




