酒場《3》
「――と、そうだ、忘れるとこだった。はい、おにーさんこれ」
「あ?何だこれ?」
何やら懐をガサゴソして、ネルが差し出したそれを、俺は受け取る。
――それは、一枚の手紙だった。
『愛しい魔王様へ』
「………………何だこれ?」
俺は無表情に、先程と同じ言葉を繰り返す。
「イリル様からだよ。もし、おにーさんに会ったら渡してほしいって」
……イリル様ってのは、王都アルシルで助けた王女様だったな。
「……主、それは?」
「い、いや、何でもない。至極個人的なものだ」
俺はレイラとエンに見られないよう彼女らに背を向け、こそこそと手紙を開いて中の便せんを取り出し、その内容に目を通し始めた。
『拝啓 魔王様。
暖かくなってきた今日この頃、魔王様はいかがお過ごしでしょうか。
私は、日々魔王様のことを想い、あなた様のことを考えない日はありません。
この溢れ出る想いをお伝えしに行こうと先日、魔王様にお会いしに行こうと城を抜け出したのですが、すぐにお父様の兵士に見つかってしまい、お父様にとっても怒られてしまいました。
しかし、私はあきらめません。いつか魔王様の下まで辿り着いて見せます。
ですが、その前にお会いに来ていただけたら私、とっても嬉しいです。
また、あなた様にお会い出来る日を楽しみにしております。
魔王様に攫われる日を夢見るイリルより』
そんな、ちょっと背伸びして頑張って書いたのだろうと思われる内容が、可愛らしい字で綴られていた。
「…………」
……これは、あれか。
いわゆる、ラブレターというものか。初めてもらったわ。
……嬉しいかどうかと言われたら、そりゃ嬉しいが……。
俺は無言でその手紙を折り畳むと、エン達に追及されない内に虚空の裂け目を開き、その中へと手紙を放り込んだ。
「おにーさん、僕はまだ結構こっちに滞在する予定だけど、僕が帰るまでにお返事のお手紙、書いておいてね」
「……書くべき?」
「書かなかったら、イリル様悲しむよ?あ、何を書くかの相談なら僕も乗ってあげるよ」
「……是非お願いしよう」
年下の女の子への手紙の書き方とか、流石にわかんねぇよ。
年下の女の子からラブレター貰ったんだけどどうしよう、とかも絶対にエン達には言えないしな。
「コホン――それで、ネル。色々話は逸れたが、結局何でお前、こんなところにいるんだ?」
話が一段落したところで俺は、誤魔化すように咳払いしてから、そう彼女へと問い掛けた。
「うーんと……おにーさんにだったら、話しても国王様もカロッタさんも怒らないだろうし大丈夫だと思うけど……でもこれ、絶対に他言無用だからね?」
「おう、わかってるさ」
「いいの?」
と、その時、ネルと一緒にいた眠たげな少女、ロニアが俺達の間に口を挟む。
「うん、この人達なら大丈夫。僕達にとって心強い味方だよ」
「……そう。貴方がそう言うなら、いい」
ただそれだけ言い、再び口を閉じて、何も喋らなくなるロニア。
信用されてんのな、勇者さんよ。
ネルは彼女が何も言わなくなったのを見て、そして周囲に他の者がいないことをチラリと確認してから、こちらに顔を向けた。
「と言っても、そんな大した話じゃないんだけどね。ほら、おにーさんは知ってると思うけど、お城での騒ぎの真犯人」
少々言葉を濁しながら、そう言うネル。
「あぁ」
「僕達の方も、このまま受け身でいるのはよくないから、情報収集にこっちへ人を送ろうって話になってね。でもこっちは生半可な実力じゃ通らないから、僕と強い数人が来ることになったんだ。今はちょっと、別行動してて僕とロニアしかここにはいないんだけど……」
こっち、というのは魔界のことを指しているのだろう。
「……随分、大胆な話だな」
ネルは仮にも、あの国における最高戦力だ。今では人間という枠の中ですら最高峰の実力を有している。
そんな、国の要とも言うべき存在を国外に出し、あまつさえ敵対種族の本拠地とも言える魔界に送り込むんだもんな。大胆というか、何と言うか。
あれか。勇者ってのはやっぱり、魔界とかそういうところに派遣される運命なのか。
「うん、自分で言うのもアレだけど、僕もそう思う」
「その決定は、国王が?」
「そうだよ」
……あの王さんも、随分度胸が付いたもんだ。
「それで、今度はこっちが聞きたいんだけど……おにーさんの方は、何でここに?」
「俺の方は、ここの王様に呼ばれてな」
「……王様に?」
ちょっと驚いたような顔を浮かべるネルに、俺は頷いて言葉を続ける。
「あぁ。俺、城での騒ぎの時、まあ結果的な話だけど向こうの思惑をぶっ潰した形になるだろ?だからどうも、魔界のとある一派から恨まれてるらしくてな。んで、ここの王様の一派もその俺を恨んでる一派と敵対してるらしくて、だったら同じ敵を有する者同士、手を組まねぇかって話よ」
「……なるほどね。そのおにーさんを恨んでる一派っていうのは――」
「お前は、魔界で今、大きな二つの派閥がぶつかり合ってるって話、知ってるか?」
「……うん。こっちに来て、それは聞いたよ」
「そうか。なら話は早い。その大きな派閥の一つが、俺を呼び寄せた魔界の王一派。もう一つが、俺の敵であり、お前らの敵でもある――悪魔族を頂点とした一派だ」
俺の言葉に、ネルが先程より幾分と真面目な表情を浮かべる。
「悪魔族……ねぇ、おにーさん。一つだけ、その……お願いがあるんだけど――」
「情報だな?俺が魔界の王を通して知ったことは、お前にも教えてやるよ」
「ホント!?」
「あぁ。貰った情報はどうしろ、という契約は別に王と結んでないからな。――だから代わりに、そっちも得た情報は、俺に流せ」
「うん、わかった。それでいいんだったら、こっちもそうするよ。……でも、いいの?」
「何がだ?」
「一応、諜報に適した人は一緒に来てるけど、僕達はこっちに足掛かりが無い分、おにーさんが得られる情報より大分量が少なくなっちゃうと思うんだけど……」
「あぁ、それについては気にすんな。こっちにも十分メリットがある」
言わば、情報交換だな。
二か所から情報が得られるならその確度も高くなるし、極端な魔界の王一派に対する依存も少しは減らせるだろう。
まあ、ネルとその仲間達がどれほどの情報収集能力を持っているかは知らんが、少しは期待させてもらおうか。
味方を増やして、悪いことはないしな。
足手まといは邪魔だが、コイツ程の実力だったらそうはならないはずだ。
お仲間も、魔界に派遣されているぐらいだから、こっちでも通用するぐらいの相当な実力者であると見ていいだろう。
「――これでいいか?レイラ」
「えぇ、ユキ様ー。満点ですー」
こそっと耳打ちをすると、にこにこ笑みを浮かべながらそう言うレイラ。
はい、そうです。今ちょっと賢い会話を交わした俺は、全てレイラの陰からの指示で話してました。もうこういうことは全部、レイラに任せてしまいましょう。
レイラ様万歳。一生付いて行くっす。
なんかリューみたいだったな、今の。
「……ありがと、おにーさん。おにーさんがいてくれて、僕、とっても心強いよ。ちょっと不安だったけど、何とかなる気がしてきた!」
「フッフッフ、これを機に、俺を頼れるダンディおにーさんって呼んでくれてもいいぜ?」
「それは絶対に呼ばないけど」
あ、そっすか。
いや、まあ、俺も実際にそう呼ばれたら、大分反応に困っただろうけど。




