翼をください1
ある日のこと。
「…………んおぉっ!?」
見つけた。見つけてしまった。
突然立ち上がっておかしな声を上げる俺を、イルーナが不思議そうに眺めてくる。
玉座に座る俺の膝の上に陣取っていたが、俺が立ち上がったことによって床に落ちたシィがちょっと抗議の視線をこちらに向ける。
が――今の俺には、その様子は視界に入っていなかった。
これだ。これを俺は、ずっと探していた。
もしかして、と思ったのだが……俺の予想は大当たりだったのだ。
「……フフ、フハハ、フハハハハ!俺は空を翔ぶぞォォォ、ジョ〇ョォォォォ!!」
華麗な三段笑いをかまして俺は、玉座の間から出て行った。
* * *
別に、俺の気が触れてしまった訳ではない。
見つけてしまったのだ。
ちょっと前にリルに見せてもらった『万化の鎖』というスキル。
そう言えばあれ、カタログに載ってるだろうか?と思い、色々見ていた内に、一つの別のスキルが目に留まった。
そう、それこそは――『飛翔』。
色々面白いスキルはあったものの、通常のスキル一覧には見つからなかったから、そういう空を飛べるようになるようなスキルは存在せず、レフィとかは単純に、身体に備わった基本的な能力で飛んでいたのだろうと落胆していたのだが……それは違った。
固有スキルだったのだ、『飛翔』は。
それを見つけた瞬間、即座に俺はDPと交換してしまっていた。
通常スキルの十倍以上も掛かったが、そんなものは関係ない。総DPの三分の二が消えていったが、そんなことは知らん。
何故ならそれは、ロマンだからだ。
この世で生きるのに必要なことを教えてやる。
ロマンだ。
どっかの海賊王もそれを求めて海へと旅立ち、命を掛けてロマンを追い求めているのだ。
だというのに、必要DPがメチャクチャ多いぐらいで、尻込みなんかしていられない。
レフィに言ったら「普段儂らに無駄遣いするなとうるさいお主のどの口がそれを言うか!」とか言われそうだが、アイツはDP関連は全然詳しくないので問題ない。
興奮冷めやらぬままに俺は、今までずっとしまいっぱなしだったコウモリだかドラゴンだかわからない翼を出現させる。
煌く陽光の光を吸い込む、漆黒の翼。
前世じゃ漆黒の翼(笑)だが、今世じゃ違う。これは本物だ。
――いや、それも違うな。
今までは確かに飾りだった。コスプレだった。
だがしかし、今こそこの翼は、本物と化す。確かな役割を得て、俺をどこまでも連れて行ってくれる空への架け橋となる。
今日こそ俺は、この大自然、雄大なる自由へと向かって、飛翔するのだッ――!!
「さぁ、行くぞ!!あの大空へ!!」
声高な歓喜の滲む雄叫びと共に、俺はバサリと勢いよく翼を羽ばたかせ――。
……。
…………。
………………。
……………………ん?
――られない。
うんともすんとも言わない俺の翼。
……いや、少しだけパタパタとは動くが、空を飛び上がりそうな気配はない。
「……さぁ、行くぞ!!あの大空へ!!」
再度気合を入れるが……空は未だ、遠いままだった。
な、何でだ!?
スキルは……ちゃんと発動している。
あまり上手く言えないのだが……スキルは発動している時、眼を瞑っていても腕を動かせばちゃんと動いていることを認識出来るように、そうとわかるものだ。
飛翔のスキルは、ちゃんと発動している。
だというのに――飛べない。
「何故だ!?何故飛べない!?」
その後、何度も何度も空を飛ぼうと懸命に翼を羽ばたかせ、跳躍を繰り返し、まるでひな鳥が飛ぶ練習をするかのように、大空へと向かって飛翔を試みる。
――だが。
「ハァ、ハァ……何で……」
俺の身体が、一度も宙へと舞うことは、なかった。
……もしかして、元々俺は、空を飛ぶことが出来ないのか……?
脳裏を過ぎる、その想像。
例えば、動物が料理スキルを持っていようが意味がないように、俺のこの翼も本当にただの飾りで、決して飛ぶことなど出来ないんじゃ……?
まるで山の山頂から谷底へと一気に突き落とされたかのように、俺のテンションが急激に下降していく。
頭上に広がるは、残酷なまでに綺麗で、どこまでも澄み渡っている大空。
お、俺には、この空を翔ることは叶わないのか……?
絶望に、目の前が真っ暗になる。
突き付けられたそのあまりの現実に、膝を崩し、両手を地に突く。
――いや、落ち着け。気を強く持つんだ。希望を捨てるにはまだ早い。
何より、空への情熱はこんなものじゃない。
これぐらいで、諦めてたまるかってんだ。
それに、よく考えてみろ。
このスキルにはレベルがないが、それでも今の俺はこれを取得したばかりだ。剣術スキルのように、上手く扱えていないだけの可能性が高い。
ならば――使い方を聞けばいいじゃないか。それを上手く扱えていそうなヤツに。
* * *
「――それで、儂に泣きついて来たと」
「そうです。覇龍様のお力を是非ともお借りになれたらと」
レフィの前に平伏する俺が、そこにはいた。
「お主に今更そんな態度を取られると非常に気色悪いの……。というかユキよ、忘れた訳ではなかろうな?ついこの前、不当な理由で菓子を禁止にして、きっちり三日間儂に絶望を味わわせてくれたのに、この掌返しとは随分虫の良いことじゃとは思わんか?」
「足の裏でもお舐めしましょうか」
「ど、どれだけじゃお主……」
ドン引きした表情で俺を見るレフィ。
しゃーないねん、空、飛びたいねん。
前世において人類は、遥か太古から空へと思いを馳せていた。
それを、自分が体験出来るかもしれない世界に来たのだ。
そんな機会、逃す訳にはいかないだろう。
「ええい、そんなことはせんでいい。それよりも、わかっておるじゃろ?これじゃ、これ」
そう言ってレフィは、親指と人差し指で円を作り俺に見せる。
コイツのこの動作は当然、金を表しているのではない。ドーナツを表している。
なんだ、そんなものでいいのか。
それぐらいならお安い御用だと、俺は三種のドーナツ盛りパックを出現させる。
ちょっと高級感を漂わせるために、白い紙の箱付きだ。
「な、何じゃこれは……しかし、この芳しい香り……!」
レフィは恐る恐ると、まるで宝箱を空けるような慎重さで箱を開け、中身を確認する。
「ぬわっ!?こ、これは……三種盛りじゃと!?し、しかも見るからに美味しそうじゃ!!」
驚愕の表情で、俺を見るレフィ。
いっつも食わせてやってるのは、一番安い普通のリングドーナツだからな。
それと比べると遥かに高級なのは確かだが……。
レフィは当然、この世界基準で物事を考えているから、甘味全般は俺が大きいコストを払って出現させていると思っている節がある。
前世でも昔は甘味って貴重品だからな。
この反応を見るに、今渡したドーナツなんかは、きっとものすんげーコストを支払って出現させたものだと勘違いしているに違いない。
それ、高いと言っても地球換算じゃ大体六百円ぐらいなんだが……。
こんな反応をされてしまうと、騙しているみたいで流石に罪悪感が沸いてくる。
「……これもつけてやる」
「な、なにっ!?こ、これは、以前お主が一度だけ出した幻の菓子、『かすていら』ではないか!?」
お前の中でカステラは幻扱いなのか。
いや、確かに一回しか出したことないけども。
なんか微妙に高かったもんで、どうせコイツは量を食いたいだけだろうからってそれ以来出していなかったのだが、そんなに気に入ってたのか。
「……いつもはぐちぐちとうるさいお主が、こんな大盤振る舞いするとは……。相分かった。ユキの熱意はしかと受け取った。ここまでされてしまっては、儂も前回のことは水に流し、儂がお主を、天空の覇者――いや、覇者は儂じゃから、天空の魔王にしてやろう」
「天空の魔王て」
レフィにとって覇者は譲れないところなのだろう、きっと。
「あー!おねえちゃんずるーい!」
と、その時、成り行きを見ていたイルーナが抗議の声を上げる。
「ふふ、残念じゃがイルーナよ。これは知識を教えるという労働に対する正当な評価じゃ!お主も欲しくば、何か労働をするのじゃな」
幼女に向かってドヤ顔でそんなことを言う覇龍。
普段食っちゃ寝しているだけのヤツが偉そうにと思ってしまったが、今日に限ってはコイツの機嫌を損ねると教えてもらえなくなりそうなので、黙っておく。
「うぅ……おにいちゃん、私もろーどーするから、甘いの食べたい」
「よし、じゃあ、今日の晩飯の用意、手伝ってくれな。そしたらデザートを出してやろう」
最初はDP交換で出せる既製品ばっかり食べていたが、キッチンを追加してからは、ちゃんと料理を作るようにしている。
何となく、既製品の料理はコンビニ弁当みたいな感じで、ちょっと味気ないんだよな。
ちなみにその料理は完全に俺の仕事だ。
レフィは料理なんかする訳がないし、イルーナは家で手伝いをしていたみたいだが、それでも任せられるのはレタスを千切ったりするぐらいだからな。
俺もそんな特別料理が得意な訳じゃなかったのだが、そうやって作るようになって、ちょっと楽しくなってきちゃった自分がいるのも否めない。
料理、やってみるとこれがまた結構楽しいんだよな。
「わかった!がんばる!」
「ぐ、でざーとか……それも惹かれるの……」
「お前も晩飯手伝うなら、それとは別に出してやってもいいぞ」
「…………いや、遠慮しておく」
よっぽど手伝いをするのが嫌なのか、苦々しい表情でそう言うレフィに、俺は苦笑を溢した。




