道中《2》
「にゃははは!そうか、そっちのメイドの子は旦那の浮気監視要員か!ユキも悪い男だにゃあ!」
ごとごとと揺れる馬車……もう馬車でいいや。
その中で、猫獣人――ナイヤが愉快そうに笑い声を上げる。
「ハハ……」
その彼女に対し、俺は苦笑いを溢す。
……それにしても、『にゃ!』か。
言うんだな、やっぱり猫獣人。『にゃ!』って。
……いや、違うな。これは俺のスキルの結果か。
どうも、猫獣人の言葉は多少鈍りがあるようなのだが、それを俺の『言語翻訳』スキルが翻訳した結果、そのような語尾になっているようだ。
言語翻訳スキルェ……。
「じゃあ、その子が嫁さんとの子にゃ?」
胡坐を掻いて座る俺の膝の間に座り込み、自身の方を警戒するエンを見ながら、ナイヤはニヤニヤ笑みを浮かべてそう問い掛けてくる。
「そうだな、そんなようなもんだ」
今じゃ、レフィの牙も融合しているからな。
彼女の子供であるとも今だったら言えるはずだ。
「……?エン、主の子?」
「俺はそう思ってるぞ。エンは俺が親じゃ、嫌か――」
「嫌じゃない。とっても嬉しい」
「お、おう、そうか。ならよかった」
食い気味に返事をするエンに、若干気圧されながらそう答える俺。
この子、あれだよな。無表情に見えて実は結構感情豊かだよな。
可愛いから一向に構わないけど。
「何にゃ、その言い方だと、血は繋がってないんにゃ?」
「ま、ちょっと特殊でな」
「……そうでしょうね」
エンの本体が俺の背後にある罪焔であると知っているハロリアが、横でボソリとそう呟くのが俺の耳に届いた。
「ちょっとナイヤ、あんまり聞いたら失礼ですよ」
と、ナイヤの隣に座っている、ローブにとんがり帽子、そして古めかしい杖を持った、見るからに魔術師風の恰好をしている少女――ミーレが隣の猫獣人を窘める。
彼女は『魔女族』という魔族だ。
ただまあ、魔族の中でもとりわけ魔力を大量に有しているという種族特性はあっても、角が生えているとか、身体に独特の紋様があるとかの身体的特徴はこれといって特にないので、魔力眼で見ない限りはただの人間の少女にしか見えない。
……ローブでも誤魔化し切れない、ツルペタだということが特徴とは言えるかもしれないな。
まあ、恐らくはこの子だけの特徴だろうが。
「? 何ですか?」
「い、いや、その……デカい杖持ってるなと思ってさ」
「あぁ、これですか。これは我々魔女族の者が成人すると持たせられる、魔法の補助用具ですね。無くても魔法は発動しますが、あると魔法の制御が楽になるんです」
「へぇ……」
そうか、杖ってそういう効果があるのか。
俺も、一本ぐらい作っておこうかな。多分、武器錬成で作れる気がする。
うむ、検討しておこう。
「――って、え?成人?」
「何か言いたげな顔ですが、私は歴とした成人の女です。いいですか?もう一度言います。私は、成人です」
「お、おう。成人な。わかった」
ずいとこちらに顔を近付け、そう念を押す魔女っ娘ミーレに、俺はこくこくと頷く。
「……成人って何歳?」
「15ですねー」
ボソッと問い掛けた俺の質問に、レイラがコソコソと俺にそう耳打ちする。
なるほど……つまり、あれだな。
きっと、今までも子供のような見た目を馬鹿にされたことがあって、その度に悔しい思いをしていたのではないだろうか。
それで、とうとう15になって成人したために、自分は大人なのだとこうして言い張っているのだ。
安心しろ、魔女っ娘よ。15ならまだ、成長の余地は全然あるさ。
そのツルペタも、年月が経てば解決してくれるはずだ。
……いや、まあ、この子が15歳付近かどうかは知らないのだが。
ウチのダンジョンにも、千年以上生きて見た目中学生ぐらいのヤツがいるし、あんまりこっちの世界じゃ外見はアテにならないからな。
アレはちょっと極端な例かもしれないが、もしかすると歳を重ねて大きくならない種族という可能性もある。
「フフ、この子達魔女族は、あんまり身体が大きくならない種族なんです。可愛いですよねー」
「キャッ、ちょ、ちょっとルイーヌ、やめてくださ、ひゃんっ」
そうして喋りながらミーレを抱き締め、突然彼女の身体を弄り始めたのが――ルイーヌ。
種族は『テンツェル・デビル』で、魔族。
側頭部から前に掛けて伸びる角と、悪魔尻尾を生やしている。
非常に肉感的な大人の女性で、恰好もかなり煽情的な、美人なおねーさんだ。
事実、馬車に乗っている他の乗客の男共のほとんどの視線がルイーヌの方を向いて、だらしなくその頬を緩めており、そして逆に彼女の近くで会話を交わしている俺に対しては睨み付けるような視線を送って来ている。
野郎共の視線が痛いので、もうちょっと厚着をしてください。
……というか、そうか。
この魔女っ娘はもう、これ以上成長する可能性は低いと。
あぁ、なんと、悲劇にも俺の予想は後者が正解だったらしい。
「な、何です?その憐憫の感じられる目は」
「強く生きろ、魔女っ娘よ」
「魔女っ娘!?」
愕然とするミーレに、ナイヤとルイーヌが笑い声を上げる。
――彼女らは馬車の護衛の任務を受けた冒険者のパーティで、長らく一緒に組んでやっているそうだ。
猫獣人のナイヤが斥候、ミーレが魔術師、そしてルイーヌが『剣舞士』という、一応前衛に当たるらしいクラスに就いている。
剣舞士についてレイラに聞いてみたところ、どうも踊ることで魔法を発動し、相手を状態異常に陥れながら双剣で戦うクラスだそうだ。
ああして薄着なのも、敵の視線を釘付けにして状態異常の魔法を掛けやすくするためだとか。
……確かに効果は抜群だろうな。特に男に対して。今も効果を発揮しまくっている。
じゃあその近くにいる俺に対しても効果を発揮しているのかと言うと、彼女の方に視線を向けようとすると膝の上のエンが目隠しをしてくるので、大丈夫。
魅了耐性はばっちりである(血涙)。
ちなみに、護衛がこうして馬車の中でくっちゃべっていていいのかと言うと、今は他の冒険者パーティが外で護衛をしているので構わないらしい。
彼女達が交代するのはもう少し後だそうで、同じく休んでいる冒険者達としっかりローテーションが組まれているそうだ。
まあ、護衛が一パーティだけじゃ心許ないだろうからな。
……つか、今更だが魔族の治める領域である魔界にも、冒険者の職ってあるんだな。
流石に人間達とは管轄が違うようだが、仕事内容もほとんど同じものだそうで、中にはさらなる刺激を求め、わざわざ人間の街から魔界にやって来て冒険者をやっている、酔狂な人間もチラホラいるらしい。
魔界は完全な実力主義なので、強ければ人間であろうと下に見られることは無いのだそうだ。
と言っても、そんなヤツらは本当に一握りだそうだがな。
「魔女っ娘とは何です、魔女っ娘とは!非常に不本意です。訂正してください」
「あぁ、そうだな。ごめんよ……君は立派な大人のレディだったな。ほら、飴を上げるから機嫌を直しなさい」
「この人存外に失礼ですね!?」
何だ、飴はそんなに好きじゃないのか?
じゃあこれは、エンにでも食べさせてあげよう。
「にゃはは!ユキ、お前面白いヤツだにゃあ!」
ナイヤが爆笑しながら、俺の肩をバシバシと叩く。
そうして俺達は、ゴトゴトと揺れる車内で談笑を続け――。
長くなったので分割。




