晩酌を共に
その日の夜。
「なあ、レフィ、お前酒飲めるか?」
俺は、対面にあぐらで座って「むむむ」と唸るレフィにそう問い掛けた。
すでにメイドさん達は部屋に引き上げた後で、イルーナとシィもまた眠っており、彼女らの眠るその横で俺とレフィは、将棋盤に向かい合って座っていた。
夜寝る前にゲームをするのはもはや日課のようになっており、大体こういうボードゲーム系を二人でやることが多い。
ちなみに現在は、俺が飛車角落ちのハンデで、ちょうど五分五分、といった盤面だ。
まあ、以前は飛車角に加えて金銀落ちでどうにか、ってところだったので、これでもレフィは大分上達していると言えるだろう。
「む?まあ飲めるが。龍族は元々皆が皆大酒飲みじゃしな。儂は菓子の方が好きじゃからそんな飲まんが」
「へぇ?そうなのか」
「うむ。酒欲しさにどこかの都市に攻撃を仕掛ける阿呆も中にはいるぐらいじゃ。まあ、そう言う堪え性のない輩は、すぐに討伐されるがな」
そりゃ……ハタ迷惑なヤツもいたもんだ。
「それより、何じゃ急に。お主は酒、好きじゃないのだろうと思っていたんじゃが?」
盤面を睨んでいたレフィが、不思議そうにこちらを見上げる。
「あぁ、いや、嫌いって訳じゃねぇんだ。別に好きって訳でもないけど。王都に行って、王様助けて来たって話はしただろ?そんで……まあ、その報酬みたいなもんで、高そうなワイン貰ってきたんだ。なかなか美味かったから、お前も飲まないかなって思って」
「ほう?お主がそう言うのであれば、相当美味いのだろうな。ならば是非飲んでみたいの。儂も貰えるか」
「へい、了解」
彼女の言葉に俺は、予め用意しておいたグラスと、ワインボトルをアイテムボックスから取り出して手に取る。
ボトルの栓を抜くと、キュポン、と良い音が鳴り、中から芳醇な香りが漂って来る。
トクトクと二人のグラスにワインを注いでいくと、レフィがポツリと溢す。
「ふむ、良い香りじゃ」
「これ、すごい飲みやすくてガブガブ飲めちまうから気を付けろよ。俺より先に酔い潰れてくれるなよ?」
「ほう?元々大酒飲みである龍族、その中で頂点に立つ、最強の龍族である儂が先に酔い潰れると?お主こそ、こんな万端の準備しておいて、あっさり潰れるでないぞ?」
不敵な笑みを浮かべるレフィに、俺もまたニヤリと笑って答える。
「フッ、知ってるか?レフィ。己の強さを過信する者は、その強さに溺れて下剋上されて負けるのが常なんだぜ?」
「言いよるわ!そうまで言うなら、勝負じゃ。大口叩いたのじゃ、奮戦を期待しておるぞ?」
「フハハハ!いいだろう、魔王の底力、お前に見せてやる」
彼女がこちらに伸ばすグラスに、俺は自身の持つグラスをカチンとぶつけた。
* * *
「お、おい、大丈夫か?レフィ」
「うるひゃい!大丈夫りゃ!」
頬を紅く染め、トロンとした目をしながら、クイッとグラスを呷って中身を嚥下する。
その口の端からワインが零れ、首を伝って胸元に流れていくのに、そこはかとない色気を感じる。
すでにかなり酔いが回っているようで、その口調は大分覚束なくなってきており、頭もフラフラと揺れている。
……レフィ、メッチャ酒弱かったです。
いや、確かにすでに結構な量を飲んでいるし、弱いということは無いのかもしれないが、勇者よりは確実に弱い。
せいぜい一般人よりちょっと強い、といった程度だ。
コイツ……あれだけ龍族がどうたら言っていたくせに、あっさり酔い潰れてんじゃねぇか。
期待を裏切らないヤツだな、ホント。
苦笑を溢して俺は、キッチンから水を汲んできて、それをレフィに渡す。
「ほら、とりあえず水飲め」
「ん……んむ……プハッ」
俺からグラスを受け取り、その中身を全部飲み干したレフィは、グラスと途中で止まっていた将棋盤をズズズ、と横にずらすと、すてんと倒れてあぐらを掻く俺の膝の上に頭を乗せる。
彼女の温もりが、寝間着の布越しに伝わって来る。
「何だ、ギブアップか?」
「戯け。まだまだこれからじゃ。今は休憩」
水を飲んで、幾ばくか酔いが醒めたのだろう。さっきよりは大分しっかりとした口調でそう言うレフィ。
さっきからずっとこんな感じだ。酔うのは早いが、泥酔から醒めるのも早い。
この辺りは、やはり大酒飲みの龍族の特徴なのだろう。
そんな彼女に笑って、俺はその頭に手を置くと、彼女の透き通るような綺麗な銀髪をくしゃりと撫でる。
「――なぁ、レフィ」
「む?」
「最近お前、無理してるだろ」
俺がそう言うと彼女は、「むぐっ」と言葉を詰まらせ、俺を見上げる。
「べ、別に無理などしておらん。な、何じゃ急に」
「もう半年近くは一緒にいるんだ。ちょっと前のお前と今のお前が大分違うことぐらい、すぐわかるさ」
「…………」
沈黙するレフィに、俺は言葉を続ける。
「無理しなくていいぞ。リュー達に何を言われたかは知らんが、お前が無理をしなくても、俺は普段のふざけているお前を見ているのが楽しい。お前と一緒にふざけるのが楽しい。だから、普段通りでいてくれりゃあ、いいんだ」
「…………別に、無理をしている訳では、ない」
少し恥ずかしそうに、俺から視線を逸らして、彼女はそう呟いた。
「確かに、慣れんことをしている自覚はある。だが……それが嫌な訳でも、無理をしている訳でもない。自分で、やりたくてやっていることじゃ。その……お、お主とこうして触れ合っているのが――今の儂には心地良くてな」
顔を真っ赤にして、はにかみながらボソッとそう言うレフィ。
「――――」
普段は雪のように白い肌を、熟れたリンゴのように真っ赤に染めているその彼女の表情が、どうしようもなく美しく、無性に愛おしいもののように見え、まるで吸い込まれるようにレフィから目が離せなくなる。
少しだけ、速くなる心拍。
「……フ、フンッ、何をそんな、呆けた顔をしておる。ほれ、休憩は終わりじゃ。早く次のボトルを開けよ」
俺の膝から頭を上げ、四つん這いでさっきまで座っていた位置に戻るレフィ。
「あ、あぁ……て、てか、お前、まだ飲むのか?」
思わず見惚れてしまっていたのを、俺は誤魔化すように呆れた様子でそう問い掛けた。
「当たり前じゃ。それと、しょーぎの続きもやるぞ」
「わかったわかった――ってお前これ、いつの間にか盤面逆転されてんじゃねえか!さては勝手に駒動かしたな!?」
「フッ、何のことかわからんな?儂が動かしているところなど、見ておらんかっただろう?それとも、降参するための言い訳か?」
「グッ……いいだろう。これぐらいのハンデで、実力的にはちょうどいいぐらいだ」
いまだ少し頬を紅くしながらも、ニヤリと勝ち誇った表情を浮かべるレフィに苦笑を溢し、俺は次のボトルをアイテムボックスから取り出した。
――その後俺達は、両方が酔い潰れるまで、夜の静けさを共に過ごした。




