レフィの異変
――レフィの様子が、何かおかしい。
「む、お主、髪に何か付いておるぞ。」
「お、おう。……あんがと」
「うむ、気にするな」
レフィが手を伸ばして、俺の頭に付いていた糸クズみたいなゴミを取る。
礼を言うと、彼女は鷹揚に頷き、そして特に何をするでも無くすとんと俺の隣に腰を下ろす。
「…………」
「…………」
「あー……その、レフィさんや。そんな見てても面白いもんじゃないと思うが」
スキルレベルを上げるために練習していた武器錬成の手を止め、隣の彼女にそう言う。
「う、うむ、まあそうかもしれんが……だ、駄目かの?」
「……い、いや、別にダメじゃねーが」
……ここんところ、ずっとこの調子だ。
まず、なんか距離が近い。
以前と比べ、一歩分だけ俺の近くに寄るようになった。横にいる時など、常に身体のどこか一部がくっ付いているような状態だ。ちょっと暑い。
そして、やたらとスキンシップが増えた。
用事があって呼ぶ時に、ちょこんと服の端を引っ張ってきたり、よくもたれ掛かって来たり。イルーナかと思って振り返ってみたらレフィだった、というのも最近は多い。
無論、俺としては全く悪い気はしないし、少女の柔らかい身体の感触に気持ち良いと思ってしまうどうしようもない男の性が、健全な一般男児である俺にも漏れなく備わっていることは確かなのだが……何と言うか見ている限りだと、レフィの方も大分無理している様子が窺えるのだ。
顔を赤くしていることなどしょっちゅうだし、どことなく会話もぎこちない。おかげでなんか、こっちとしても調子が狂う。
今のレフィも、悪くない。というか、ぶっちゃけ可愛い。
可愛いが、正直、普段のふてぶてしい様子のレフィの方が俺としては好きだったりする。
あんまり無理をしてほしくもないし、早いところ普段通りに戻っていただきたいのだが……。
* * *
「――で、リュー」
「ヒッ、な、なんすか、ご主人。そんな怖い笑顔を浮かべて」
俺は恐らく事情を知っているであろうリューを城の方に呼び出し、彼女を壁に張り付かせ、その頭の横にドン、と手を置く。
いわゆる壁ドン状態である。勿論、そんな甘酸っぱいイベントではありません。これは彼女を脅し、逃がさないようにするための檻です。
リューは、その音にビグッと肩を跳ねさせ、恐る恐ると俺を見上げる。
「最近、レフィの様子がちょっとおかしいんだが、何か知ってるよな?」
「い、いや?別に?お、おかしいところなんて特にないと思うっすよ?」
「ほう、お前はあのレフィの様子がおかしくないと申すか」
「レ、レフィ様も乙女っすから。女の子らしい振る舞いをしていても、別に普通じゃないっすか?」
「今まで一日の大半を寝て過ごし、起きてすることと言えば飯を食うかゲームするかしかしなかったヤツが、急にそんな女らしい振る舞いをし始めて、何にもおかしくないと?」
「…………」
何にも言えなくなり、押し黙るリュー。
「……と、というか、な、何でウチなんすか?レ、レイラもいるんで、彼女に聞いたらウチより事情を知ってるかもしれないっすよ?」
あ、コイツどうしようもなくなって同僚売りやがった。
「レイラには俺、ちょっと頭上がらないので」
今では家事全般やってもらっているし、魔法に関しても色々教えてもらっているし。
彼女にはちょっと、俺は何にも言えないです。
「なっ、じゃ、じゃあウチだったら別に構わないと!?」
「だってお前、ポンコツメイドじゃん」
「ウチが気にしていることをサラリと言いましたね!?ヒドいっす!差別っす!横暴っす!ウチにももっと優しくしてほしいっす!!」
「フッ、バカめ。魔王とは元々横暴なのだ。それに今頃気付くとは、愚かなり。それに、十分優しくしているだろう?俺がいなければリルはお前には近付かんぞ?」
ニヤリと笑ってそう言うと、リューは悔しそうに表情を歪める。
「ウグッ、た、確かにそれはそうっすけど……」
「そう言う訳だ。――で、どうなんだ?結局。何でレフィはあんなことになってるんだ?」
そう問い掛けると、リューはようやく逃げられないと悟ったのか、渋々と言った様子で語り始めた。
「……あの、絶対に黙っててくださいっすよ?ウチ、消し炭にされちゃうんで」
「おう。わかってる」
「……なんか、レフィ様が悩んでいるようでして」
「……レフィが?」
――リューの話を聞いてみたところ、どうもレフィは、他人との距離の詰め方がわからなくて、思い悩んでいたらしい。
何だか、友達の作り方がわからない子供みたいな悩みだが……レフィは、ずっと一人で生きて来た。それこそ、何世紀という時をだ。
当然、こうして他者と共に日々を過ごすことなど皆無だったし、全てが全て初めての経験ばかり。
今の生活は、新鮮で楽しい。楽しいが、しかし、このままでいいのだろうか、と。
そう、今のこれは、他者が距離を詰めて来てくれたからこそ得られたものであり、自身は何もしていない。
自身で勝ち取った訳じゃないものを、まるで自身で勝ち取ったかのように甘んじていれば、いつかそれは夢幻のように消え去ってしまうということを、長い生の中で知っている。
もう少し、自分から他人との付き合い方を学んだ方が良いかもしれない。
そんなことを、ふと俺が王都に行っているタイミングで、思ったのだそうだ。
それを、少し前にボソッとリューとレイラに溢したらしく、話を聞いた二人が、存外に可愛いレフィの悩みのために力になると意気込み、何を教えたのかは知らんが色々と指導したそうだ。
――つまり、あれはリュー達の入れ知恵を鵜呑みにして、空回りした結果の産物ということか。
「ハァ、全く……」
苦笑が漏れる。
らしいと言うか、何と言うか……ホント、色々と不器用なヤツだ。
そんな難しく考えず、今まで通り普通にしていればいいのに、経験が無いことだからこそ心配になってしまったのだろう。
俺が何かを言うべき問題ではないかもしれんが…‥何も知らずにいる態で、もう少しアイツに付き合ってやるか。
どうせこれからも、どちらかが死なない限り、非常に長い付き合いになるのだ。そうであれば、嫌でも距離感の掴み方を覚えるだろう。
……ただまあ、あんまり無理をしないようには言っておくか。どこかの段階で無理が祟って、暴走されても困るしな。
今日か明日にでも、城で貰ってきた酒を飲ませて息抜きさせてやるとしよう。
* * *
「フゥ……何とか誤魔化せたっすね……」
彼女の主人がいなくなったのを見計らって、リューは安堵と共にそう溢す。
誤魔化せたと言っても、全てが全て嘘という訳ではない。
彼女のもう一人の主人と言うべき少女の悩みが、他人との距離感であったのは確かだが、しかし実際には、もう少し踏み込んだ内容の悩みだった。
あの可愛らしい方の主人の悩みは、他人との距離の詰め方ではなく――ただ一人との、距離の詰め方。
そんな、聞いているだけで甘酸っぱい気分になる、年頃の少女のような悩みを、彼女は抱いていたのだ。
――だが、それは……自分の口から言うべきものではないだろう。
「フフフ、頑張ってくださいっすよ、レフィ様!ウチらメイド隊は、レフィ様を応援してるっす!」
そう、グッと拳を握るリューだった。




