晩餐
国王との会話を終えた後、リルを呼びに王都の外へと出て行き、見つけたリルに身体を小さくして普通の狼サイズになってもらってから、王都の門へと向かった。
そこで少々ゴタゴタはあったものの、国王の肝いりによって特に煩わされることもなく従魔登録は無事完了、そのまま城の執事らしい老年の男にリルと共に馬車で連れられ、俺は城へと戻って来ていた。
「ほう……これがフェンリルか?思っていたより小さいのだな」
「可愛い狼さんです!」
国王親子がそう言うので、俺はご要望通りにリルへ元の姿に戻るように声を掛ける。
グググ、と身体が大きくなっていき、数秒もせずに本来のサイズに戻るリル。
近くにいた兵士君がギョッとして武器を構えかけ、しかし俺がリルにあげた伸縮自在の魔法が掛かった首輪に従魔登録のタグが付いていることを確認して、ホッと一息吐いて武器を下ろした。
すまん、驚かして。
「うおっ!?……す、凄まじいな。これは。流石伝説の魔物である」
「うわぁ!!すごいおっきい狼さんです!!」
驚愕と畏怖を瞳に浮かべる国王に対し、全く怖がることもなく、ポフッとリルの前脚に抱き付いてモフモフの毛並みに顔を埋める王女。
どうしてこう、子供はあんまり物怖じしないのだろうか。イルーナもそうだったし。
俺なら、こんなのが急に出て来たら絶対ビビるんだけど。
――とまあ、そんな感じで時間を潰し、その日の晩。
俺が案内されたのは、王都の夜景が展望出来る、少し高い位置にある城の一室。
「へぇ……!いい景色!」
「あぁ、ホントにな」
俺の隣にいる少女――勇者の言葉に頷く。
城下の街並みと、家々から漏れる明かりが仄かに王都を照らしており、なかなかに幻想的な光景だ。
俺の城は、周囲が殺風景なため、景色という点ではちょっと劣っているからな。ちょっと。
仕方ないことかもしれないが、帰ったら草原エリアに何か追加しよう。負けてられん。
ちなみに今この部屋に案内されているのは、国王親子の他に俺、そして俺の知り合いであり、今回の件で国王が大いに世話になったとして、ネルと女騎士カロッタ、あとは給仕用のメイドさんが幾人かだけである。本当に少人数だ。
国王救出のために尽力した他の兵士諸君に関しては、また別の日に宴を催して慰労するらしい。そっちはそっちで楽しそうだな。
連れて来たリルは、部屋のバルコニーへ自身で歩いて行き、今はそこで寝そべっている。恐らくは俺達の邪魔をしないように、という配慮なのだろう。
この配慮の仕方、コイツが人だったらきっと、モテモテだったこと間違いなしだな。
「陛下、此度はお招きいただき、誠にありがとうございます」
「良い。そなたらには助けられた。せめてもの礼だ。それと、あまり堅苦しくするでない。せっかくの宴が堅くなってしまう」
「ハッ!ご厚意、感謝致します」
国王とカロッタが大人な会話をしている横で、俺と勇者は王女に手を取られ、席に案内される。
「まおー様!ネル様!こっちです、どうぞこちらに」
「あ、はい、わかりましたイリル様。……ねぇ、おにーさん、イリル様が魔王様って言ってるけど、正体バラしちゃったの?」
こそっと耳打ちするネルに、俺は苦笑を浮かべて言葉を返す。
「ちょっと成り行きでな。まあ、子供の言うことだから誰も気にしないだろ。それより、王女とは知り合いだったのか?」
「うん、これでも勇者だからね。幾度か顔を合わせたことはあるんだ」
と、そんなことを話しながら全員が席に着いたところで、奥から現れたメイドさん達が料理を運んで来て、俺達の前に置いていく。
「おぉ……すげー美味そうだ」
「うわぁ、す、すごいよ、おにーさん!ぼ、僕こんな豪勢な料理、初めてだよ!」
歓声を上げる俺と、ネル。
並べられた料理からは、すんごい美味そうな匂いが漂っており、それを嗅いでいるだけで腹が減ってくる。
ちなみにコースという訳ではないらしく、立食形式に近い感じだ。楽でいいね。
「えへへ、当家自慢のシェフ達による料理です!」
俺達の横で王女が、えっへんと胸を張り、誇らしげな表情でそう言う。
机に全て料理が並べられ、王女様だけぶどうジュース、それ以外の面々のグラスにワインが注がれたのを確認してから、国王は「さて」と切り出した。
「諸君、此度は本当に助けられた。ささやかながら、私の感謝の印だ。遠慮せずに、どんどん食べてくれ。――では、乾杯」
「「乾杯!」」
短い国王の音頭の後に、グラスを口へと運ぶ。
喉を透過したアルコールが、ジワリと身体を温める。
あぁ……美味い。
ワインの良し悪しがわかる程飲んだことは無いのだが、しかしそんな俺でもわかるぐらいにはこのワインは美味い。どれだけでも飲めてしまいそうな喉越しだ。
俺の隣に座っている勇者も、一口飲んでとろけるような顔をしている。
……というかコイツ、普通に酒飲んでるけど、絶対二十歳を過ぎていないはずなのだが……いや、異世界だしな。特にそういう年齢制限はないのか。
また、カロッタは一口飲んで「ふむ、美味いな。サンデルジュのものでしょうか?」などと国王とワイン談義を行っている。お偉いさんっぽいし、やはり飲み慣れているのだろうか。
そして、俺達がすごい美味そうに飲んでいるのを見て、土産として後で数本贈ってくれると言う国王。
ありがたく貰っていくとしよう。帰ったら、レフィとメイドさんズにも飲ませてやらねば。ぐでんぐでんに酔っ払ったレフィとかちょっと見てみたい。
いい気分で礼を言ってから、俺達はそれぞれ料理へと手を付けた。
――ここまでは良かった。ここまでは。
ここまでは、いい気分で酒を飲み、料理もメチャクチャ美味しく、わいわいと談笑し、楽しいひと時を過ごしていたのだ。
……大変だったのは、程良く皆の酔いが回り始めてからだった。
* * *
「えへへへへ、おにーしゃん飲んでましゅか。あれ、全然飲んでないじゃないでしゅか。僕が酌んであげましゅ。えへへへへ、はい、どーぞー」
俺の腕を取り、しな垂れかかって来ながら、トポトポと俺のグラスにワインを注いでいく勇者。
「あー!わかったわかった、はい、ありがと!もうそこまででいい!溢れるって!」
勇者がなみなみ注いでグラスからワインが溢れそうになったため、俺は慌てて彼女の手からボトルを取り上げる。
「それじゃあ、おにーしゃん、僕が飲ませてあげましゅね。えへへ、はい、お口開いてー。……え?飲めない?ワガママさんでしゅねぇ、仕方ないでしゅから、僕が直接飲ませてあげりゅ」
「おまっ、落ち着け!顔を近付けて来るな!!飲む、飲むから!!」
唇を近付けて来る彼女からグラスをひったくって、その中身を飲み干す。
アァ……胃が焼ける……。
「えへへへへ、じゃあ、次はお料理ですね、はい、あーん」
「熱っ、待て、そこは口じゃない!アチッ、はいはい食べる、食べます!はい、あーん!!」
ドリフばりに口じゃないところへと料理を押し付けて来るので、半ばやけ気味に口を開き、俺は勇者が差し出して来るフォークを口に含む。
「美味しかったでしゅかぁ?なら、もう一口、はい、あーん」
「あぁ、もう、飲み過ぎだお前!!」
普段こんな高級ワインは飲めないからと調子に乗ってグビグビ飲んでやがった勇者は、もはや呂律が回らなくなるぐらいに酔っ払うと、なんかこうして物凄い甘やかそうとしてくるようになった。
酔っ払っている勇者は少々小悪魔的な雰囲気が出ていて、色っぽさは増しているのだが、完全に絡み酒だ。
正直、鬱陶しいことこの上ない。
俺もかなり飲んでいる――というか、飲まされているせいで、結構辛い。
幸い魔王の身体のおかげか、まだほろ酔いぐらいではあるのだが、このペースで飲まされたら堪ったもんじゃないぞ。
「フフフ、まおーしゃまのにおい、フフフ、まおーしゃまぁ……」
そして、俺の膝の上に陣取り、グリグリと頭を俺の胸に擦り付けて来る王女。もうさっきからずっとこの調子である。マーキングでもされている気分だ。
……というか、この子からも酒の匂いがプンプンするんだが、いつの間に飲んでやがったんだ!?さっきまで普通にジュース飲んでたはずだぞ!?
「…………zzz」
また、対面の席に座る国王に関しては――寝てる。
対岸の火事、といった様子でさっきまでニコニコと俺達の様子を見ていた彼は、気付いた時には寝てやがった。
いや、まあ、わかるけどさ。恐らく最近色々あって、疲れちゃってるんだろうけどさ。ホストが寝るなよと声を大にして言いたい。
もうなんか、この国王ただの仕事疲れの中年オヤジにしか見えなくなってきた。頑張れお父さん。
――と、一人足りないことに気が付き、室内に視線を巡らせてみれば。
「あぁ……モフモフ……本当にモフモフだなぁ、お前……どうだ、ウチの子にならないか?私がそのモフモフ、ずっとモフモフしてあげよう……」
常識人枠であるはずのカロッタは、彼女もまた程良く酔いが回っているのか、バルコニーで伏せっているリルの体毛に身体を埋め、ずっとリルの横腹の辺りを撫で続けている。
リルが非常に困ったようにこちらを見て来るが……俺は見なかったことにして、スッ、と視線を逸らした。
許せ、リル……こっちはこっちでいっぱいいっぱいなんだ。
「む、おにーしゃん、お食事中によそ見はいけないんでしゅよー?そんな悪い子には、お仕置きでしゅ。私にあーん、てしなしゃい、おにーしゃん」
「フフフ、まおーしゃま、まおーしゃまぁ……」
――あぁ、もう、場がカオス過ぎるぞ!!
お酒は二十歳からどうぞ。




