エピローグ・そしてモブの日常へ【終】
BGMは、米津玄師の『感電』でお願いします。
《ザザーッ……、9月1日、朝のニュースです。地質学研究の第一人者である片出巌氏がザッ……、意識不明の状態から奇跡的な回復を見せ、発掘事業を再開させたザザッ……、学会からも安堵の声が…………》
「……ラジオ、点けっぱなしで寝てたな」
ここは、千葉県肘川市。
市内にある特徴の無い住宅の一室で、地味な見た目の黒髪の少年が、古ぼけたAMラジオの音で目を覚ます。
「……今日から学校か。ずっと夏休みでも良かったんだがな」
微居は自分の部屋からのそのそと起き出すと、白飯と岩のりで簡単な朝食をすませる。
肘川北高校の制服を身に付け、投げる用の岩を厳選して、服の中にゴロゴロと忍ばせる。
朝のテレビの占いを確認。今日も可もなく不可もなく。
「……さあ、行くか」
微居が玄関のドアを開けると、門の前に茶色髪の少年、親友の絵井が立っていた。
「かわいい幼なじみが、迎えにきてやったぞ」
「……何を、気色悪りーこと言ってんだ?」
微居の悪口を特に咎める事なく、絵井は笑いながら。
「まあまあ、小学校からの付き合いがある奴は、幼なじみって言っても過言では無いらしいぜ?」
「……何情報だ、そりゃ?」
絵井と微居は連れだって、学校へと向かった。
彼らの歩調に合わせて、住宅の街並みがゆっくりと流れていく。
2人が通う肘川北高校は、彼らが住む町から歩いて通える距離にある。
彼らがこの高校に進学を決めたのは、『近いから』という平凡な理由である。
「ええっ!? シャンカラ・ストーンを学校に預けたって?」
寝耳に水な微居の発言に、思わず絵井は声を上げる。
「……ああ。この前、寝ぼけて家に隕石を落としそうになってな。危なっかしくておちおち手元に置いとけやしねえ」
骨折はもう治ったしな、と右腕を回しながら微居は語る。
「なんだよ、だったら俺に預けてくれりゃ良いのに……」
絵井はせっかく手に入れた秘石を、簡単に手放した事に不満を漏らしたが。
「……それは最初に考えたが、お前んちに殺戮サイボーグみたいな奴が押し掛けて来やしないかと思ってな」
絵井は自分の家の玄関のチャイムを、メタルマンがピンポーンと鳴らしている姿を想像する。
「それは、普通に嫌だな」
「まあ、必要になったら取り返せば良いだけだ。校長の話じゃ、新しく来る『科学』の教諭に預けるらしいが」
「うーん、マッドサイエンティストとかじゃないよね? 悪用されたりしないかな……」
絵井はシャンカラ・ストーンの力を知るだけに、不安げに首を傾げるが。
「知らん奴から見たら、ただの岩だから大丈夫だろ。あと、来るのはメガネ美人で巨乳の女教師らしい」
「だったら、120%信用できるな」
だが彼らは後に、その女教師から怪しいクスリを飲まされて、ネコにされたりショタにされたりと『後書き劇場』でひどい目に遭わされる事を知らない。
「でもなあ、シャンカラ・ストーンは『恋愛成就』の御利益があるかもしれないんだろ? 学校が恋愛の聖地とかパワースポットになったりしないか?」
「……そいつはカンベン願いてーな。もし本当にそうなら、岩がいくらあっても足りやしねえ」
「リア充を殲滅する気か?」
微居は、そもそも『シャンカラ』とは破壊と創造を司る、いわゆる『破壊神』である事を知っていたので『恋愛成就』の効果に対しては懐疑的であった。
そのため、肘川北高校が次々にカップルが成立したり、ヒャッハーなモヒカン男が美女と付き合ったりするような、ご都合主義のラブコメワールドになるとは予想だにしなかったのである。
*
絵井と微居は住宅地を過ぎ、国道を歩道橋で渡る。
高台から見下ろせば、車道は通勤ラッシュの渋滞、歩道には行き交う人々の群れ。
微居は朝日に照らされたそれらの風景を眺め、自分自身は広い世界のちっぽけな存在である事を改めて感じる。
空のウロコ雲に秋の気配を感じ、少し感傷的な気分になっていると。
アイーン!
トークアプリの通知音を聞いて、絵井がポケットからスマホを取り出した。
「あ、ジュエルちゃんから着信が来てる」
画面に、『蛯原 珠瑛瑠』という名前が表示されている。
「……お前ら、いつの間に連絡先を交換してたんだ?」
「ああ、微居も良かったらグループに……って、お前はスマホ持って無かったな」
「……余計なお世話だ。パゴケーを馬鹿にすんな」
「ガラケーじゃなくて??」
絵井さん、お久しぶりです。お元気です?
先日はわたしの『秘石探し』にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
おかげさまで、わたしの婚約者の巌お兄ちゃんもすっかり元気になりまして、さっそく発掘作業に勤しんでいます。
それもこれも、全て絵井さんと微居さんのおかげです。あらためて、ありがとうございました。
ライトノベル『地質学を究めたら、年下で幼なじみの可愛い婚約者が出来た件』の展開的にも、1つのピンチを乗り越えたので、これから主人公とヒロインのイチャラブのターンに入ればいいなあと思う今日この頃です。
今度お会いする時は、お2人に巌お兄ちゃんを紹介したいと思っています。
お兄ちゃんもすごい岩マニアなので、きっと微居さんと話が合うんじゃないかなと思います。
「らしいぜ?」
「……別に紹介してもらいたくもねーけどな」
「まあまあ」
まだまだ残暑が続きますが、お身体にお気をつけて、元気にお過しください。
また、お会いできる日を楽しみにしています。
微居さんにもよろしくお伝えください。
それでは、です。
「すごい丁寧な文章だな。やっぱり、ジュエルちゃんは真面目な娘だね」
「……まだ、続きがあるぞ。『プレイステーション』と書いてある」
「P.S.(追伸)な」
P.S.
あの時の事ですが、あれだけの巨大隕石が肘川市に落ちたのに、何もニュースになっていないのはおかしいと思うのです。
研究者のカンですが、おそらく何者かの情報操作があったか、秘密機関の隠蔽工作などがあったのではないかと思われます。
「「秘密機関……?」」
シャンカラ・ストーンが肘川で発見されたのもそうですが、もしかしたら『肘川市』という街は、事件やカオスな事象を呼び寄せる不思議な力を秘めているのかもしれません。
もし、お2人にお困りの事がありましたら、ご一報ください。その時は今回のお礼に、私たちが全力でお助けいたしますので。
それでは、またです。
2人はジュエルのメッセージを読んで、顔を見合わせる。
「良かったな、微居。事件があったら、また『ヒーロー』になれるぞ?」
「……いや、もうヒーローはこりごりだ。しばらくはのんびりモブキャラをやらせてもらうさ」
「しばらくは、ね……」
一聞、怠惰な台詞のように思われるが、言葉のニュアンスから微居も感じているのだろう。近い将来、再び戦いの渦中に身を投じる事を。
その時の彼の立場は、モブキャラなのか、それとも……?
国道を渡りきると、いよいよ肘川北高校が見えて来る。
正門に近づくにつれ、道を歩くまたは自転車通学の生徒の数も増えてくる。
校舎の玄関をくぐり、久しぶりの教室に入ろうとする。
そこへ息急ききって、数人のモブクラスメートたちが2人の元へ現れた。
『絵井っ! 微居っ! 大変だーっ!』
「……どうした? モブのクラスメート」
『お前らもモブだろうが。じゃなくて、大変だ! 我がクラスの【はよくっつけ公認カップル】の田島と篠崎、そして浅井と足立が、この夏休みから付き合い始めたんだって!』
『オレは、遊園地でダブルデートをしているところを見かけた!』
『ボクは、浅井たちがショッピングモールで腕組んで歩いてるところを見た!』
それを聞いて、絵井と微居は表情を曇らせる。
「「実は、もう知ってる」」
『え!?』
「俺たちも、お化け屋敷と映画館でイチャつく奴らを見かけたよ」
「……岩をぶつけたいのを、我慢するのが大変だったぜ」
『えっ? お前ら、男同士でお化け屋敷に行ったりするのか?』
「……骨折の快気祝いのつもりだったが、男同士で行っちゃいかんのか?」
『あ、いや……、別に……』
凄みを利かせる微居にクラスメートは一瞬シンとなるが、それもつかの間、「やれ、赤飯を炊け」「鯛の尾頭付きを準備しろ」だの、「やれ、結納はどこで開催する」だの、モブたちは上へ下への大騒ぎ。
絵井と微居は苦笑いをしながら肩をすくめるが、やっぱりモブの中は本拠地に戻って来たようで落ち着くなと感じた。
キーン、コーン、カーン、コーンと、秋の晴天に学園生活の始まりの鐘が鳴る。
微居はゴキゴキッと肩を回し。
「……だったら、俺はこいつで祝砲を上げてやるか」
まずは、ニヤリと会心の笑みを浮かべ、微居は机の上に岩を置いた。
『ゴトッ』
ロックマンB ~地属性モブキャラの主人公流儀~
完




