カッコいいヒーローになれるのなら死んでもいい
微居は、ダンプカーに跳ねられたような勢いでガランゴロンと草原を転がり、森の入口の木の幹に叩きつけられる!
ドゴォ!
「がはっ!!」
ビシャッと口から吐き出された血ヘドは粘度が高く、そのダメージの深さが窺い知れる。
(アバラ数本と、内臓までやられた、か……?)
ケガの回復を促すはずのシャンカラ・ストーンは、殴り飛ばされた拍子に落としたらしく、10mほど先に転がっているのが見える。
近いようで、今の彼にはあまりにも遠い距離。
微居は息も絶え絶えになりながら、ずりっずりっと地面を這いつくばりながら拾いに行く。
ようやく、右手を伸ばして秘石を掴むが、そこを狙い澄ましていたかのように腕を踏み折られた。
ボギィッ!
「ぐあぁっ!?」
「テーツテツテツ、ざまァねェなあ!」
いつの間にか忍び寄っていたメタルマンは、踏み下ろした足に体重をかける。踏みしだかれた微居の右腕からボリッ、メキッ、ボキボキッと絶望の音が響く!
「うわあああああーーーっ!!」
「散々手こずらせやがったが、利き腕が潰されちゃあ、てめェももう終いだなァ」
「微居っ!」
「微居さんっ!」
「おおっと、てめェらはそこまでだ」
ビシュシュッ!
「うわっ!」
「きゃあっ!」
メタルマンは鉄の円刃を放ち、絵井とジュエルの行く手を阻む。
悪役の者は、主人公を足元に踏み敷き。
『モブがヴィランに勝てる訳がねェだろうがァ! モブキャラがヒーローに成ろうなんてなァ……、しょせん儚ェ夢物語なんだよォッ!!』
獣のように勝ち誇り、嘲り、蔑み、心ゆくまで哄笑を上げる。
我が世を謳歌するようなメタルマンのシルエットが、満月を背景に暗黒く浮かび上がった。
しかし。
「……岩寄せ」
微居は砕けた右腕でシャンカラ・ストーンを握りしめると、緑の秘石が淡い光を放つ。
「……!?」
なぜか絵井は、慌てて耳に手を当てる。全身で聴覚を研ぎ澄ませる。
「まさか……、お前!」
絵井が微居を見ると、声を出さずに口パクでメッセージを伝えている。
『に、げ、ろ』と。
「…………くっ!」
「えっ!? 絵井さんっ!?」
絵井は一瞬逡巡したが、ジュエルの腕を掴むと、2人はその場から走り去った。
「テツテツテツ、とうとう仲間からも見捨てられっちまったなァ、オイ?」
芋虫を見るような眼で、足元の少年を見下ろす機人。
だが、腕は折れても心は折れず、微居は瞳に闘志を灯し続ける。
「……いや、これで心置き無く、お前を倒せる」
「ああァ?」
「俺は岩を愛し、岩に愛される、地属性ヒーロー『岩を呼ぶ男』だ」
*
絵井はジュエルをグイグイ引っ張って行き、先ほどの戦場からだいぶ離れた場所まで来る。
「いい加減に離してください!」
ジュエルは腕を振りほどき、大きな声で訴える。
「どうして、逃げるんです!? どうして、助けてあげないんです!? 微居さんは相棒じゃ無かったんですっ!?」
しかし、まるで聞こえていないのかのように、絵井はその場に俯いたまま。
「……ジュエルちゃん、一番カッコいいヒーローの『流儀』って知ってる?」
「え?」
「昔のアニメで主人公が地球を救うため、ミサイルに乗って太陽に突っ込むという話があるんだ。他にもマンガや物語で、主人公が世界のため、仲間のため、愛する者を守るために命を懸けて最後に死ぬ……。微居はそれを実践しようとしているんだ」
「ええっ!?」
絵井は血が滲むほど拳を握ると、地面を殴りつける。
「俺はバカだ! 俺はあいつの『相棒』なのに、あいつが無茶をするのは分かっていたのに! 俺はあいつを止める事ができなかったっ!!」
「絵井さん……」
絵井は憔悴しきった青い顔で、夜天を仰ぐ。
「見てやってくれ……、あれが微居が放つ最期の輝きだ」
ジュエルも、絵井に倣って空を見上げる。
それは、炎を纏った巨大な隕石が、今まさに決戦場に向かっているところであった。
*
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
大気が震える音に、思わずメタルマンが上を向くと、空を覆わんばかりの煌を放つ火球が迫っていた。
「何だァ、こりゃあ……?」
さすがの殺戮機人も、有り得ない光景に言葉を失う。
だが、地に這いつくばる少年が、この事態を招いた張本人であるかのように、ニヤッと笑った。
「まさか、てめェが!?」
「……何度も言わせるな。俺は『岩を呼ぶ男』だと言っただろ?」
文字通り、微居がシャンカラ・ストーンの力を借りて、小惑星群から隕石を呼んだのであろう。
夜空はまるで昼になったように輝きを増し、流星は焔を撒いて速度を増し、間もなくここに墜落て来る。
「チッ、クソがッ!」
窮地から脱するべく、メタルマンはその場を離れようとしたが、ガシッと微居が背中にしがみつく。
「ここまで来て、逃がす訳ねーだろ」
「ぐッ! 離せッ! 離しやがれゴラァーッ!」
へばりついた少年を必死に引き剥がそうとするが、鋼鉄の機人であるメタルマンは、関節が硬くて背中に手が届かない!
「があああああッ! 離せェーッ! てめェは死ぬのが怖くねェのかァッ!?」
『岩に潰されて死ぬなら本望だ』
カッコいい主人公になって死ぬのもな。
そう嘯いて笑う微居に、殺戮機人は初めて恐怖を覚える。
「こ、こいつ、狂ってやがるッ!?」
「……お前も悪役の者なら、肚を括れ。どうせならカッコいい終わりにしようぜ」
「ち……、ち……、畜生ォォォォォーーーッ!!!」
カッッ!!
ドッゴオオオオオオオオオオォーーーッ!!!




