第一一話 空と風と 1 -Brave New World 1-
精神の地平線に突入してすぐ、俺はそのあまりの異様さに困惑せざるを得なかった。
俺が今までに見たことのある精神の地平線は、渚のものと絶望の巨人のものだ。渚のものは雨の降りしきる寒々しい荒野で、絶望の巨人のものはあらゆるものが存在しない無。そのどちらにも共通していたのは、建造物が何も無い寂しい空間だということだった。
しかしこの双面フアンダーの精神の地平線は真逆だ。いくつもの高層ビル。その合間を縫うように設けられた、アーケードの付いた商店街。他にも無数の建造物がずらりと並んでいて、それはまるで現実世界にあるごく普通の街のようにも見える。
――ただ一点、上下があべこべな点を除けば、だが。
そう、街並みは俺の頭上に広がっていた。二、三十メートルほどの高さにある天井から、まるでつららのように建物が下に向かって生えている。ほとんどは屋根や屋上が見えるだけだが、いくつかの高層ビルはそのまま地面を貫き、まるでこの空間を支える柱のようにそびえている。
その地面はといえば、どんよりとくすんだ灰色をしている。爪先で軽く蹴飛ばしてみると、固くもなく、柔らかくもなく、どんな材質でできているのかもわからない不思議な感触が返ってきた。
建物の中はどうなっているのかと、高層ビルの一つに近寄り窓を覗く。
中は真っ暗で、奥行きすら感じられない。まるで電源を切ったテレビ画面のようだ。
ひょっとするとビルの形をしているのは外側だけで、内装はもともと存在しないのかも知れない。
それに、この逆さまの街並みからは得体の知れない息苦しさを感じる。
空気は――現実世界のそれと同じかはわからないが――決して希薄ではなく、むしろ濃密にまとわり付いてくる感覚。そして妙に生暖かく、風が全く吹いていない。
まるで意志を持った不快な空気が、俺を押し潰そうとしているようにすら思えた。
困ったことに、周囲にフィオーレたちの姿は見えない。
戦っている音すらも聞こえないとなると、かなり距離が離れているのかもしれない。
「……無事でいてくれよ」
思わず独りごちる。
フィオーレたちの戦闘開始から、もう既に十分近くが経過している。この精神の地平線がまだ浄化されていないということは、双面フアンダーは健在だということだ。
……果たしてフィオーレたちは無事だろうか。
あるいは既に敗れてしまった可能性もあるのではないか。
そんな不安が込み上げて来るのを、グッと抑え込む。
駄目だ、精神の地平線の空気に飲まれるな。
想定したところでどうにもならない最悪の事態なんて、考えるだけ無駄だ。俺が今すべきことはフィオーレたちの無事を信じ、一刻も早く合流することだ。
なにより、これから不安の化身と戦おうって時に俺が不安になってどうするんだ。
しかし自分を叱咤してみたところで、フィオーレたちの居場所がわからないという状況に変化は無い。
どこに敵が潜んでいるかもわからない以上、大声で呼ぶわけにもいかない。
仕方なく俺は、上下逆さまの街を慎重に歩き回った。
そうしてさらに数分が過ぎた時、ふと足元の地面の色が変化していることに気づいた。
入り口付近の灰色が少し黄味がかった文字通りの灰の色だとしたら、この辺りはそれよりずっと濃い、暗い灰色だ。
注意深く周囲を見渡してみると、ある一方に向かって地面の色はさらに濃く――黒に近づいていくようだった。
この空間が双面フアンダーの心象風景なのだとしたら、色の濃くなっていく先――恐らく地面の最も黒い場所が中心地点に違いない。
俺は福山から預かったバットを担ぐように構え、全力で走りだした。
きっとフィオーレたちや双面フアンダーはこの先にいる。
徐々に増していく空気の不快な圧力が、そんな確信めいた予感に変わり、俺の足を急かすのだった。
-†-
必死に走り続けるうち、天井の街並みから高層ビルが減り、マンションや戸建ての家屋が中心になっていく。どうやらこの辺りは住宅街のようだ。
そこまできて、ようやくフィオーレたちの姿が視界に入った。
「いけえっ、ルーチェ・フレイム!」
天井の建物と建物の間から、地上の双面フアンダーに向かって火球が放たれる。ルーチェはなんと、ビルの付け根にある僅かな出っ張りの上に立っていた。
目算で高さは二十数メートル。いくら超人的な身体能力を持つフェアリズムだからと言って、怖くないはずがない。ルーチェ――光の持ち前の度胸が、その恐怖感を上回っているのだ。
最初は豆粒みたいにしか視認できなかったルーチェ・フレイムは、自由落下の何倍もの速度であっという間に地上に迫る。推進と同時にその大きさを増した火球は、地上に到達しようという時には、大人の人間を軽く飲み込めるほどにまで肥大化していた。
『こんなものォォッ……!』
双面フアンダーは曲刀を投げ捨て、両手を突き出してルーチェ・フレイムを受け止めた。地球を支えるアトラス像のような姿勢になりながらも、巨大な火球を頭上で押し留めている。
そこに、
「フィオーレ・ヴァイン!」
「……ステラ・エディカレントスパーク」
まるで生き物のようにうねる植物の蔓と、渦を描く電撃がすかさず襲いかかった。
それらを放ったフィオーレとステラの姿は地上にある。二人ともお互いに、そして双面フアンダーやキャンサーからも距離を取っている。
キャンサーを警戒し、一箇所に固まらずに距離をとって戦っているのだろう。
『くっ……!』
「我思う。案ずるには及ばず」
遠距離からの強烈な連続攻撃に、双面フアンダーが忌々しげに顔を顰めた。だがその背後のキャンサーは動じた様子も無く、スッと手をかざす。するとその瞬間、火球も蔓も電撃も全てが空間に溶け込むように消えてしまった。
――いや、実際には消えたわけじゃなく、見ることも触れることもできない《空》と化したのだ。
「あちゃー、やっぱり消されちゃうか。結構本気だったんだけどなあ」
天井のビルの付け根にぶら下がったまま、ルーチェがぼやいた。
「大丈夫、このまま距離を取って戦おう! もし一人が変身を解除されたら、他の二人がフォローだよ!」
そんなルーチェに檄を飛ばしたのはフィオーレだった。すかさずルーチェとステラから「オッケー!」「……了解」と返事が返る。
どうやら俺もマーレも不在の状況下で、フィオーレがリーダーシップを発揮していたらしい。
よく見ればキャンサーたちのすぐ近くに、白っぽい石でできたごく普通の狛犬が転がっていた。
既に三人は狛犬フアンダーを浄化し、残るキャンサーおよび双面フアンダーとの戦いを繰り広げていたのだ。
ったく桃のヤツ、どんどん頼もしくなってくれるじゃないか。こりゃあ俺も負けていられないな。
まあ、勝ち負けじゃないけどさ。
「三人とも、よく無事でいてくれた!」
俺はありったけの声で叫んだ。フェアリズムたちと双面フアンダー、そしてキャンサーが一斉に俺の方を向く。
「お兄ちゃん!」
「両兄、来てくれたんだ!」
「……にーさま、遅い」
フェアリズムたちからは三者三様の反応だ。一番辛辣な発言をしたステラは、言葉とは裏腹にすぐに駆け寄ってきてくれた。ステラが双面フアンダーから俺を庇うような位置に移動したのを見て、フィオーレとルーチェも頷く。
そんなフェアリズムたちの様子に、双面フアンダーは二つの顔で、嘲りの笑みと怒りの様相を同時に浮かべた。
『戦えもしないヤツが一人増えただけで、何を喜んでいるんだ?』
そう言って笑ったのは左向きの男性面だ。
「ああ、俺にはお前と直接戦う能力は無いよ。でもルーチェが、ステラが、そしてフィオーレが、最大の力を発揮するために作戦を考えること……それが俺の戦い方だ」
『……馬鹿馬鹿しい。戦いの真っ最中に作戦会議なんてさせるわけがないでしょう。それとも、あなたたちも私を馬鹿にしているの?』
俺に対して怒気とともに反論したのは、もう一方の女性面の方だった。
整った顔立ちを大きく歪め、半ば威嚇するかのように口を開いた、男性面の圧倒的な笑み。そして背筋が凍るほど凄まじい、女性面の憤怒相。どちらも己の表情を制御しようとする意志すらも感じられない。原始的で、粗野で、そしておぞましいほどに感情の篭った表情だ。
双面の放つ声はどちらも同じで、男性とも女性ともつかない。人型フアンダー特有の、ノイズがかって二重に聞こえる奇妙な声だ。だが女性面の発した言葉は、先程までとどこか語調が違う。
表情といい言葉遣いといい、まるで男性面と女性面にそれぞれ独立した人格があるようにも見えた。
あるいは、それこそが彼または彼女の、不安の根源なのかもしれない。
「ふん、両兄をバカにしているのはどっちさ!」
猛る双面フアンダーに臆しもせず、ルーチェがいつもの強気な口調で言い返した。
「言っとくけど、両兄が一緒にいる今のあたしたちは、さっきまでの倍は強いからね!」
『それがどうした……!』
『倍だろうと三倍だろうと、あなたたちごときがキャンサー様と私に勝てるはずが無い!』
「じゃあ試してみようか! ……ルーチェ・フレイム!」
再びルーチェが火球を放った。
双面フアンダーは二つの顔で眉を顰め、両手を掲げる。先ほどと全く同じ構図だ。
『下らない、馬鹿の一つ覚えか』
「さあ、それはどうかな……弾けろっ! ルーチェ・フレイム――エクスプロージョンっ!」
『何っ!?』
ルーチェは火球を放った右手にさらに左手を重ね、ぐっと突き出した。すると火球は空中で爆発するかのように激しく弾ける。
だが、そこで消滅したわけではない。
幾筋もの紅炎と化した火球は、轟々と空気を切り裂く音を立て、流星雨のごとく双面フアンダーに降り注ぐ。
『くっ……!』
「案ずるな。五大の空のエレメントストーンよ、我に従え」
流星雨が双面フアンダーに襲いかかるその直前、背後のキャンサーが再び手をかざす。
先ほどと全く同じように、ルーチェの攻撃はあっさりと掻き消えてしまった。
なんだ、結局は無意味じゃないか。
そんなことを考えたのか、双面フアンダーの二つの顔がニヤりと口角を吊り上げた。
……が、
「ステラ、頼む!」
「……任せて。ステラ・ランブリングサンダー」
俺の掛け声に応じ、ステラが両手を突き出した。
するとその両手にじゃれるようにまとわりついていたキラキラとした光の粒が、一斉に放たれる。
「無意味。五大の空のエレ……むっ!?」
ルーチェの炎と同じように、再びキャンサーが空の力でステラの攻撃を消し去ろうとした。
だがステラの放った無数の光の粒は、双面フアンダーやキャンサーを大きく逸れ、宙へと舞い上がる。
思わず釣られて頭上を見た、その一瞬がキャンサーの判断を鈍らせた。
双面フアンダーの頭上十メートルほどの位置にあったのは、バチバチと火花を散らす青白い球体。
ステラの力によって空間が歪むほどの電場が生じ、解き放たれる瞬間を待っていたのだ。
『何っ……! キャ、キャンサー様!』
ステラの生み出した電場の持つ途方も無いエネルギーに、双面フアンダーが気圧されたように狼狽する。
キャンサーはすかさず《空》の力の矛先をステラから頭上の電場へと移す。
――が、キャンサーの行動よりも早く、電場のそのさらに上空から、猛烈な勢いで棒状の物体が放たれた。
それは福山に渡された金属バットだ。
ルーチェの火球が流星雨へと変化したのと同時に、俺はバットを天井に向かって思い切り投げた。それをルーチェが空中でキャッチし、投射したのだ。
バットはまるで槍の如く、電場の中心を鋭く貫く。
その瞬間、ビシャッという物凄い轟音とともに電場が弾けた。
『ぐっ……あああぁぁぁぁぁ!』
電場に蓄積されていたエネルギーを纏ったバットは雷の矢と化し、次の瞬間には双面フアンダーの二つの顔の中心を打ち付けた。
双面フアンダーは絶叫とともに全身を強張らせる。
生身の人間ならば即死級であろう電撃を受け、フアンダーの並外れた防御力を持ってしてもダメージは免れなかったようだ。
だが、この攻撃の目的はダメージを与えることではない。
そもそも不死身のフアンダーに対して、ダメージを与えることそのものには意味が無いのだから。
そう、つまり俺たちの攻撃の手はまだ終わってはいない。
地上に着地したルーチェが、顔は双面フアンダーに向けたまま、視線だけを脇に送る。
その先にいるのはこの一連の攻撃の本命――フィオーレだ。
「フィオーレ・フローラルエンヴェロープ!」
フィオーレの放った浄化技・フローラルエンヴェロープが完全に双面フアンダーを捉えた。
猛烈な勢いで放たれた燐光は、双面フアンダーの全身に降り注ぐと、まるで輝くシフォンのように折り合わさっていく。
次の瞬間、双面フアンダーを包むその燐光のシフォンは、大きな花弁へと姿を変えていた。花弁はいたわるように、慰めるように、さらさらと双面フアンダーの身体を撫でる。
よし! あと少し……間に合ってくれ!
俺は思わず拳を握り締めた。
双面フアンダーを浄化することができれば、この精神の地平線自体から不安が払われる。そうなればキャンサーだって、好き放題に力を使うことはできないはずだ。
……が。
「……我思う。見事な連携だった」
俺の祈りは届かなかった。
落ち着き払ったしわがれ声でキャンサーがそう言ったのと同時に、フローラルエンヴェロープの花弁は消え去ってしまう。
――絶対防御。
そんなフレーズが脳裏を過る。
それほどに、キャンサーの《空》の力は強大だった。
だが、
「惜っしい! もうちょっとだったのに!」
「ごめんね、間に合わなかった……」
「……気にしない。……フィオーレのせいじゃ、ないから」
攻撃が一度ならず二度までも破られてしまったにもかかわらず、励まし合うルーチェ・フィオーレ・ステラの表情は明るかった。
そうだ。日々の特訓や合宿を通じてフェアリズムのみんなが培ってきたのは、運動能力だけじゃない。仲間を信じ、諦めない心――それが何よりの武器だ。
それを目の当たりにさせられて、俺がこの程度で諦めるわけにはいかない。
一方、フローラルエンヴェロープから解き放たれた双面フアンダーは、ようやく感電の衝撃からも立ち直り、二つの顔に恐ろしいまでの怒りの形相を浮かべていた。
『おのれぇぇ……』
黒焦げになって転がった金属バットを見下ろし、忌々しげに呟く双面フアンダー。その様子に、俺は内心で手応えを感じていた。
フェアリズムたちが打ち合わせも無しに高度な連携をとれたのは、もちろんカラクリがある。
それは何日も前から打ち合わせておいた、たった二つのルールだ。
一つ目は、俺が名前を呼びかけたら、それをそのまま連携の順番にするというもの。
双面フアンダーの嘲りに言い返した時、俺は三人の名をルーチェ・ステラ・フィオーレの順に呼んだ。三人ともそれが連携指示だと気づき、さらには一回目の攻撃パターンと故意に似せることで油断を誘うという、俺の意図も察してくれた。
二つ目は、キャンサーが相手の場合はなるべく物理現象を用いて戦うというもの。
キャンサーの《空》の力が及ぶのは、他のエレメントストーンの力そのものに限られている。たとえエレメントストーンの力によって生じたものであろうと、それが既に単なる物理現象だったならば消し去ることはできない。これは以前八々木公園でキャンサーと戦った際に立証済みだ。
俺が作戦に組み込んだのはその二つだけ。そこから先はもう、三人のアドリブに期待だ。
金属バットをルーチェに投げ渡したのだって、何かの足しになればいいか程度の思いつきだった。それを見事な連携として活かしてくれたのは、俺の作戦じゃなくてみんなの実力だ。
今回で言えば空中に電場を作り出すところまではエレメントストーンの力。しかしその電場を通過した金属バット本体や、その周囲に帯びた電荷自体は物理現象であるため、キャンサーの力の影響を受けなかったのだ。
フェアリズムたちは着実に強くなっている。
咄嗟にこれだけの連携を決められるほど、絆は深まっている。
……だからこそ、俺達の前に立ちはだかる壁の高さもまた、実感せずにはいられない。
「――汝はフェアステラを優先せよ。フェアフィオーレの蔓とフェアルーチェの炎ならば、我の力で防ぐことができる」
キャンサーは落ち着いたしわがれ声で双面フアンダーに命じる。双面フアンダーも今度は口答えをせず、黙って頷いた。
もう油断は期待できそうにない。俺は内心で舌打ちするしかなかった。
キャンサーの言う通り、フィオーレ・ルーチェ・ステラの三人の中で、最も物理現象をコントロールしやすい能力を持つのはステラだ。キャンサーは瞬時にそれを見抜き、冷静に対処しようとしている。
このシスターを難敵たらしめているのは、決して五大の空のエレメントストーンだけではないのだと、改めて思い知らされてしまう。
「……にーさま」
隣のステラが何か言いたげに、じっと俺の顔を見上げる。
やはりキャンサーの《空》の力をなんとかしなければ勝機は薄い。きっとそんな意図だろう。
諦めない。迷わない。そう決めた。
だが、勝つための道筋が見つかったわけではない。
こうなったらフィオーレたちに《空》の力の本質がどういうものかを伝え、この場でどうにか対処を試みるのが唯一の道だ。
だが果たして、俺に説明できるだろうか。
問答無用で座禅をさせられて、それから住職さんと話をして、俺だってようやく掴んだばかりの答えなのだ。とてもじゃないけれど、住職さんのように上手く伝えられる気がしない。
こんな時、あの場に一緒にいて、俺よりもずっと《空》を理解している優――チェーロがいてくれれば心強いのに。
そんな考えが一瞬湧いてきて、俺は必死にそれを振り払う。チェーロとマーレには人命救助という重要な使命があるし、それを割り振ったのは俺自身なのだ。
だったらやっぱり、ここは俺がなんとかしなきゃならない。
――そんな覚悟を決めようとした時だった。
「それなら、ぼくの風は防げるかな?」
声とともに、俺たちの背後から強烈な突風が巻き起こった。
風は精神の地平線の生暖かく纏わりつくような空気を切り裂き、キャンサーたちの方へと吹き抜けていく。
双面フアンダーは二つの顔で眉を顰めて身構え、キャンサーはその影にスッと身を隠した。
ステラは一瞬怪訝な顔をしたものの、すぐにその風の正体を悟ったらしい。バランスを崩してよろめいた俺にぎゅっとしがみつき、吹き飛ばないように支えてくれた。
風が収まるのと当時に、スカイグリーンのコスチュームを纏った戦士――フェアチェーロが戦場の中心に降り立つ。
その風の中を舞う鳥のような優雅な動きに、いつだったかビーハンで《裂空の巨鳥イオアン》に襲われた時、風魔導師のユウが駆けつけてくれたのを思い出す。
まったく、毎度毎度来て欲しいと思った瞬間に来てくれるヤツだ。……まるでヒーローみたいじゃないか!
『チェーロ!』
俺と、そしてフィオーレたち三人の声が重なった。
チェーロはまるで天空を翔ける戦いの女神のように、身に纏った風に髪をたなびかせ、力強く頷く。
「お待たせ、みんな。ここはぼくに任せてもらっていいかな?」
そういって微笑んだチェーロの瞳には、恐れも不安も、ほんの少しだって存在しなかった。




